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もう一つの楽園  作者: 村野夜市


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はっ。


目を覚ましたのは寝床の中だった。

え?なに?

今のは、もしかして、夢?


いやいやいや~

夢だなんて、やめてよね~


って、ことはあれって、僕の願望?


なんだか情けない気持ちと、どことなく甘酸っぱい気持ち、両方の詰まった胸をかかえて、とりあえず、少女の元へと走った。


結果。


ですよね~?


そこに少女の姿は影も形も見えなかった。


夢、にしては、いやにはっきりしてたけどなあ。

僕はあまり夢の内容を覚えていられるほうじゃないんだけど。

あのときの少女の様子は、本当に、細かい表情の変化まで、くっきりと覚えている。


って、そんなとこも僕の願望なら、情けないことこの上ないけど。


名残惜し気に、少女のいた辺りの木を撫でようとして、はっと手を引っ込めた。


い、いやいやいや。

触ってませんよ?

いや、どこにも。

まったくもって、はい。


木の幹相手に、赤くなったり青くなったりしている僕を見たら、アルテミシア辺りは、きっと、気がふれたと思うだろう。


………。

朝から疲れた。


戻ったらもうテーブルに朝食が並んでいて、にこにことピサンリが待っていた。


「おはよう。

 朝から鍛錬かの?」


そんな、ルクスじゃあるまいし。


「よい心掛けじゃ。

 朝飯前に一働き。

 早起きは三銅貨の得。」


妙にゴキゲンなピサンリの前に、僕は知らん顔をして座った。


「なんか、今日の朝ごはん、妙に豪華じゃない?」


「そりゃあ、世界の救われた朝の食事じゃもの。

 豪華にもしようて。」


なるほど。

まあ、美味しけりゃ、なんでもいいけどね。


「なんじゃ?

 昨日からお前様はなんか浮かぬ顔をしておられるが。

 どうなさった?」


ううん。


僕は黙って首を振った。

妄想の少女と夢で遭った、なんて、言えるもんか。


「それより、早く食べよう?

 せっかくのご馳走だ。」


あんまり追及されたくなかったから、僕はわざとらしいくらい明るく言って、食事に手をつけた。


しっかし、ピサンリってば、本当に、僕のこと、よく分かってる。

それは見事に僕の好物ばかりだった。


僕の好きな食べ物は、街にはあまりないものが多いから、手に入れるのも大変だろうと思う。

それをあれこれ工夫してくれるピサンリには、改めて感謝だ。


「ねえ、ピサンリ。

 いつも、ごはん作ってくれて、有難う。」


「なんじゃ?改まって?

 ふふふ。

 今日は少し、贅沢をしたかのう。

 まあまあ。祝いの朝じゃもの。」


祝いの朝かあ、いい響きだ。


そうだよ。祝いの朝なんだよ。

しみじみとその言葉を噛みしめる。

なんか、まだ、そんなに実感はないけどね。


世界にエエルが満ちているのを感じる。

これからきっと、世界はいい方へむかうはず。


朝からお腹いっぱい食べて幸せ~

なはずなんだけど、僕の心には、やっぱりなにか引っかかったままだった。


「あのさ。」


とうとう僕はピサンリを引っ張って、あの少女のところへ行ってみた。

昨日も同じことをやったんだけど。

ピサンリは不思議そうにしてたけど、何も言わずについてきてくれた。


「そこ。

 その辺に、何か、見える?」


僕は少女のいると思われる辺りを、ピサンリに指差して示す。

ピサンリは、しきりに首を捻りながら答えた。


「何か?

 って、木、が見えるのう。」


「木の他は?」


「木、のむこうの景色が見えるかのう?」


ピサンリは額に掌をかざして遠くを眺める仕草をする。

僕はそんなピサンリをぐいと引っ張って引き戻す。


「いやいや。そんな遠くじゃなくて。

 木のところには、何も、見えない?」


「???

 虫かなんか、おるかの?」


すると、ピサンリは木にうんと近づいて、幹のところに手をつ!


「だめっ!!」


思わず、僕はピサンリが手を触れる前に、その手を払っていた。

ぱしっ、ってちょっと派手な音がして、ピサンリがきょとんと僕を見ている。


「あ。…ごめん…」


ピサンリを叩くつもりじゃなかった僕は、慌てて謝った。


「…ぃゃ…わし、なんか、悪い事、したかの?」


ピサンリは心配そうに僕の顔を覗き込んだ。

僕は下をむいて首を振った。


「…いや、ピサンリは悪くないよ。

 うん。見えないよね?」


言ってるうちに、ぽとぽとと涙が零れてきた。


ピサンリはびっくりしたように僕を見ている。


じゃあ、やっぱりあれは、僕の妄想か。


この場所は確かにエエルの気配は濃く感じるんだけど。

それって、この木から、大量のエエルが放出されてるからで。

少女、の存在ってのは、きっと、僕の願望だ。


「…ごめん…

 僕、なんかちょっと、おかしいみたいだ。」


なんか、ふらふらする。

僕はそのまま家に戻ると、寝台に潜り込んだ。


もしかしたら、夢でなら、会えるかな?

そんな淡い期待もしたんだけど。

その日は一日中寝ていたけど、少女の夢は見なかった。








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