表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
もう一つの楽園  作者: 村野夜市


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

160/243

160

僕の目をじっと見つめて、ヘルバは言った。


「あの笛を、吹いていただけませんか。

 もう一度。いいえ、もっと、たくさん。

 何度も何度も、吹いていただけませんか?」


ヘルバは身を乗りだして僕の両手を取った。


「あなたのおからだに負担がかかることは承知しております。

 しかし、それでも、それは、命に関わる、まではいきません。

 ならば、そのお力で、エエルの活性化をお願いしたいのです。」


もちろん、僕が役に立つなら、なんでもしようと思った。

少しくらい疲れたって、休めば治るんなら、大した問題じゃない。

だから僕は即座に頷いた。


「分かった。

 笛くらい、いくらでも吹くよ。

 もともと、僕は笛を吹くのは大好きだし。

 それでお役に立てるなら、お安い御用だ。」


負担がかかる、ったって、そう大したことじゃない。

薬もいらない。寝てご飯を食べれば、治るんだから。


それよりも、僕になにか、役に立つことがある、のが、素直に嬉しかった。


ふたつ返事で頷いた僕に、ヘルバは、とても喜んでくれた。

僕の手をぎゅっと握って、涙を浮かべて、何度も有難うって言ってくれた。

僕はちょっと誇らしいような、照れくさいような、そんな気持ちで胸のなかがいっぱいになった。


そのときだった。


「それは、ダメだ!」


突然、そう言う声がして、駆け寄ってきたのは、ルクスだった。

ルクスは、手に切った果物をのせたお皿を持っていた。

そのお皿を性急に傍らのテーブルにのせると、ルクスは僕ではなくて、ヘルバに言った。


「こいつに何をさせようってんだ?

 からだに負担がかかることは、承知?

 それって、無理させるって分かっててやらせるってことだろ?」


「もちろん、今回のような危険なことにはならないようにいたします。

 そのために訓練も…」


「訓練?

 ああ、そうだった、訓練だ。

 その訓練ってのは、こいつに、こうするのは危険だ、ってことを教えるってことだろ?

 それが分かってないから、うっかり、危険なことをしでかすんだからな。

 だけど、それって、こいつにもっと危険なことをやらせるためじゃない。」


ルクスは僕の手を握っていたヘルバの手を強引に離させると、僕を背中に隠すように、ヘルバとの間に割り込んだ。


「こいつは人が好いから、頼まれたら嫌とは言わないんだ。

 だけど、危険だと分かっているなら、俺はさせるつもりはない。」


「ちょっと待って、ルクス…」


僕はルクスの背中に言ったけど、ルクスはこっちを振り返りもせずに言った。


「ダメだ。

 いいから、お前は黙ってろ。」


ルクスの顔はこっちからは見えない。

だけど、きっと、燃えるような目をして、ヘルバを睨みつけている。

ルクスの強張った背中に、燃え盛る炎が見えるような気がした。


ヘルバはちょっと呆気にとられたようにそんなルクスを見上げていた。

こんなふうに一方的に怒りをぶつけられて、優しいヘルバは傷ついているのじゃないかと、僕は心配だった。

こっそり、ルクスの背中の陰から、ヘルバの様子を伺った。


予想に反して、ヘルバは萎縮なんかしてなかった。

ヘルバは真っ直ぐにルクスを見つめ返していた。

その瞳はどこまでも凪いで、そこに怒りは欠片もなかった。

ただ、一方的にぶつけられた怒りにも屈せず、どこか強い意志を宿していた。


「ルクスさん。

 彼は、この世界にとって、とても大切な役目を果たせる人なのですよ。」


ヘルバは言葉を選ぶようにゆっくりと言った。


「彼の力なら、きっと、世界の崩壊を引き留められる。」


「こんなチビひとりの力で止められるくらい、世界の崩壊ってのは、ちゃっちいのか?

 そんなら、あんたや他の誰かだって止められるんじゃないか?

 俺たち、みんな、何もしないで手をこまねいて、こんな子どもひとりに責任をおっかぶせようとしてるだけじゃないか!」


「…彼は、特別な人だから…」


「そんなこと言って、それって単に自分たちが楽したいってだけじゃないのか?

 特別だから。素晴らしい能力があるから。

 それって、俺たち束になっても、代われない特別なのか?」


ルクスの背中でその言葉を聞きながら、僕はなんだか胸がじんとしていた。

ルクスは必死に僕を守ろうとしてくれているんだ。

ずっと、そうだった。うんとうんと小さいころから。

多分、僕の生まれたときから。

ルクスはずっと、こうして僕のこと、守ってくれていた。


僕は思わずルクスの背中にぎゅっとしがみついた。

小さいころ、よくそうしていたように。

ルクスの背中は大きくて固くて、それからとても温かかった。


ルクスは驚いたように、言いかけた言葉を飲み込んだ。

そのまま、凍り付いたように立ち尽くした。

僕は、ルクスがヘルバを責める言葉がやんだのは、単純にほっとした。

ヘルバのこともルクスのことも大好きだから。

言い争いのようなことはしてほしくなかった。


「ごめんね、ルクス。

 僕、ちょっと、ヘルバに、特別な力がある、みたいなこと言われて、浮かれちゃってたのかもしれない。

 自分にそんな大それた能力があるなんて、なんか、嬉しくてさ。

 だから、また、馬鹿なことをやらかそうとしてた。

 ごめんなさい。」


ルクスはこっちを振り返って何か言おうとしたけど、僕を見下ろして、うっ、と言葉に詰まったっきり、何も言わなかった。


だから僕はルクスを見上げて言った。


「でも、訓練はしたいって、思うんだ。

 そうしないと危険だ、ってのは、よく分かったから。

 ヘルバからいろんなことを習いたい。

 それは許してください。」


「…俺は、お前がそう言うなら、べつに、そこをダメだと、言うつもりは…」


ルクスはもごもごと言いかけて、ああ、もう!と怒ったように足を踏み鳴らした。


「ごめん。

 お前は本当に、すごいやつかもしれん。

 いや、すごいやつだ。

 それは、きっと、そうだ。

 俺にもそれは分かる。

 ずっと、分かってた。

 だけど、いつもいつもいつもいつも、お前ひとりに怖いことをおっかぶせて、お前だけ辛い目に合わせて、それで、俺たちは指を咥えて見てるしかなくて…」


「え?それ、何の話?」


「お前の話しだ。」


「………僕、自分だけ辛い目に合ってるなんてこと、ないよ?」


最後まで言う前に、僕はいきなりぎゅっとルクスに抱き寄せられていた。


「誰より怖がりで、泣き虫で、力もないし、からだも弱くて小さくて…」


それは確かに全部事実だから、とりあえず黙っておく。


「いつも、俺が守ってやらなくちゃ、って思ってきたのに…」


そうだよね。

そうなんだよね。


「有難う、ルクス。」


そう言ったら、いきなりぱしっ、と軽く頭をはたかれた。


「なんだお前、一丁前にお礼なんか言いやがって。」


「お礼言って怒られるって何事?」


思わず聞き返したら、もう一回頭をはたかれた。


「やれやれ。

 大きな音がしたから何事かと思ったら。

 まったく、しょうがないな。」


いつからそこにいたんだろう。

アルテミシアの声がして、見たら、腰のところに手を当てたアルテミシアと、慌てた顔をして両手にお玉を持ったままのピサンリとが、そこに立っていた。

ピサンリのお玉から、ぽたりぽたりと雫が垂れていて、思わず、拭かなくちゃ、と手を伸ばそうとしたんだけど、ルクスが僕を抱きしめていたから、僕は身動きできなかった。


「とりあえず、こいつは預って行こう。」


アルテミシアはつかつかと歩いてくると、ルクスの服の首のところを持って持ち上げた。

ちょっと首が苦しかったのか、ルクスは大人しく僕から手を離して、そのままアルテミシアに連行されていった。


「…大丈夫かの?」


ピサンリは僕のほうを心配そうに見た。

うん、大丈夫、と笑ってみせたら、突然、お玉から垂れていた雫に気づいて、ああっ、と叫びながら、雑巾を取りにいった。


ふたりだけ残ったヘルバと僕は、お互い顔を見合わせた。

ヘルバは怒ったり悲しんだりはしていなかったけれど、いつものように微笑んでもいなかった。

僕は、ヘルバの目を見て言った。


「僕、ルクスに心配かけないくらい、強くなりたいんだ。

 力を貸してください。お願いします。」


もちろん、とヘルバは頷いてくれた。

それから温かな目をして、微笑んでくれた。











評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ