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もう一つの楽園  作者: 村野夜市


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二度目の魔法も、三度目の魔法も、ちゃんと、成功した。


回数を重ねるうちに、僕にもだんだんと分かってきたことがあった。

あの魔法を使うと、僕はその後七日間、目を覚まさない。

そうして目を覚ますと、七日間の間、たっぷり寝て食べて、そうするとまたあの魔法が使える。

どうやら、そういう周期らしかった。


うまく周期が分かると、ピサンリにももう余計な心配はかけずに、あの魔法を使うことができた。

僕は、何度も何度も、世界にエエルを送った。

エエルを送ると、世界が目に見えて豊かになっていくのが分かった。

だから、僕はもう、何度も何度も、それを繰り返した。


魔法を使うたびに、僕は大精霊に会うことができた。

大精霊に会える時間は、ちょっとした僕のご褒美だった。


現身の僕の眠っている七日間が多分、僕が大精霊に会っている時間なんじゃないかな。

魂の抜けたからだは、ずっと眠り続けるらしいから。


大精霊に会える時間は、いつもそんなには長くなくて、それに、大精霊はすぐに寝ちゃうから、それに七日もかかってるなんて、とても思えない。

僕的には、いつも、ほんの半時かそこら、の感覚だ。

こちらとあちらじゃ、時間の進み方も違うのかもしれないけれど。

それにしても、それはいつも、あっという間だった。


もしかしたら、エエルたちと歌っている間も、僕のからだは眠った状態にあるのかもしれない、って気づいた。

エエルたちと歌うのは、本当に楽しくて、寝食も忘れて没頭してるって感じなんだけど。

あれって、実は、結構長くて、もしかしたら、何日もやってるのかもしれない。


僕はすっかりエエルたちに気に入ってもらえたみたいで、僕の笛を聞くと、たくさんのエエルが押し寄せるようになった。

そしてそれは回を重ねるごとに、ますますたくさんになっていった。


エエルのことを大精霊は、精霊、と呼ぶ。

精霊は、本当に様々な種族があって、目に見えないくらい小さな種族から、山のように大きな種族もあるらしい。

精霊の大きい小さいは力の大きさにはあんまり関係ないんだけど。

小さい精霊は群れるのが好きで、群れて力を合わせて大きな魔法を引き起こしたりするのが得意だそうだ。

反対に、大きな精霊は、どっしりと構えていることが多くて、普段はほとんど眠っているらしい。


ヘルバの木に宿った大精霊も、眠ってばかりいるけれど、それって、大精霊の性質だったんだ。


基本的に精霊は僕らの目には見えない。

ヘルバは、エエルを風のように感じるって言ってた。

僕は、その存在を、歌として感じる。


けど、精霊自身が姿を現したいと望めば、その姿も見えるんだって、だんだん分かってきた。

大精霊に会えるのは、大精霊が、僕に姿を現したい、と思ってくれてるから。

だから、もしかしたら、他の精霊たちも、僕に会いたいって望んでくれれば、会えるときもくるかもしれない。


ただ、精霊にとって、目で見る、という感覚は、あんまりないらしい。

だから、そもそも、姿を現す、ということを思い付かないみたいだ。

あと、姿を現す、には、その、形、を必要とする。


普段は精霊って、ふわふわと漂ってるみたいな状態なんだそうだ。

ある場所に留まるためには、精霊には器が必要らしい。

大精霊にとっては、ヘルバの木がその器になっているみたいに。

その、器の形、はそのまま、精霊の姿、にもなったりする。


だけど、器に入るのは窮屈だ、って精霊も多いらしくて。

やっぱり、なかなか、姿を現そう、って思ってくれることもないのかもしれない。


だけど、精霊はすごく嬉しかったり楽しかったり、つまりは興奮状態になると光るらしい。

その光は僕ら人の目にも見えたりする。

それから、エエルの石は、精霊が半ば無理やり固められたものだ。

ただ、固められても、精霊自体が滅ぶわけじゃない。

魔法を使えば、そこから解放されて、精霊はまたふわふわと自由になる。


だけど、精霊は滅ぶこともある。

精霊の望まないことを無理やりやらされたとき。

精霊は耐えきれずに消滅してしまうんだ。

この世界のエエルが欠乏していたのも、そんなふうに少しずつ精霊を滅ぼしてしまったかららしい。


夢のなかでしか会えない大精霊に、僕は、他でも会えないか尋ねてみたんだけど。

それは、大精霊自身にも分からなかった。

仕方ないから、あれこれ僕も試してみてるんだけど。

今のところ、夢のなか以外で、会えたことはない。

ピサンリはもうずっと大精霊に会ってみたいって言ってるんだけど。

連れてくるのは、当分先になりそうだ。


どうやら僕があの魔法を使うと、大精霊は目を覚まし、大精霊が目を覚ますと、僕は夢のなかで、大精霊に会えるらしい、ってのも、だんだんと分かってきた。

夢ってか、実際には、からだから魂が抜け出して、からだが眠った状態になってるわけだけど。


ということは、つまり、魂の状態なら、大精霊に会えるってことか?

けど、人を魂の状態にする方法なんて、僕は知らない。

僕は、とりあえず、エエルたちと歌っていると、そういう状態になっちゃうみたいだけど。

ピサンリは、たとえば、僕の笛を吹いてみても、そういうことにはならない。

ちょうどその時間に合わせてピサンリに眠ってもらったこともあるけど。

ピサンリの夢のなかには、大精霊も僕も入れなかったし、夢のなかからピサンリが脱け出してくることもなかった。

他に魂の抜ける方法って、なにがあるだろ。

たとえば、気を失わせる、とか?

いや、しかし、なんだか、そういうのって、失敗したらとんでもないことになりそうだから、うかうかとなんでも試してみるというわけにもいかなかった。


大精霊に会える間、僕は、大精霊に質問されることに、答えていった。

そして大精霊からは、エエルや精霊のことをいろいろと教えてもらった。


大精霊は眠っている間も耳は聞こえていて、鳥や虫や風が、大精霊のところに立ち寄っては、いろんな話しをしていくそうだ。

それを聞いて、大精霊はこの世界のことを知っていってるらしい。

もちろん、鳥や虫や風の話しは、僕ら人の立場とはちょっと違ってて、だから、ときどき、とんでもない誤解もあったりするけど。

それでも、同じ世界の住民には変わりないわけだし、おおむね、その知識は正しかった。


それに、遠くの情報に関しては、風は誰より話しが早かったから、ルクスとアルテミシアのことも、僕は大精霊から教えてもらっていた。


ルクスとアルテミシアは、彼らに賛同した多くの人々を率いて、王国を作ったそうだ。

ルクスはみんなから推されて、その国王になったらしい。

きっとそうなるんじゃないかって、ずっと思ってたけど、ようやくそれが叶ったんだね。

王国の名前は、パラアマン。

僕らの命の故郷、永遠の楽園のアマン。

パラ、はもうひとつの、って意味だ。

もうひとつの楽園。

もう誰も、アマンの地へと旅立たなくていい。

この世界を、アマンと同じ楽園にしよう、って。

そういう意味だと思った。


急速に回復していくエエルは、世界の綻びを修復しただけじゃなく、それ以上に、世界に恵みをもたらしていた。

大地の実りは豊かになり、雨は優しく降り注ぐ。

パラアマンの地を、どこまでも吹き渡っていく風。

人々の心には、希望の灯が灯る。

その灯を灯したのは、誰でもない、僕の親友のルクスだ。

今、この世界は、間違いなく、もうひとつの楽園になりつつあった。


そんなある日。


僕が目を覚ますと、ピサンリが僕のところにお客が来たと言った。

誰だろう?

お客なんて、珍しい。


そのお客は、三日前に一度来て、ピサンリに僕があと三日は目を覚まさないことを聞くと、また三日後に来ると言い残して帰ったらしい。


ピサンリは、元々この土地の人だし、市場に出かけたりもして、この街にもたくさん友だちはいる。

そもそも、ピサンリって人の人柄は、誰にでも好かれるし、どこに行っても友だちの多い人なんだ。

僕がいるから、家に友だちを招くことはしないけど。

よく友だちには招かれて、お菓子を作って訪ねたりしているみたいだ。

おすそ分けだって、美味しい物もらってきたときには、僕もお相伴に預ることもある。


だけど、僕のほうは、まったくその逆で、必要なければ家からも出ないし、友だちもほとんどいない。郷にいたころから、それはあんまり変わってなくて、今も僕にお客なんて、誰が来たのか、まったく分からなかった。


僕はふらつくからだを支えてもらいながら、ピサンリと一緒に居間に下りていった。

周期ももう分かったし、ピサンリは、僕の目を覚ますときには、いつも家にいるようにしてくれている。

いつも起きたばっかりのときは普通に動くのも辛いから、このピサンリの心遣いはとても有難かった。


ちょうど、僕が下に下りたとき、それをどこかから見ていたかのように、呼び鈴が鳴った。

この呼び鈴が鳴るのを、僕は初めて聞いた。

というか、呼び鈴、なんてものがあったのを、このとき初めて知った。


ピサンリは僕を長椅子に座らせておいて、急いで応対に行った。

そうして連れてきた人を見て、僕は目を丸くした。


「オルニス?」


「やあ。久しぶりだ。」


それは僕らが一度郷に引き返したときに、通りかかった旅の一行にいたオルニスだった。

人見知りの僕が、珍しいくらいに、会ってすぐに友だちになれた人だ。


オルニスは嬉しそうに両手を広げて近づいてくると、僕のことをぎゅっと抱きしめた。


「嘘だろ。

 僕はもう、君はとっくにアマンへ行ってしまったとばっかり…」


「アニマの木のところまでは、僕も行ったんだ。

 だけど、そこから引き返してきてしまった。」


そんなことって、あるんだろうか。

仲間と離れるってことがどれだけ不安で辛いことかは、僕もよく分かっている。

なのに、オルニスは、自分からそうしたって言うのか。

だけど、こうしてもう一度オルニスに会えたのは、とても嬉しかった。


「どうしても、君たちを連れて行きたい、って、おじいさまにお願いしたんだ。

 そうしたらおじいさまは、君たちを迎えに行くことを了承してくださった。

 だけど、郷に引き返したら、もう君たちはいなくて。

 あとは、ずっと、君たちを探して、あちこちを旅していた。」


そうだったんだ。

行き違いになってしまったのか。

オルニスたちの出立の後、僕らもすぐに郷を出た。

だからかもしれない。


「それは、悪いことをしたね?」


「全然。

 それよりも、ルクスとアルテミシアはすごいね。

 あっという間に国を作ってその王様になってしまうなんて。

 流石、シードに選ばれる人は違うなって、つくづく思ったよ。

 やっぱり、何か、残されるだけの理由?みたいなのがあるんだな、って。」


確かに。

ルクスとアルテミシアに関しては、そうかもしれない。

僕はまあ、おまけだろうけど。


「ルクスたちの噂を聞いて、ふたりに会いに行ったんだ。

 いやあ、ふたりとも、立派になっててびっくりしたよ。

 僕は君もそこにいると思ったんだけど。

 君はここに残ったって聞いて、それで、ここへ会いに来たんだ。」


「わざわざ来てくれて、有難う。嬉しいよ。」


僕は心からそう言った。


「なるほど。昔馴染みのお友だちじゃったか。」


僕らの様子を見ていたピサンリが横から言った。

オルニスは僕から手を離すと、ピサンリを見て言った。


「彼は、とても楽しい人だね?

 僕らの言葉もとても上手に話す。

 だけど、ちょっと、彼の言葉遣いは妙じゃないか?」


「…そこが、彼のいいところなんだ。」


ピサンリの言葉遣いを説明するには、とても長い話になる。

まずは、ヘルバのことから、話さなくちゃ、かな。


オルニスは肩を竦めて笑った。


「なるほど。

 さしずめ、チャームポイント、ってところかな?」


「うん。そうだね。チャームポイント、だ。」


その言い方、今度からもらうことにしよう。


「わしは食事の支度をしよう。

 お客人、大したもてなしもないが、ごゆっくりしていってくだされ。

 お前様も、今日はまだ病み上がりじゃ。

 せっかくのお客様なのじゃし、積もる話でもゆっくりしておられるといい。」


ピサンリはにこにこと厨房に下りていった。

多分、きっと、今日の昼食はすごいご馳走だな。

僕はすごく楽しみになった。










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