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もう一つの楽園  作者: 村野夜市


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目を覚ましたのは寝台のなかだった。

窓から差す日差しが眩しい。

いつの間に僕も眠ってしまったんだろう。

寝台には、ピサンリが移してくれたのかな?


からだを起こそうとしたら、不思議なくらい、あちこちがみしみしと痛かった。

まるで、何日もからだを動かさなかったみたいに、かっちかちに固まっていた。


ふと、手の中に違和感を感じて、確かめてみたら、木の実を三つ、しっかりと握っていた。

これは、あれだ。

大精霊のくれたお土産。

これを割って唱えれば、どんな願い事でも叶えてくれるって、不思議な木の実。


そんな怖いもの、いらない、って思ったんだけど、なんだか、うっかり、もらってきてしまったみたい。


でもこれで、あれは僕の夢じゃないんだ、ってことは証明された。

それは、よかった、のか?

うーん…まあ、流石にね?

これでも、あれは夢だなんて思い込もうとしたら、それはそれで、僕は愚か者だ。


しげしげと木の実を観察したけど、取り立てて、変わったところも見当たらない。

普通に、森のなかに落ちてそうな木の実。

色も形も大きさも、普通、の、いわゆる木の実。

これがそんな特別な木の実だなんて、言われないと絶対に分からない。


この木の実のなかには、精霊が閉じ込められている、って言ってたっけ?

試しに耳に押し当ててみる。

うーん、音は、しない、かな?

精霊の歌声とか聞こえたらいいなあ、とか思ったんだけど。

そんなことは、なかった。


このなかに、精霊って、どんなふうに詰まってるんだろ?

みっちみちに?

それとも、木の実の中の空間は案外広くなっていて、普通に家の中みたいに暮らしてる?

ヘルバの木だって、外から見るより中は格段に広いし。

その木の実なんだから、中は小さな家になってたって、全然不思議じゃない。


ちょっとふってみる。

うーん、やっぱり、音はしない。

って、それから、はっと気づいた。

もしかしたら、これ、中の精霊には、大迷惑なんじゃないの?


そういえば、さっきから、くるくるとひっくり返したり回したりして見ていたし。

これ、そのまま中に伝わってたら、大変だ。


僕は恐る恐るベットサイドのテーブルに木の実を三つ並べて置いた。

とりあえず、ここに置いておこう。

使う予定も今のところないし。


ふう。


一息ついたところで、ぐーっとお腹がなる。

お腹、すいた。


そうだ、起きて行かないと。

そろりそろりと足を下ろしたけど、立ち上ろうとしたら、足に力が入らなくて、ふらついてしまった。


歩くのって、こんなに難しかったっけ?

あっちこっちに手をつきながら、ゆっくりと下に下りていく。

居間には誰もいない。

ピサンリは厨房かな?

けど、もうこれ以上、階段を下りる元気はなくて、僕は、ゆっくりと長椅子に腰掛けた。


ふう。


こんなにちょっと動いただけで疲れるなんて。

いったい僕、どうしちゃったんだろう?


しばらくそこで考え込んでいたら、外から続く扉が開いて、ピサンリが入ってきた。

両手と背中に大きな荷物を抱えている。

買い物にでも行ってたのかな。


そのピサンリは、僕の顔を見るなり、どさっと両手の荷物を床に落とした。

え?今の、大丈夫?

玉子とか、入ってなかった?


そう尋ねようとしたら、ピサンリは、悲鳴のような歓声のような奇妙な叫び声をあげて、いきなり僕のところへ駆け寄ってきた。


「目をお覚ましなさったのじゃな?」


「あ…うん…」


「わしは、ずっとお前様の隣におったのじゃよ?

 それなのに、こんな、ほんのちょっと、買い物に出た隙に、目をお覚ましになるとは…」


「あ。いや。

 買い物、お疲れ様~。」


「本当にもう、ずっとずっと、心配して…」


ピサンリはずずっと鼻をすすってから、ちょっと下をむいて、目のところをごしごしこすった。

あれ?泣いてる?


と、そのとき、僕のお腹が、ぐぐーっとなった。


ピサンリは、ぴた、っと泣き止むと、顔を上げて僕の顔をしげしげと見た。


「お腹すいた、かな?」


いきなりそう言うのも不躾な気もしたんだけど。

もう隠しきれないわけだし。

僕は、照れ隠しに、にこっと笑ってみせた。

するとピサンリは、目をまんまるくして、口をあんぐりと開けて、それから大急ぎで視線をそらせた。


「ちょっと待ってくだされ。

 ちょうどよかった。

 今、材料はたんと仕入れてきたところじゃ。

 すぐに、拵えましょうぞ。」


「うん。嬉しい。有難う。」


「今日はもう、手伝いとかのお気遣いは無用じゃ。

 お前様は病み上がりなんじゃから、そこに座っていてくだされや。」


「うん。助かる。」


僕もふらついていたし、これじゃあきっと、邪魔にしかならない。

有難く、今日はそうさせてもらうことにした。


まるで回転する馬車の車輪みたいにくるくる働いて、ピサンリは大急ぎで、朝食?いやもう、昼食か?の支度をしてくれた。

あまりに見事なその手際に、思わず感心してしまったくらいだ。

いつも、僕が手伝うのって、もしかしたら、邪魔にしかなってなかったのかもしれない。

そのくらい、ピサンリの手際はまるで魔法みたいに素晴らしかった。


病み上がりの僕のために、消化のいい食べやすい食事が、テーブルに所狭しと並んだ。


「少し作り過ぎてしもうたようじゃ。

 お好きなものを、お好きなだけ召し上がってくだされ。」


ピサンリはそう言ったけど。

こんなご馳走、残すなんて、病み上がりでもあり得ないよ。


僕の食べっぷりにピサンリは驚いていたけれど、目を細めて見ていた。


「よほど、お腹がすいておられたのじゃなあ。」


「うん。僕もいつもの三倍くらい食べてるって自覚あるけど、止まらない。」


「お好きなだけ、食べなされ。

 なにせ、七日も寝ておられたのじゃもの。」


「七日?」


それは初耳だ。

流石の僕もびっくりだ。

新記録じゃないかな。


「すごい寝坊だね?」


「まったくじゃ。

 寝坊も寝坊、大寝坊じゃ。」


ピサンリは力強く言い返してから、ちょっと下をむいて、小さく首を振った。


「お前様は、外のじいさまのベンチに倒れておってのう。

 家の中に運び込んで、寝台に寝かせたのじゃけれども。

 これまでなら、翌朝には、元気に目覚めておられたから。

 今回も、そうなのかと思うたら。

 いっこうに、目を覚まさんでのう。」


「それは、心配かけて、ごめんね?」


僕が謝ると、ピサンリは顔を上げてにこっとした。

けど、その目は、またちょっとうるうるしているみたいだった。


「お前様のしておられることは、きっと大切なことじゃ。

 わしなんかには、計り知れん、ご立派なことじゃ。

 それは分かっておるけれど。

 どうにも、ただ、滾々と眠り続けるお姿を見ているしかないというのは。

 辛いことじゃった。」


そう言うと肩を落としてため息を吐いた。


「そんな大したことはしてないんだよ?

 だけど、心配かけたことは、本当にごめんなさい。」


「なんも。お前様が謝ることなどあろうか。

 こんなふうにわしがくどくど言うのは、間違うておるのじゃ。

 それはわしにも、分かっておるのじゃけれども。」


ピサンリは僕を見て、ちょっと悲しそうに笑った。


「英雄の従者というものは、こういう気持ちなんかのう?

 立派なご主人の偉業を誇らしく思うと同時に、その御身が心配でならんというのに。

 ご主人と違って凡人の自分には、なんの力もない。」


「それは、いろいろ間違ってるよ。

 まず、僕は英雄じゃないし。

 君のご主人でもない。

 ピサンリは凡人じゃなくて、こんな美味しいご飯を作れる人だし。

 僕にとって、大切な仲間だ。

 心配かけたのは、僕の過ちだから、それは謝るしかないけど。

 ピサンリがいてくれるから、僕も安心して、ときどき、無茶なこともできる、んだと思う。」


それにきっと、ずっとついててくれたピサンリは、僕の寝顔をただずっと眺めてたわけじゃないと思うんだ。

目を覚ますように、いろいろと、やってくれてたんだと思う。


「有難う、ピサンリ。

 きっと、いろいろと、僕の世話をしてくれてたんでしょう?」


「なんも。

 泉の水をお飲ませしたくらいじゃ。

 昔、じいさまが、森の民は水さえ飲んでおれば命を繋げる、と言うておったのを思い出してのう。

 もっとも、それはわしがじいさまに、酒ばっかり飲んでおらんとちゃんと食べろとうるさいから、そう言うたのかもしれんが。

 しかし、あの泉の水であれば、ひょっとしたら、なにか効用もあるかもしれんと。

 一縷の望みを託すつもりで、お飲ませいたしましたのじゃ。」


「そっか。

 それは助かったよ。

 ヘルバの言ったことは、確かに嘘じゃない。

 森の民は、水さえ飲めたら、けっこう平気なんだ。

 お年寄りなんて、水しか飲まない人もいるくらいだよ。

 あの水は特別製の水だし。

 あの水を飲ませてもらってたら、もっと長くったって、平気だったかも。」


「勘弁してくだされ。

 こちらの身がもたん。」


ピサンリはやれやれと肩をすくめた。

その疲れ切った様子に、僕も、悪い事をしたんだなって、思った。


「だけど、目を覚ましたら、お腹ぺっこぺこだよ。

 ピサンリのご飯、すっごく美味しい。」


僕はまたテーブルいっぱいのご馳走と格闘し始めた。

そしてあんなにあったのを、見事に全部平らげた。


お腹いっぱいになったら、また眠くなる。

七日も寝てたのに不思議だな。

長椅子でうとうとしてたら、ピサンリがクッションと毛布を持ってきてくれた。

もう、ピサンリってば、分かってるんだから。

有難う、と言ったけど、声になってたかどうかは分からない。

ただ、僕はそのまま気持ちよく、午睡に落ちていた。







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