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確か、この辺りにいたはず。
僕は光の少女のいた辺りにピサンリを連れてきたんだけど。
そこには、少女の姿はなかった。
まさか、目を覚まして、ひとりでどこかへ行っちゃったとか?
僕はぎょっとしてあっちこっちきょろきょろ見回したけど、少女らしき姿は見えなかった。
「どうしたかの?」
ピサンリはきょろきょろする僕を不思議そうに見ていたけれど、なんとなく、事情は悟ったみたいだった。
「おられんのか?」
「そう、なんだ…
さっきまで、ここで居眠りしてたんだけどさ…」
居眠り?と繰り返してから、ピサンリは、僕と同じにきょろきょろとあちこちを見回した。
「目を覚ましてどこかに行かれたかのう?」
「そう、なの、かな…」
だとしたら困った。
いったいどこへ行ったんだろう。
「あんな目立つ人が街中うろうろしてたら、すぐに騒ぎになりそうだけど。」
それは困るよね。
いや、そうなったらすぐに見つかるから助かるのか?
いやいや。
そもそも、今もあの方はあんなにきらきら光ってるんだろうか。
もしかしたら、木から脱け出したら光らないかもしれない。
「…光ってなかったら、そんなには目立たないか?」
光ってなければ、平原の民とそう姿は変わらない気もする。
「光っておられるのか?!」
ピサンリは驚いていた。
「あ。うん。そうなんだよ。
というか、全身が、光そのものでできてる、みたいな?」
「なんと。
そのような…」
だよね。
僕も初めて見たときには驚いたよ。
「だけど、だから、すっごく目立つんだよね。」
「確かに。目立ちそうじゃ。」
だけど、そんな光、辺りには欠片も見当たらなかった。
さわさわさわ。
木の葉擦れの音が頭上に大きく響いた。
僕らは同時に上を見上げていた。
「すごいうのう。
じいさまの木は、復活したのか?」
ピサンリはしみじみと言った。
ずっと守ってきた木だもの、その気持ちはよく分かった。
今朝、折れているときの絶望した気持ちだって、多分、同じだった。
それなのに、今、こんなふうに復活した姿なんだから、そりゃあ、嬉しいとか、ほっとしたとか、もうその程度のことじゃない。
と言っても、他にうまい言い方を思い付くわけでもないんだけど。
そうだな。あえて言えば、なにかをやり遂げた気持ちに近かった。
「多分これって、アマンのエエルの力だよ。」
アマンのエエルは、ヘルバの木を見事に復活させただけじゃなかった。
今も、この木を中心にして、四方八方へとエエルは送り出されている。
その力を受けて、木の葉は、風がなくとも、さやさやと揺れていた。
頭上に、ざわわ、と大きな力の波の渡る気配を感じて、僕はまた背筋がぞくっとした。
「すごくたくさんのエエルだ。」
「それは、わしにも、感じられる気がするのう。」
ピサンリも身震いするみたいに首をすくめた。
「なんじゃろう、これは。
わしにはエエルは感じられんはずじゃったが。」
「多分、ここのエエルはものすごく濃いんだ。
だから、普段はエエルを感じない人にも、分かるのかもしれない。」
そう。
ここのエエルはとても濃かった。
まるで、大きなエエルの塊がここにあって、そしてそこから無限にエエルが湧き出しているみたい。
うん。そう。
まるで、あの光の少女がいた場所みたいに。
あ、れ?
ちょっと待って。
そうだよね?
あまりに畏れ多くて目を上げて直接見られなかったけど。
あのときも、あの場所から、ものすごいエエルの奔流?みたいなものを感じていた。
うん。
けど、その奔流は、今も確かにここにあった。
「ちょっと、待って。
いや、まだ、ここに、いる?」
だとしたら、どうして見えないんだろう。
僕は、さっきの僕と今の僕の違いを考えた。
さっきの僕は、どうやらからだを脱け出して、中身だけ、になってたみたいだけど…
「そっか。中身だけだ!」
ぽん、と手を打ってから、もう一度、考え込む。
いやしかし、中身だけ、って、どうやってなるんだ?
あのときは、水滴たちに導かれるようにして…
おもむろに笛を取り出して、こうだったかな?いや、違ったか?と考えつつ、吹いてみる。
隣でピサンリは、きょとんとしている。
ごめん、置いてきぼりにして。
だけど、もうちょっと待ってて。
実は、僕にだって、よく分かってないんだ。
う、ん?
あ、れ?
なかなかうまくいかない。
それにしても、あのときの不思議な高揚感はなんだったんだろう。
あの感じ、取り戻せたら、なんとかなる気もするんだけどな…
矯めつ眇めつ、しばらくやってみたけど、全然、あのときみたいな光の雫になる気配はなかった。
うーん。
やっぱり、あれは、特別なことだったのかな。
確かに、あんな経験は、そう何度もあるもんじゃないのかもしれない。
しょんぼりと諦めた僕を、ピサンリは気の毒そうに見ていた。
僕は、せめて、言葉で言い表そうと、ぼそぼそと言った。
「すっごく、綺麗な人だったんだ。
綺麗なだけじゃなくて、こう、ものすごく尊いというか。
眩しくて、有難くて、直接見るなんて畏れ多くて。
だけど、普通に、僕らと同じように話していて。
それから、眠ってしまったんだ。」
ちょっと頼りないところもあって、というのは、割愛した。
だって、まだそれは、ちゃんと確認したわけじゃないし。
尊いお方をそんなふうに言うなんて、不遜過ぎる、って思ったから。
ピサンリは、いちいち、ほう、ほう、と相槌を打ってくれてたけど。
どれだけ詳しく説明しても、その姿を直接見るほうが、もっとずっと、あのお方の素晴らしさを分かるだろうって思った。
「それは、是非、わしも、会うてみたいものじゃ。」
「もちろんだよ。」
僕だって、ピサンリには是非、会ってほしいよ。
なにより、ピサンリだって、直接会って、ヘルバの話しとか聞きたいに違いない。
「少し、待ってて。
僕、なんとか方法を考えるよ。」
そう言ったら、ピサンリはにっこりして大きく頷いた。
「おうとも。心得た。
なに、心配はいらぬ。
どうやら、わしらには、今は少し余裕ができたようじゃからの。」
そう言って、もう一度、ヘルバの気を見上げた。
ヘルバは木も、それに応えるように、ゆさゆさと葉を揺らす。
そっか。
そうなんだ。
世界の崩壊は、止まった、んだよね?
だから、もう、大丈夫、なんだ。
なんだか、遅れて、じわじわと、嬉しさ?みたいなものが、胸の奥底から湧き上がってきた。




