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王都への旅は僕が旅に対して持っていた印象とはずいぶん違っていた。

旅ってもっと、苦しかったり、しんどかったりするものの印象だったんだけど。

のんびり馬車に揺られて行く道は、どこまでも穏やかで、心地よいものだった。

それもこれも、エエルのおかげなら。

僕は、ヘルバと大精霊には感謝してもしきれない。


草たちの歌は、進むにつれて、少しずつ、変化していく。

そこにときどき、森の歌も混ざってくる。

森はどこも青く輝いて、力が漲っている感じだった。


とても立派な河もあった。

この河の遥か上流は僕らのいた森だった。

河の歌には、僕らの森の歌の旋律も少し混ざっているようだった。

そこには、あの懐かしい滝の歌や、ヌシ様の歌の調べも加わっていた。


「この河は、王都まで続いているんだ。

 何度か途中で枯れたりもしたらしいんだけど。

 今は水嵩も増えて、大きな河になったんだそうだ。」


オルニスはそう教えてくれた。

この河は、僕らの旅そのものみたいだなって思った。


草原に続く白い道は、ときどき森の傍を通ったり、それから川沿いを走ったりしながら、王都まで続いているらしかった。

その途中には、平原の民の村や町もたくさんあった。

オルニスは、平原の民の言葉も、少しは分かるらしい。

だけど、話すほうはあまり得意じゃないみたい。

僕はと言えば、もうさっぱり、分からない。

そんな僕らは、平原の民の村や町にはあえて近づかなかった。

わざわざ立ち寄る必要はないくらい、馬車のなかには、食糧もそれ以外の物資も豊富に準備されてあった。


見事な畑もいくつも見た。

立派な実がたくさんなっていて、大合唱をしていた。

ときどき、聞きなれない歌を歌っている畑もあった。

ここで作っているのはいったい何だろうって思った。


だけど、ときどき、ひどく歌の調子の外れている畑もあった。

あんまりひどいから、何事かと思って確かめたら、作物が傷みかけていた。


「高値を待って時期を逃したんだ。

 ここの作物はもう、売り物にはならないだろうな。」


オルニスの言った言葉の意味を、僕はよく分からなかった。

ただ、なんとなく、暗い気持ちになった。


大きな森もあった。

森は、もりもりと、いや、洒落ではなくて、本当に、モリモリと、盛り上がるみたいに元気だった。

その勢いで、周囲にはみ出して、まだまだ、ずんずん大きくなっている最中だった。


「この辺は、ずいぶん白枯病にやられていたんだけどね。

 すっかり回復したなあ。」


森が元気だと嬉しくなるのは、森の民の性だろうか。

だけど、この森は、ちょっとすごかった。


森のすぐ傍に、平原の民の畑もあった。

その畑に目掛けて、森はじわじわと拡がっていた。

だけど、畑のほうも、ただ侵されてはいなかった。

森の拡大を抑えるように、がっしりとした柵が作ってあった。


「ときどき、あんなふうに、森と畑とが、ぶつかってしまってるところもあるんだ。

 まあ、僕としては、どっちも頑張れ、としか言えないんだけど。」


だなあ。

僕もオルニスと同じ気持ちだった。


石の街、つまり、大精霊の宿るヘルバの木から離れるにつれて、少しずつ、エエルたちの性質は荒っぽくなっていくようだった。

悪意はないんだろうけれど、悪戯を仕掛けてくるものも現れてきた。

それも、馬をつまずかせたり、馬車の車輪のネジをゆるめておいたり。

ひとつ間違えば大怪我をしかねない悪戯だったから、僕らも気が抜けなかった。


だけど、人々の暮らしは、見違えるほどに豊かになっていた。

王都に近づくにつれて、白い道は道幅が拡がり、道を行く旅人や馬車も多くなっていった。

初めは剥き出しの土の道だったけれど、次第に石畳になり、煉瓦敷へと変化した。


広い道を馬車は軽快に走っていく。

大きくて立派な道は、大きな街をいくつも経由して、王都へと続いていた。

道沿いには旅人のための水場や、近隣の村や町から物を売りに来ている屋台も多くあった。

水が手に入らない心配も、道に迷う心配も、まったくしなくていい。

こんな快適な旅は初めてだ。


あの魔法はお休みしてしまっていたけれど、エエルの不足なんてまったく感じなかった。

世界の豊かさは、心配なく継続していた。


この辺りは、圧倒的に平原の民の多い土地だった。

だけど、ルクスとアルテミシアのおかげで、森の民の人気は絶大だった。

森の民だって知れただけで、食べ物やお金を持ってきてくれる人たちがたくさんいる。

そのことには本当にびっくりした。

僕らは目立たないように頭からすっぽりマントを羽織り、御者台になるべく小さくなって座っていた。

歓迎してもらえるのは有難いけれど、ただ森の民だってだけで、いろんな物をもらえるのは違うような気もした。


旅人が多くなってくると、平原の民以外の人々も見かけるようになっていた。

僕らのような森の民も、ちらほらといる。

みんな、仲間の旅立ちに置いて行かれた人たちなんだろうか。

もしかしたら、ぎりぎりまで出立せず、郷ごとこちらへ残ったという人もいるかもしれない。


それから山の民も見かけた。

話しには聞いたことがあったから、あれは多分、山の民だと思うんだけど。

本物を見たのは僕も初めてだった。


彼らは、高い山の麓や洞窟で暮らしていて、山の宝石を掘っているらしい。

背丈は小さくて、みんな長いひげを生やしている。

肩や背中には立派な筋肉がついていて、すごく力もありそうだ。

森の民が森からはあまり外へは行かないように、彼らも普段は山からは出てこないと聞くけれど。

大荷物を背負い、何人かのグループになって、王都への道を歩いていた。


「なんだか、王都へ行こうとしている人が多いね?」


「王都の研究院は、いろんなものを発明している。

 それを面白いって思う人たちが、続々と王都へと集まっているらしい。

 王都って、今、すごく魅力的な街なんだ。」


へえ。


それは、行ってみたいような。

でも、ちょっと、行くのは怖いような。


「昔から、ルクスの周りにはエエルも人もたくさん集まってくるから。

 今もきっとそうなんだろうなあ。」


「そうだね。

 彼は本当に特別な人だと思うよ。」


オルニスにルクスをそんなふうに言ってもらうのはすごく嬉しい。


でも。

そんなところに、僕なんかがのこのこ行ったりしたら、迷惑じゃないかな。

やっぱり、やめとこうかな。


「ね?

 僕ら、このまま引き返す、なんてことは…」


言いかけた途中なのに、思い切り呆れた目を返された。


「するわけないだろ。

 まったくもう、君って人は。

 心配いらない。

 どんなに立派になっても、君の幼馴染は変わってないよ。」


「だといいんだけど。」


いや、誰より僕はルクスのことはよく知っているはずだし。

僕の知ってるルクスは、僕のこと、邪魔にするはずなんてないんだけど。

なんだろうなあ。

この、なんとなく、会うのが怖い、って気持ち。


ルクスたちに会えるのはとっても嬉しい。

会いたいって、すごく思う。

会えるのが楽しみとも思う。


なのに、なんだろう。

どこか、心細いんだ。


だけど、馬車は立派な道を順調に進んでいって。


そうして、とうとう僕らは王都に到着した。












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