179
はっ。
目を覚ましたのは寝床の中だった。
え?なに?
今のは、もしかして、夢?
いやいやいや~
夢だなんて、やめてよね~
って、ことはあれって、僕の願望?
なんだか情けない気持ちと、どことなく甘酸っぱい気持ち、両方の詰まった胸をかかえて、とりあえず、少女の元へと走った。
結果。
ですよね~?
そこに少女の姿は影も形も見えなかった。
夢、にしては、いやにはっきりしてたけどなあ。
僕はあまり夢の内容を覚えていられるほうじゃないんだけど。
あのときの少女の様子は、本当に、細かい表情の変化まで、くっきりと覚えている。
って、そんなとこも僕の願望なら、情けないことこの上ないけど。
名残惜し気に、少女のいた辺りの木を撫でようとして、はっと手を引っ込めた。
い、いやいやいや。
触ってませんよ?
いや、どこにも。
まったくもって、はい。
木の幹相手に、赤くなったり青くなったりしている僕を見たら、アルテミシア辺りは、きっと、気がふれたと思うだろう。
………。
朝から疲れた。
戻ったらもうテーブルに朝食が並んでいて、にこにことピサンリが待っていた。
「おはよう。
朝から鍛錬かの?」
そんな、ルクスじゃあるまいし。
「よい心掛けじゃ。
朝飯前に一働き。
早起きは三銅貨の得。」
妙にゴキゲンなピサンリの前に、僕は知らん顔をして座った。
「なんか、今日の朝ごはん、妙に豪華じゃない?」
「そりゃあ、世界の救われた朝の食事じゃもの。
豪華にもしようて。」
なるほど。
まあ、美味しけりゃ、なんでもいいけどね。
「なんじゃ?
昨日からお前様はなんか浮かぬ顔をしておられるが。
どうなさった?」
ううん。
僕は黙って首を振った。
妄想の少女と夢で遭った、なんて、言えるもんか。
「それより、早く食べよう?
せっかくのご馳走だ。」
あんまり追及されたくなかったから、僕はわざとらしいくらい明るく言って、食事に手をつけた。
しっかし、ピサンリってば、本当に、僕のこと、よく分かってる。
それは見事に僕の好物ばかりだった。
僕の好きな食べ物は、街にはあまりないものが多いから、手に入れるのも大変だろうと思う。
それをあれこれ工夫してくれるピサンリには、改めて感謝だ。
「ねえ、ピサンリ。
いつも、ごはん作ってくれて、有難う。」
「なんじゃ?改まって?
ふふふ。
今日は少し、贅沢をしたかのう。
まあまあ。祝いの朝じゃもの。」
祝いの朝かあ、いい響きだ。
そうだよ。祝いの朝なんだよ。
しみじみとその言葉を噛みしめる。
なんか、まだ、そんなに実感はないけどね。
世界にエエルが満ちているのを感じる。
これからきっと、世界はいい方へむかうはず。
朝からお腹いっぱい食べて幸せ~
なはずなんだけど、僕の心には、やっぱりなにか引っかかったままだった。
「あのさ。」
とうとう僕はピサンリを引っ張って、あの少女のところへ行ってみた。
昨日も同じことをやったんだけど。
ピサンリは不思議そうにしてたけど、何も言わずについてきてくれた。
「そこ。
その辺に、何か、見える?」
僕は少女のいると思われる辺りを、ピサンリに指差して示す。
ピサンリは、しきりに首を捻りながら答えた。
「何か?
って、木、が見えるのう。」
「木の他は?」
「木、のむこうの景色が見えるかのう?」
ピサンリは額に掌をかざして遠くを眺める仕草をする。
僕はそんなピサンリをぐいと引っ張って引き戻す。
「いやいや。そんな遠くじゃなくて。
木のところには、何も、見えない?」
「???
虫かなんか、おるかの?」
すると、ピサンリは木にうんと近づいて、幹のところに手をつ!
「だめっ!!」
思わず、僕はピサンリが手を触れる前に、その手を払っていた。
ぱしっ、ってちょっと派手な音がして、ピサンリがきょとんと僕を見ている。
「あ。…ごめん…」
ピサンリを叩くつもりじゃなかった僕は、慌てて謝った。
「…ぃゃ…わし、なんか、悪い事、したかの?」
ピサンリは心配そうに僕の顔を覗き込んだ。
僕は下をむいて首を振った。
「…いや、ピサンリは悪くないよ。
うん。見えないよね?」
言ってるうちに、ぽとぽとと涙が零れてきた。
ピサンリはびっくりしたように僕を見ている。
じゃあ、やっぱりあれは、僕の妄想か。
この場所は確かにエエルの気配は濃く感じるんだけど。
それって、この木から、大量のエエルが放出されてるからで。
少女、の存在ってのは、きっと、僕の願望だ。
「…ごめん…
僕、なんかちょっと、おかしいみたいだ。」
なんか、ふらふらする。
僕はそのまま家に戻ると、寝台に潜り込んだ。
もしかしたら、夢でなら、会えるかな?
そんな淡い期待もしたんだけど。
その日は一日中寝ていたけど、少女の夢は見なかった。




