17
ピサンリの家から出ると、そこは平原の民の村だった。
そこかしこに、平原の民の住む家がある。
ちんまりとした平原の民の家々は、なんだか可愛らしいなと思った。
壁や屋根には綺麗な色が塗られていて、ひとつとして同じ色の家はない。
家の周りには、色とりどりの花壇や花を植えた鉢が並べられていて、これも一軒一軒違っているけど、どれもとても綺麗だった。
代表のお年よりは、僕らを案内するように、先に立って歩いた。
僕らがついていく後ろから、平原の民たちもわいわいとついてきた。
もちろん、みんなちゃんと一人前の大人なんだけど、小柄だし賑やかだし、ちょっと、子どもがぞろぞろついてくるみたい、って思っちゃった。
平原の民は総じて僕らより背丈が小さいらしい。
ピサンリの家でも、ベットや椅子が低かったり小さかったりした。
何より、梁や天井に頭をぶつけそうになるのには困った。
それも、平原の民にとってはちょうどいい大きさなんだろう。
代表のお年よりは、どうやらこの村の村長さんらしかった。
僕らで言うところの族長と言ったところか。
僕らの郷は、血縁者とその連れ合いの集まりだから、一族の代表といった感じだけど。
彼らは、もっといろんなところから寄り集まった人々のようだ。
村長は、そんなみんなに一番信頼される人がなるものらしい。
村長さんは穏やかに微笑みながら、僕らにいろいろと話してくれた。
ここは、森の民の棲む森に一番近い村で、森の民がときどき訪れていたそうだ。
彼らにとって、森の民は、知恵があって思慮深く、村に幸運をもたらす者という印象らしい。
いや、しかし、どうかな、それは。
族長辺りなら、ともかく。
僕らはそんなに知恵者でもないし、思慮に至っては、全然深くないんだけれども。
折角、夢見てもらってるのに、なんだか申し訳ない。
やってきた森の民は、数日から長いときには数か月、村に滞在をしていたらしい。
彼らの家は森の民にはいろいろと不便が多いということで、わざわざ森の民のための家を一軒、用意してあるんだそうだ。
それは立派な建物で村のどの家よりも大きくて、暮らしていく道具も全部揃っている。
それだけでも、どのくらい歓待されているかよく分かるというものだ。
森の民の訪れは数年おきにあったらしいんだけど、ここしばらくは、とんと音沙汰がなかったらしい。
この数年はどこの郷も彼の地に旅立つかどうかで、いろいろと大変だったからなあ。
僕らは森に忍び寄る荒廃に怯え、そこからどう逃げようかと算段していたわけだけれども。
ここの人たちを見ていると、世界が崩壊しかけているなんて、少しも思ってないみたいだ。
もうずっと長い間、僕らはどんよりとした重い空気のなかで暮らしている感じだったけど。
ここの人たちの暮らしているのは、あっけらかんと明るい空気のなかって感じがする。
前のときも、平原の民が世界の荒廃に気づいたのは、森の民のずっと後だったって言ってたっけ。
そのときには、もうほとんどの森の民は、彼の地にむけて出立した後だったって。
だけど、森の民はみんな逃げちゃったけど、平原の民は、ここに残って、ここを再生させたんだ。
なんだか、わいわい賑やかな人たちだけど、彼らにはそういう、底力、みたいなもの、あるのかなあ。
やって来なくなった森の民を彼らはずっとずーっと待ってたんだって。
そんなに待ち構えていたのに、やっと来たのが僕らで、なんか、申し訳ない。
彼らが期待するような幸運を、僕らがもたらせられる気は全然しないんだけど。
なにか、せめて、少しでもお役に立つことがあれば、いいんだけど。
しかし、聞けば聞くほど、僕らの持っていた平原の民のイメージとは違うなあと思う。
親切で明るくておおらかな人たちだ、って、父さんも言ってたっけ。
森の民のために作られた家は、本当に立派な大きな家だった。
彼らはこれを、お館と呼んでいた。
ピサンリの家は部屋がひとつしかなくて、厨房も食卓もベットも同じ部屋にあったけど。
お館には部屋も複数あって、厨房と寝室も別だ。
ベットや椅子、調度の類も、僕らの背丈にちょうどいい大きさだった。
ついてきた村人たちは、わらわらと家のなかに散って、あっちこっち掃除したり具合を確かめたりしてくれている。
なるほど、このためについてきてくれたのか。
「突然のご来訪ゆえ、お迎えするお支度ができておらず申し訳ない。」
いえいえそんな、突然やってきたのはこっちですから。
こちらこそ、いきなりでごめんなさい。
「みなさまのお世話係は、この者にさせたいと存じますが、如何でしょうか。」
一通り片付いた辺りで、村長さんはピサンリを指してそう尋ねた。
お世話なんてしていただかなくても、僕ら、大丈夫だと思うんだけれども。
でも、確かに、僕らはここのことは全然知らないし、誰かここの人がそばについていてくれると安心かもしれない。
「わしも、老体に鞭打って、粉骨砕身、皆さまにお仕えいたしますじゃ。」
村長さんよりずっと若いのにそんなことを言うピサンリに、思わず笑いそうになっちゃった。
村の人たちは、森の民の言葉は、少しなら分かるけれど、話すことはほとんどできないらしい。
流暢に話せるのは村長さんと、ピサンリだけだそうだ。
いつもは村長さん自らお世話係をするらしいけど。
僕らも、村長さんよりはピサンリの方が、嬉しいかなあ。
こうして僕らは、しばらくこの村でお世話になることになった。
その夜。
僕らはお館の寝室で三人きりになって相談をしていた。
「平原の民って、思ってたのと全然違う感じだね。」
僕がそう言うと、ルクスもアルテミシアもうんうんと頷いた。
「しかし、まだ頭から信用するわけには、いかないよなあ。」
ルクスがそう言うと、アルテミシアと僕もうんうんと頷いた。
「俺たちの目的は、平原の民の言葉と文字を習うことだが。」
「あの本は、まだ、僕らが持ってることは、言わないほうが、いい?」
「だろうなあ。」
あの本は平原の民の宝物で、どうして僕らのところにあったのか、分からない。
だけど、下手をしたら、僕ら、彼らに泥棒と思われてしまうかもしれない。
「あのさ。
いっそのこと、あの本、ここの人たちに返してしまう、ってのはどうかな?」
僕がそう言ったら、ルクスは苦笑した。
「まあ、それも一手だとは思うけど。
せっかく、こんなところまで来たんだし、もう少し、やるだけやってみようや?」
ですよね?
アルテミシアはくすくす笑い出した。
「しかし、どうやって彼らの言葉を習うかだなあ。」
「ピサンリに教えてって頼むとか。」
「まあ、それが妥当なところか。」
ピサンリは喜んで教えてくれそうな気もする。
「あの本のどこか一か所だけ写して、それを見せてみるのはどうかな?」
アルテミシアの意見に、ルクスは目を輝かせた。
「なるほど。
俺たちのところにこんな書き付けがあったんだが、これはどう読むんだ?と聞いてみるわけだな?」
「だけどさ、その見せるのって、どこを写す?
僕らまだ、あの本に何が書いてあるのか、見当だってつけられないのに。
下手なところを写して、なんでお前たちがこんな秘密を書いた物を持ってるんだ、ってことになったら、まずいんじゃない?」
水を差すようで悪いけど、僕はそれはまだちょっと怖い気がする。
「確かに。それもそうだな。」
ルクスもアルテミシアも、うーんと唸った。
「まずは、少しずつ、慎重に進めるしかないか。」
そうするしかない、とは思う。
「世界の崩壊が待っていてくれるといいんだけど。」
「急いては事を仕損じる、って言うじゃないか。」
なだめるようにアルテミシアは言った。
「なんか、その言い方、ピサンリみたい。」
僕がそう言ったら、ルクスもアルテミシアも笑い出した。
「あいつに言葉教えたやつ、わざとあれ、やったのかなあ?」
「見事なお年より口調だもんね。」
二人とも、ピサンリの喋り方は、やっぱり奇妙だと思っていたらしい。
「まあ、あいつとなら、なんか、うまくやっていけそうな気もするかなあ。」
ルクスのその感想は、アルテミシアも僕も同じだった。