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気が付いたらヘルバの木のところにいて、目の前には大精霊が立っていた。


「お兄さま?

 しばらく魔法はお休みだったのでは?」


大精霊は首を傾げて僕に尋ねた。

僕はルクスに会うために順番を待たなくちゃならないことを説明した。


「それは致し方ありませんね。

 では、今、お兄さまはそのオウトにいらっしゃるのですね?」


「そうなんだ。

 こんなに離れてても、魔法って使えるんだね。

 なんだかいい実験になったかも。」


「精霊には時間や空間はあまり干渉しませんから。」


大精霊は僕の予想した通りのことを言った。


「だけど、どこにいても使えるってなったら、僕には、この家に留まる理由がなくなってしまうなあ。」


今まではずっと、魔法を使うため、って思って、ここに留まっていたんだけど。

その言い訳はもうできない。

って、ちょっと残念。


「ねえ、ピサンリはどうしてる?」


「変わりなくお暮しですよ。」


大精霊がさっと手を振り上げると、僕らは厨房にいた。

すぐ目の前にピサンリがいる。


ぐつぐつという音と、ふわりと甘い匂いとに包まれた。

ピサンリは何か料理をしているようだった。


目の前にいるのに、ピサンリは僕らに気づかない。

ぶんぶんと手を振ったら、何かの気配を感じたのか、ピサンリは僅かに首を傾げたけれど、僕のほうは見ずにそのまま作業の続きを始めてしまった。


「ピサンリには僕らは分からないか。」


できたら、帰りが少し遅くなるって、伝えたかったんだけど。


「ねえ、どうにかして、ピサンリに話しかける方法はないかな?」


僕は大精霊を振り返って尋ねた。

大精霊は、うーん、と口元に指を当てて首を傾げた。


「お兄さまは現身は残しておいででしょうから、他の器に宿るわけにもまいりませんし…

 器を使わないとなると…」


やっぱり難しいか。


ピサンリは竈のほうへ近づくと、大鍋をぐるぐるとかき混ぜ始めた。

甘い匂いはさらに強くなった。


「音や匂いは分かるんだねえ…」


僕はぐつぐつと音を立てているお鍋を見つめた。


「音や匂いを伝えているのは、エエルたちの力ですから。

 わたくしたちにも感じられるのですわ。」


そうなんだ。

う、ん?


「あれって、あっちにもこっちにも、同じように分かってるんだよね?

 だけど、こうやってしゃべってる声はあっちには聞こえないの?」


「今わたくしたちの会話には、音のエエルを使っておりませんから、あちらには聞こえないでしょう。」


「音のエエルを使ってない?」


「音のエエルの力を借りずに、わたくしたちは今、話しているのです。

 わたくしたち自身が、エエルと同じ存在ですから。」


………?

よく、分からないな。


僕が首を傾げていると、大精霊はちょっと困ったようにしながらもなんとか説明しようとしてくれた。


「たとえば、音や匂いや光は、エエルが伝えているのです。

 けれど、エエルそのものの気配は、ほとんどの方が認識できません。

 だからわたくしたちの姿も声も、この世界の人は気づかないのです。」


なるほど。

そういうことか。

う、ん?

ちょっと待って。


「じゃあ、音のエエルに頼めば、あちら側に声を届けることもできる、とか?」


大精霊はきょとんとした。

それから、ちょっと考えて答えた。


「音のエエルですか?

 それは、一度、エエル自身に尋ねてみましょう。

 少々、お待ちください。」


大精霊は目を閉じてしばらく心の中で何かに話しかけていたようだった。


少しして、大精霊は目を開くと、僕にむかって言った。


「やったことはないけれど、やってみる、とおっしゃってます。

 何の音を伝えましょうか?」


「じゃあ、僕の声を。

 ピサンリ!

 これを伝えてみて?」


「承知いたしました。」


大精霊は頷くとまたなにか音のエエルと交渉した。


「ピサンリ!!!」


突然、厨房に僕の声が響き渡った。


「やった!うまくいった!」


「ッタ…ウマクッタ!」


思ったよりあっさりうまくいって、僕は手を叩いて飛び跳ねた。

つられて大精霊も喜んでくれている。

僕らは思わずハイタッチを交わしていた。


ピサンリはぎょっとしたように顔を上げて、あちこち見回していた。

誰もいないはずなのに、いきなり大きな声で名前を呼ばれたんだから、そりゃ驚くかもしれない。

だけど、見回しても、誰の姿も見えないから、気のせいだとでも思ったんだろうか。

首を振って、また料理の続きに戻ってしまった。


「驚かしてごめん。僕だよ。

 って、伝えられるかな?」


僕は続けて言ってみた。

要領をつかんだのか、音のエエルは大精霊を介さずに伝えてくれた。


「オロロカシ…モメン…オクラヨ…ッテ…エルカナ…」


長くすると音のエエルは正確な音を伝えられないのかもしれない。

必要なことだけ短く切って言わなくちゃダメなんだ。


ピサンリはまたぎょっとして顔を上げると、あちこちをきょろきょろと見回した。


僕はちょっとため息を吐いて、大精霊に言った。


「なんだかこのままだと、僕、ピサンリに悪戯してるみたいだ。」


すると、音のエエルたちはまた律儀に仕事を果たし続けてしまった。


「ナンラカ…ママダ…オク…ピサンリ!…タズラ…ミタイダ…」


「あ、いや、今のは伝えなくていい、って。」


僕は慌てて音のエエルを止めようとした。


「ア、イヤ…マノ…タエナクテイイテ…」


あっちゃー…


ピサンリは何かの驚異でも始まったと思ったのか、鍋だの戸棚だの開けて探し回りだした。

奇妙な生き物でも入り込んだのかと思ったのかもしれない。


これ以上、不用意に口をきくわけにはいかないなと、慌てて僕は自分の口を塞いだ。


そのとき、突然、ことり、と、隣で、大精霊は眠りに落ちた。

さっきから何も言わないと思ったら、どうやらもう限界だったらしい。

僕は慌てて大精霊のからだを支えた。


「もう時間切れなの?

 早すぎるよ。

 もうちょっと頑張って!」


僕は大精霊を揺すって起こそうとした。


「モ…カンギレ…ヤスギルヨ…モチョト…バンバッテ!!」


音のエエルたちは律儀に?伝え続けてくれる。

いやもう、それ、いいって。

って、どうしたら音のエエルに伝わるんだろ。


眠りに落ちる大精霊を引き留めることはできない。

そして、大精霊が眠りに落ちたら、今回の魔法はここまでだ。


仕方ないんだけど。


何かを必死に探し回っているピサンリに、僕は心のなかでごめんって謝ってから、意識を手放した。






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