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王城からの帰り道、僕らは市場に寄った。
王都には市場は何か所もあって、この市場が一番大きいってわけじゃないようだけど。
ちょうど、王城から宿に戻る、通り道だったんだ。
一番大きいわけじゃない、とは言っても、そこは、僕が知ってるどこより大きな市場だった。
これで一番じゃないなんて、一番はどんだけ大きいんだって思うけど。
流石、王都は、やっぱりすごいところだな。
石の街の市場も、初めて行ったときには驚いた。
ここには世界中のありとあらゆる物があるに違いないって思った。
だけど、ここはもっとすごかった。
世界ってのは、僕が思ってたより、もっとずっと広いらしい。
僕はピサンリのお土産にする花の種を探していたんだけど。
この世界には、珍しい花なんて、本当にいっぱいあったんだって思った。
花屋さんの店先には、数えきれないくらいたくさんの種類の花の種が、お揃いの小さな袋に入れて並べてあった。
種の袋には、どんな花が咲くのか、絵を描いてあるんだけど。
珍しい花ばっかりで目移りしちゃって仕方ない。
あれもいいな、これもいいなって手に取ってたら、両手いっぱい、お土産候補になってしまった。
まさかこれ全部買うわけにはいかないし。
というか、僕らって、お金、どのくらい持ってるんだろう?
ピサンリは必要なお金も馬車に積んでおいてくれたみたいだけど。
宿代も必要だし、街中じゃ、食事代だってかかるだろう。
無駄遣いはしてられない。
それに、宿だって、予想より長く逗留しないといけなくなりそうだし…
そう思ったら、途端に、ほしい、って気持ちがしゅーんとしぼんでしまった。
まあ、仕方ないよね。
花の種もひとつくらいは買えると思うんだけどさ。
やっぱりお土産は、帰るときにしよう。
帰り道はほとんどお金も必要ないだろうし。
そのときには、宿への支払いも終わってて、いくら残ったかちゃんと分かってるだろうから。
両手に持った種を元のところに返して、しょんぼりと引き返した僕に、オルニスは心配そうについてきた。
「いったい、どうしたの?
さっきまであんなに張り切ってたのに。」
「いや、だってさ。
あとどのくらいお金が必要か分からないのに、今、買ってしまうわけにもいかないかな、って。」
僕がそう言うと、オルニスは苦笑したけど、それ以上、無理に買えとは言わなかった。
「平原の街って不便だよね。」
「まあ、それは、仕方ない。」
いつの間にか夕方が近くなっていた。
少し暗くなってきたかな、って思ったら、ふわっとエエルの気配がして、辺りが一斉に明るくなった。
ほう、おう、と市場のお客さんたちの間から歓声が聞こえた。
「ここの灯りって、エエルで点けてるんだ。」
「へえ、そうなんだ。」
オルニスはきょろきょろと辺りを見回している。
市場には等間隔に灯りを灯す柱があって、その上に円い小さなお月様みたいな灯りが灯っていた。
「あの玉のなかに、光のエエルが入ってるんだよ。
エエルに、なにか合図を送ると、光るようになってるのかな。」
僕は灯りを眺めながら説明した。
「あんな仕組みを作るなんて、すごいなあ。」
エエルってのは、いったんひとつの動きを決めると、後は同じ動きを繰り返してくれるようにもできる。
たとえば、以前、僕が水の浄化のサイクルを作っていったみたいに。
ここの灯りは、水の浄化よりももっと単純な仕組みっぽかったけど、同時に同じものをたくさん作ってあって、街全体を明るくしているのはすごいと思った。
「ああいうのも、研究院の人たちの発明なんじゃないかな。」
「そっか。アルテミシアなら、そういうの得意そうだもんね。」
アルテミシアやその周りに集まってる人たちなら、ああいうのも作れるんだ。
やっぱりすごいなって思った。
「夜なのにこんなに街全体が明るいなんて。」
この灯りは、エエルの力で灯している。
辺りにはほんのりエエルの気配も漂っていた。
アルテミシアの作ったのは、この明るい街そのものだった。
「綺麗だなあ。
明るい夜ってのも、いいもんだね。」
僕らは珍しい灯りを楽しみながら、市場を歩いた。
周りを歩く人たちも、この幻想的な光景を、目いっぱい楽しんでいるみたいだった。
「ヘルバなら、お酒をいっぱい、とか言いそうだな。」
「僕もさっきから、そう言おうかと思ってたんだけど?」
オルニスはそう言って、近くの屋台を指差した。
「ほら、あそこのなんか、どう?
なんだか綺麗な泡がたくさん溶けているみたいだよ?」
「綺麗な泡?」
言われて僕はそっちを振り返った。
そこは、店先にたくさんの瓶を並べて飲み物を売っている屋台のようだった。
瓶の底には小さな欠片が沈められていて、そこから、しゅわしゅわと小さな音をたてながら、たくさんの泡がふきだしていた。
「あ。あれ…」
僕はふらふらとその屋台へと近寄って行った。
何故かその店は、あんまり人気がないようで、周りに人はあまりいなかった。
僕は顔を近づけて、瓶の中の小さな欠片をしげしげと見た。
うん。
やっぱりそうだ。
これ、エエルの欠片だよ。
「買わないのなら、あっち行きな。」
不愛想な店主の声がした。
慌てて逃げそうになってから、おや、と思った。
この店主、言葉が分かる。
「あの……、この、飲み物って……?」
僕は恐る恐る声をかけてみた。
すると店主は、僕らに分かる言葉で、はっきりと言った。
「元気の出る飲み物だよ。
っても、誰も信じないけどね。」
誰も信じない?
「いいから、商売の邪魔だ。
あっち行きな。」
店主は僕を追い払うように、しっしっ、と手を動かした。
「………あの、これ、ひとつ、ほしいんだけど……」
僕は手前のを取って店主に見せた。
「五金貨だよ。」
店主はぼそっと値段を言った。
それって、高いのか安いのか分からない。
オルニスのほうを振り返ると、オルニスは黙って懐から金色のコインを五つ出して、店主に渡した。
「まいどあり。」
店主はぼそっとそれだけ言うと、あとはもう、僕のほうなんか見てなかった。
僕は手前のをひとつ手に取った。
こうして手に持っただけでも、びりびりとエエルの気配が伝わってくる。
この水さえあれば、あの魔法が使える。
僕は大切に瓶を抱えて宿に帰った。




