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もう一つの楽園  作者: 村野夜市


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午睡は夢もみなかった。

目を覚ましたら夕飯ができていて、僕は寝る前にあんなにたくさん食べたのに、夕飯もしっかり平らげた。


ピサンリの目は、すっかり丸くなるのが癖になったみたいだった。


「今日はたくさん召し上がるのう。」


「だって、ピサンリのご飯なんだもの。

 食べるに決まってるでしょ?」


「それは有難いが。

 …大丈夫かの?」


むしろ食べすぎを心配されてしまったくらいだ。


だけど、本当に、不思議なくらい、食べても食べても、まだ食べられた。

そして、食べれば食べるほど、からだもふらつかなくなったし、手足にも力が戻ってくるようだった。


「いつも食が細うて心配じゃったのじゃが。

 これはこれで、また心配になるのう。」


ピサンリはちょっと困ったみたいに心配してたけど。

でも、大丈夫。僕、元気だよ。


もしかしたら、大精霊との魔法を使うのに、ものすごく力が必要だったのかもしれない。

寝ても寝ても寝足りないし、食べても食べてもまだ入る。

多分、たくさん寝て、食べることを、僕のからだは必要としていたんだ。


たっぷり食べて、夜はぐっすり眠る。

また夢ひとつみなかった。

翌朝もすっきり目覚めて、たっぷりの朝食を摂った。


「これは、今日もまた、買い物に行かないといけないかのう。」


ピサンリは呆れたみたいに言っていた。

昨日あんなにたくさん買ってきたのは、もうほとんど全部僕が平らげてしまっていた。


「ごめん。

 僕、食べ過ぎたよね?

 食糧も手に入りにくいのに、ごめんね?」


なんだか申し訳なくなって謝ってしまう。


「なんのなんの。

 これはわしにできることじゃもの。

 わしは、お前様のためになら、できることはなんでもしたいのじゃ。」


本当、ピサンリのこと有難いよ。


食事の間に確かめてみたけれど、やっぱり大精霊の姿はなかった。

どうやら、大精霊に会えるのは、夢のなか限定みたいだ。

だけど、この間よりは、希望を感じている。

だって、大精霊は、確かに夢の存在じゃなかったわけだし。

笛を吹いて魔法を起こせば、また多分、会えるって思うから。


もう一度、あの魔法を起こしたいって思ってたけど、心のなかで、まだだ、って声もしていた。

今の僕じゃ、まだ、あの魔法には耐えられない。

もう少し、僕のなかに力を溜めないと。


だから僕は、ものすごく申し訳ないとは思いつつも、毎日たっぷり寝て、たっぷり食べ続けた。

こんな優雅な暮らししてるなんて、本当、申し訳ないんだけど。

こうしないと、あの魔法を使えない。


ピサンリは一日おきに市場へ行かなくちゃならなかったけど、帰ってくるたびに、ゴキゲンになっていった。


「最近、市場の品物がまた増えてきてのう。

 値段もひところを思えば安くなったし。

 質もようなった。

 買い物に行くのも楽しいし。

 料理をするのも楽しいのう。」


ピサンリが嬉しそうでよかったよ。


「これも、お前様や、その、じいさまの木に宿っておる大精霊のおかげなのかの?」


ピサンリには大精霊から聞いた話は全部してあった。

今、ヘルバの木には、アマンから来た大精霊が宿っていて、その力でアマンからエエルを汲み上げて、この世界に送り込んでいるってことも。


「しかし、その、大精霊、とは、聞けば聞くほど、摩訶不思議な存在よの?

 会えるものなら、一度お会いしてみたいものじゃ。」


「僕もさ、ピサンリには是非、会ってほしいんだけど。

 会えるのが僕の夢のなかだけだから…」


ピサンリを僕の夢のなかに招く方法なんて分からないし。

夢、以外で大精霊と会う方法は、なかなか思い付かなかった。


「けど、そのうちなんとかするから。」


「ほう。楽しみにしとるよ。」


贅沢な暮らしを数日続けると、すっと、憑き物が落ちたみたいに、僕の食欲が収まった。

それと同時に、自分のなかに、不思議な力が満ち溢れるみたいな感覚があった。


「ピサンリ。今日、僕は、また、あの魔法を使うよ。」


もうピサンリをびっくりさせたくなかったから、僕はちゃんと言ってから行くことにした。


「エエルを送り込めば世界は安定する。

 だから、僕はもう一度、あれをやりたいんだ。」


ピサンリはにこっとしてしっかり頷いてくれた。


「分かり申した。

 大切なお役目じゃ。

 頑張ってくだされ。」


「うん。

 …君には、また、ちょっと、心配をかけることになるかもしれないけど…」


ピサンリは胸を張って、どーんと叩いた。


「眠っておられる間は、泉の水をお飲ませすればよいのじゃな?

 心得た。」


流石ピサンリ。頼りになる。


「うん。

 あれさえ飲んでたら平気だから。

 だけど、目を覚ましたら、またお腹ぺっこぺこだと思うから。」


「それも、承知した。

 また、たーんと、ご馳走をお作りしましょうや。」


よかった。嬉しい。

ピサンリのご馳走、楽しみだ。


僕は表に出ると、ヘルバのベンチに座った。

前はここで倒れていたって聞いたし。

それなら、もう今回は、最初からここに座ってよう。


現身のからだは、どこにあるかは、そんなに問題じゃないのかもしれない。

僕は魂だけ脱け出して、大精霊に会いに行くんだから。


ヘルバはよく早朝とか夕方に、ここに座って、風を感じていた。

あれは、多分、エエルの声を聞いていたんだ。

ここには気持ちいい風がよく吹いている。


心をすませると、すっと、歌が聞こえてくる。

いや、普段からその歌は、ずっと聞こえているんだ。

心に自ら作っていた檻を壊して、僕はまた、エエルの声を感じるようになっていた。


エエルの歌に合わせて笛を鳴らす。

アマンのエエルたちの歌は何度聞いてもどこか不思議だ。

楽しくて、どこか淋しくて、妙に懐かしくて、それからとても温かい。

不思議な旋律に合わせて笛を吹く。


この間は、歌を追いかけるので精一杯だったけど。

主旋律はもう覚えたから、今度はそれに、副旋律をつけてみよう。


歌いかけられる歌に応えるように笛を鳴らす。

すると歌は何層にも重なって、荘厳に響く。

僕の意図をすぐに覚って、エエルたちも自ら新しい旋律を付け足していく。

なんだか、これについてこられるものならついてきてみろ、と難問を提示されてるみたいだ。

僕は知恵をこらし、自分の持っているありとあらゆる技を使ってそれに応えていく。

出し惜しみなんて、してられない。

全力で応えても、まだ応えきれないくらいだもの。

だけど、その中で新しい技巧を思い付いたりもして。

まだまだ知らなかった新しい歌の世界へと導かれていく。


うふふ。

大変だ。

だけど、楽しい。


楽しい。楽しい。

そして、世界は、もっと幸せになる。








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