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もう一つの楽園  作者: 村野夜市


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エエルの失われいく世界では、あちこちで、争い事が起きていた。

エエルを感知できる人は少ないはずなのに。

みな、少ないエエルを奪い合うように、争っていた。

水も、食料も、お日様も、大地も、全ては争いの種になった。

強い者は、弱い者を、虐げ、奪い、戮した。


そんな世界で、ルクスは、弱い人たちを護り、束ねて、虐げる者への反抗を起こした。

風がその噂を運んできたとき、僕は、すごくルクスらしいって思った。

ルクスは、旅の途中、困ってる人たちを見たら、放っておけなかったんだろう。


そもそも、そのために、ルクスは旅を始めたのだと思う。

いつだっ、て困ってる人に手を差し伸べるのが、ルクスだ。

どこかに困っている人がいるなら、じっとしていられないのが、ルクスだ。


そのルクスの傍らには、いつも、アルテミシアの姿があった。

強く賢く美しいアルテミシアは、ルクスを助けて、共に戦った。

それから、傷ついた人を癒し、争いに傷ついた大地に種を撒いて、人の暮らせる場所を作った。

ルクスは皆を導くお日様で、アルテミシアは皆を癒す月だった。


ルクスの軍には、あちこちから賛同する人々が集まり、やがて、一大勢力となった。

街や村単位のまとまりは、あっという間に大きくなって、そして、国、へと進化する。

そのてっぺんにいたのはルクスだった。


ルクスが生まれたとき、長老は、赤ん坊の行く末を占って、この子どもはいずれ王になるだろう、と予言した。

郷の王様といえば郷長のことだから、きっとルクスはいつか郷長になるんだって、みんな思ってた。

だけど、もしかしたら、ルクスの運命は、森の民の郷長じゃなくて、この世界の王様になる、ってことだったのかもしれない。


僕のところには、そんなルクスの噂が、逐一、聞こえてきた。

だから、離れていても、僕はずっと、ルクスたちと一緒に旅を続けている気分だった。

今は、なんの力にもなれないけれど。

いや、いつだって、僕が力になれたことなんて、ほとんどなかったけど。

いつか、またルクスたちと合流したら、僕も、ルクスたちの役に立ちたいと思った。


僕は本当に、鼻が高かった。

あのふたりは僕の幼馴染なんだよ!って、みんなに自慢してまわりたかったけど、とりあえず、自慢する相手はいなかったから、胸の中で、叫ぶだけにしておいた。

ピサンリとは、あのふたりは本当にすごいよねえ、って、毎晩のように話していた。


ルクスたちの活躍は、この暗い世界に差す、一筋の希望のようだった。

そうして、実際に、ルクスたちが、弱い人たちを救い出すたびに、この世界のエエルは、活性化したときのように、勢いを増したんだ。


エエルを壊す物があるように、エエルを増やす物もあるんだって、僕は気づいた。

希望、は、何より、エエルを増やすものだった。

人々が虐げられ、奪われ、戮されるたびに、エエルは消滅した。

絶望も怨嗟も、エエルを消し去った。

けれど、そこに強い希望の生まれるとき、消滅させられたエエルたちは、強い光となって復活した。


僕は遠くから、新しく生まれるエエルに、活性化の力を送った。

どれだけ離れていても、エエルたちに僕の声は届いた。

希望のエエルは、生まれたときから、まるで活性化されているように力のあるエエルだったけれど。

それをさらに活性化させれば、その場所に次々と新しい奇跡を引き起こした。


一直線に滅びへとむかうかと思われた世界は、なんとか、ぎりぎりのところで踏みとどまっていた。

その力となったのは、幾千、幾万の、人々の希望の力だった。

そして、その希望を導く光となったのは、ルクスとアルテミシアのふたりだった。


ヘルバの木は、あれから何度も白枯虫の襲撃を受けて、もはや、葉はほとんど残っていなかった。

春になっても芽吹きをせず、冬枯れの木のような姿になっていた。

辛うじて、幹はまだ立っていたけれど、細い枝は、ぽきぽきと風に折られていった。


ただ、地下にある泉にはまだ、滾々と水が湧き続けていた。

そうして、この水のある限り、この木はまだ枯れていないと、僕は信じていた。


あんなに貯めこんであったお酒も、だいぶ減ってしまった。

永遠になくならないんじゃないかって、最初のころは思ってたけど、そんなことはなかった。

なくなったら、また新しいお酒を買いに行かなくちゃいけないね、ってピサンリと話した。

だけど、ここのところ、市場にもだいぶ物が少なくなっていて、お酒も手に入るかどうか怪しかった。


物の値段も、ずいぶん高くなっているみたいだ。

僕にはあんまりお金のことは分かってなかったんだけど。

同じだけのお金で買える物の量がずいぶん少なくなったし、質もよくなくなった。


ただ、アルテミシアの残してくれた薬草が、まだたくさんあったから、僕らはそれを市場で売って、なんとか暮らしていた。

アルテミシアは、ここにいた間ずっと、せっせと薬草を作っておいてくれたんだ。

そしてそれをほとんどここに残していってくれた。

アルテミシアの薬草は、最近流行りだしたちっとも効かない薬とは違って、ちゃんと効果も高かったから、市場へ持って行ってもすごい人気があった。

おかげでずいぶん、僕らは助かった。

薬草を買った人たちも、助かったと思う。


ピサンリは、普段は質素だし、倹約家だったけれど、折々の季節の行事は華やかに演出してくれた。

ともすると、引きこもりがちで、季節の移り変わりさえ気づかない僕だったけど、ピサンリのおかげで、それも知れてよかった。

石の街じゃ、森のように、くっきりとした季節の移り変わりは感じられなかったけれど、それでも、食卓に並ぶ食材や、花瓶にさした花は、確かに季節を教えてくれた。

節々には、ちょっと豪華な食事や、その季節ならではのお料理も、手に入りにくい材料を工夫して、ピサンリは作ってくれた。


今年の夏至祭りは、ピサンリとふたりきりだった。

もしかしたら、ルクスたちも、夏至祭りにくらいは帰ってくるかな、ってちょっと思ってたんだけど。

流石に、忙し過ぎて無理みたいだった。

ただ、ふたりが今も無事にいることは風が教えてくれたから、僕はそれで十分だと思った。

せめて、風に乗せて、ふたりに祝福を贈ろうと思った。


故郷の森を出立したのも、今頃だったなあ、と思い出した。

あれから、何回、夏至祭りを過ごしただろうか。

夏至祭りと言えば、賑やかで、楽しくて、子どものころは、すごく大好きな行事だった。


旅の人たちと一緒に過ごした夏至祭りもあった。

ピサンリのいた村での夏至祭りもあった。

旅の途中だったときは、ルクスとアルテミシアとピサンリと、四人でやったときもあった。

去年はヘルバもここにいた。


夏至祭りは、いつもみんな笑顔だった。

楽しい思い出がたくさんあった。

ピサンリとそれを話しながら、夏至祭りの夜を過ごした。


いつの間にか、季節は前へ前へと進んでいたけれど、ヘルバからの音沙汰はまったくなかった。

もっとも、あちら側とこちら側とは、連絡なんてつけようもないから、仕方ないのかもしれないけれど。

ヘルバの木は、もう葉をつける力もなくて、外側からは、ほとんど枯れた木のように見えた。

ただ、辛うじて家のなかはなんとか保っていたのと、地下の泉の水は枯れてはいなかったから、木はまだ生きていると信じられた。

それは、あちら側のヘルバも無事だということだった。


世界も木も、なんとかもちこたえていた。

僕は、ルクスのように光になることもできず、アルテミシアのように癒しになることもできず、ヘルバのように世界を救おうと旅をすることもできず、ただ、じっと、待っていた。

ときどき、そんな自分のことがとても辛くなったけれど、それでも、何もできずに、ただ待ち続けた。


ピサンリが一緒にいてくれたのは、本当に助かった。

元々、ピサンリは、外に出て冒険するのが好きな人だと思う。

森の民に会いたいって、それだけの理由で、旅を始めた人なんだから。

ピサンリの家族だって、みんな冒険の最中で、誰一人、家には残ってない。

こうしてここに留まっているのは、きっと、僕以上に、辛いんじゃないだろうか。


きっと、ルクスたちと一緒に行ってれば、ピサンリはすごく活躍しただろう。

華々しい栄光や、人々の賞賛も、降り注いだに違いない。

その機会をピサンリは、逃してしまった。

僕は残念で、申し訳なくて、辛かった。


だけど、文句ひとつ言わず、ピサンリはただ淡々と、陽気に毎日を過ごしていた。

辛そうなそぶりひとつ見せなかった。

それどころか、いつもゴキゲンに、鼻歌を歌ったり、いきなり小さなステップを踏んだりして、どこか楽しそうにしていた。

そんなピサンリが目の端に見えるだけで、僕は、ずいぶん、救われたんだ。


僕は、ピサンリがいなければ、この石の街では、生きていられなかったと思う。

ピサンリがいてくれたから、なんとかやっていけたのは間違いない。

ピサンリにそう言ったら、褒めすぎじゃ、って笑ってたけど。

何も出さんよ、って言ったくせに、翌日のご飯は、おかずが一品、多かった。


待ち続けていたとき。

この世界に風は強く吹いていたけれど。

僕の周りだけ、風は回り込むようにして、ほとんど吹いてなかった。

ぽっかりと開いた風の吹かない穴に僕は入り込んで、そのままじっとしていた。

その無風状態は、ときどきじれったくはあっても、案外、僕にとっては、居心地はよかったのかもしれない。


だけど、風はやっぱり、いつかは、僕のところにも、吹いてくるんだ。

そして、僕も、動くのは苦手で、英雄になるより、ここで木を守っているほうが性に合ってる僕も、否応なく、その風のなかへと、足を踏み出していかなくちゃならなくなるんだ。








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