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あの後、破片の掃除にも行った。
エエルと交流する練習にちょうどよかったし。
どうせなら、なにか、役に立つことをしたかったんだ。
エエルを無駄遣いはしたくないんだけど。
あの破片はとてもじゃないけど、たとえピサンリとふたりがかりでも、一日じゃ片付かない量だから。
それに、ヘルバは、広場の片付けに使うエエルは、器自身の持つエエルだから、問題ない、って言うから。
それならいいかな、って思ってた。
広場にはいつもピサンリが一緒に来てくれた。
ヘルバはあまり遠出はしたくなさそうだし。
ルクスやアルテミシアだって、ヘルバに尋ねたいことはたくさんあるだろう。
ヘルバ自身にだって、やりたいことはあるはずだ。
だからって、ひとりで行く勇気は流石になかったから。
僕はピサンリについてきてもらうことにした。
三日続けて綺麗にして、僕はふと思い付いた。
「ねえ、木箱に的を描いてさ、たくさん置いといたらどうだろう?」
「的?かの?」
首を傾げるピサンリに、僕は説明した。
「この破片ってさ、みんな怒ってるみたいにとげとげを突き立てているでしょう?
きっと、このエエルは怒りのエエルなんだ。
怒りなら、きっと、ぶつけたい対象があるんじゃないか、って。」
「なるほど、のう。」
試しに、僕らはいくつかの木箱にいろんな絵を描いてみた。
弓矢の的のように、ただの丸と点数を描いたのとか。
ちょっとにくたらしい表情をした人の顔とか。
他にも、いろいろ。いろいろ…
そしてその木箱を広場のあっちこっちに置いておいた。
翌朝。
破片は見事に木箱のなかに落ちていた。
なかなか人気のある木箱もあったし、そうでもないのもあったけど。
からっぽの木箱はひとつもなかった。
そうして、地面に落ちている破片は、圧倒的に少なかった。
これなら、片付けも楽ちんだ。
エエルを使う必要もない。
重たい木箱は僕には持ち上げられなかったけど。
そこはピサンリに頼ることにした。
エエルを使えば、なんとかなるかもなんだけど。
使わずに済むところは、使わずに済ませたかったから。
ピサンリは快く、力仕事を引き受けてくれた。
何日か続けて、木箱に描く的も工夫したら、むしろ、みんな木箱に投げることを楽しむようになったみたいで、見事に破片はほとんど木箱のなかに収まっているようになった。
僕らは破片の入った木箱だけ片付けるようになった。
だけど、破片の入った木箱を見ていると、僕はいつもちょっと悲しかった。
「この器たちはさ。
こんなふうに壊されて、悲しくないかな。
もちろん、それも、この器の果たした立派な役目なのかもしれないけど。
器として生まれたからには、もう少し、器でいたかった、とか思ってないかな?」
ピサンリは破片のいっぱい入った木箱を覗き込みながら首を傾げた。
「そうかのう?
器はそんなふうに、ものを思うものなのかの?」
「…どうかなあ…
地面に落ちているときには、怒りばっかり感じてたんだけど。
今は、なんだか、悲しみ、みたいなものを感じるんだ。」
そう言った途端だった。
ふいに、むくむくと、木箱のなかの破片たちが動き出した。
ぎょっとしたピサンリが思わず木箱を取り落としたけれど。
破片たちはそのまま、動きを止めなかった。
もしかして、襲ってきたりしたら、大変。
焦った僕は、破片たちを宥めようと笛を吹いた。
とにかく、優しくて、悲しみを癒せるような曲をって思ってたら。
いつの間にか、故郷の森の歌を吹いていた。
すると、どうだろう。
破片たちは、するすると集まって、元の器の形になっていったんだ。
完全に破片の集まった器は、ふわり、と一回光って、どこも壊れてない完璧な器に還った。
破片のすべてが、そうなったわけじゃないけど。
ほとんどの破片が、元の器へと還っていった。
「なんか、よかった。」
僕らはふたりでその様子を見ていたけど、顔を見合わせて、ふたり同時に言った。
「だけど、この器、どうしよう?」
今までは破片は街のゴミ集積場に持って行ってたんだけど。
せっかく、器に戻ったのに、捨ててしまうのももったいない。
「夜になると開く屋台に持って行くといい。
新しい器を買う必要がなくて、助かるじゃろうよ。」
「そっか。」
僕らはゴミや戻らなかった破片を丁寧に避けて、無事な器を取り出した。
器は新品みたいにぴかぴかだった。
「軽く、水洗いしておけばよいかの。」
器には汚れはまったくついてなくて、街の公衆井戸場で軽くすすいだら、すぐにまた使えるようになった。
夜になってから、屋台にその器を持って行ったら、すごく喜ばれた。
そうして、明日からも器を再生してくれるなら、洗うのは自分たちがやるから、いい、って言ってもらった。
帰ってからヘルバに尋ねてみたら、器の再生にも、器自身のエエルを使っているから、エエルの無駄遣いにはならない、って言ってもらえた。
そんなら、と、これをもっと続けることにした。
あっちもこっちもそっちも、三方良しだもの。
しばらく、広場に毎日通って、器の再生をし続けた。
すると、そのうち、朝日を浴びると、木箱の中で、勝手に器は再生するようになった。
びっくりしたんだけど、ヘルバに尋ねると、エエルは長く同じことを続けるとそれが習慣化するんだ、って教えてもらった。
ちなみに、白枯虫と祓い虫を使った水の浄化も、そのエエルの習慣化のおかげらしい。
へえ~。
広場ではやっぱり毎晩、人たちが集まって騒いでいる。
器もたくさん、壊されている。
だけど、朝日が差すと、それは全部夢だったみたいに、元通りになる。
ときどき、ルクスもやってきて、みんなと踊ったりする。
そんな夜は、壊される器はちょっと少ない。
エエルの循環が起きているんだ、ってヘルバは教えてくれた。
姿や性質を変えたエエルたちが、この場所をうまく回るようになったんだ、って。
循環がうまくいくと、エエルはほとんど消費されずに、秘術だけが、起こるそうだ。
まだ、よく分からないところもあるんだけど。
なにはともあれ、うまくいってんなら、それでよかった。
広場の一件がなんとなくうまくいってから、僕は、次、のことを考えるようになった。
やっぱり、秘術が使えると、便利なのは間違いない。
そのためにも、エエルをなんとか増やせないかな、って。
ヘルバに頼まれて、けど、ルクスにダメだって言われて、いったんは諦めたエエルの活性化。
それをやってみたらどうだろう、って。




