16
そのとき、控え目に、こつこつと、扉をたたく音がした。
なんじゃろう、とピサンリは立って行く。
扉を開けた途端、なだれ込むように、平原の民たちが入ってきた。
「フォォォォォ!」
「!!!!!」
「!!!!!」
彼らは口々に何か叫ぶと、いきなり、床にずらっとひざまずいた。
狭い家のなかは、あっという間に平原の民でいっぱいになった。
「え?いったい、なにごと?」
うるんだ瞳でこっちを見上げて、両手をもみ絞りながら、何か叫んでいる。
「素晴らしい!」
「最高!」
「尊い!」
「沼!」
ときどき、僕らにも聞き取れる言葉も混じっていたけど、ほとんど何を言っているのか分からなかった。
「…、あ、あの…」
困り果ててピサンリを見たら、あはははは、と楽しそうに笑っている。
え?笑ってないで、この状況を説明してほしいんだけど…
膝をついていた人々のなかからひとり、こちらは本物のお年よりに見える平原の民が立って、丁寧に僕らに話しかけてきた。
「ようこそ、森の方々。
みなさんのお越しを我ら一同、お待ち申しておりました。」
「っそ、それは、どうも…」
恐る恐るルクスが返事したら、フォォォォ、ってまた一斉に叫び声が上った。
「しかも、このたびは、このように我らの家にお入りになり、お食事をご一緒くださるなど、あまりの光栄に身が震える思いです。」
「え?
いや、助けてもらったのは、俺たちのほうだし。
食事までさせてもらって、むしろ、感謝してるくらいで…」
ルクスがそう答えると、人々はまた口々にフォォォォォっと叫んだり、手を叩いたり、やたらと両手を振り回したりした。
けれどその騒ぎも、代表のお年よりの手の一振りで、さっと収まった。
「しかし、この者は、村のしきたりもよく知らず、皆さまを自らの家に招き入れるなどという不手際をしでかしました。
どうぞお許しくださいませ。」
お年よりはピサンリのほうをさして言った。
「いやあの、しきたり?は、俺たちのほうもよく知らなくて。
申し訳ないことをしたのは、もしかしたら、俺たちのほうで。
だからあの、ピサンリは何も悪くないし、むしろ、謝るなら俺たちが謝ります。」
すると、どよめきと共に一斉に拍手が沸き起こった。
「なんとまあ!
温かくも思いやり深い皆さまのお言葉に、皆、歓びを抑えきれません。」
「それは、どうも…」
彼らの様子に僕らはすっかり驚いてしまって、ルクスですらうまく答えられないようだった。
アルテミシアもびっくりして目を丸くしているし、僕にいたっては、ちょっとの間、息をするのも忘れていたくらいだ。
だけど、彼らはどうやら僕らのことを歓迎してくれているらしい、というのは伝わってきた。
彼らは僕らが何か言うたびに、フォォォォォっていう奇妙な叫びを上げて、手を叩いている。
隣同士、ばんばん叩きあっている人たちもいる。
感極まったように泣き出した人もいた。
平原の民って、もっと怖いものだと思っていたけど。
そうじゃないのかな?
いや、けど、この様子は、やっぱりちょっと、怖いかな。
代表のお年よりも、仲間の様子にちょっと苦笑してから続けた。
「どうにも、皆、興奮を抑えきれず、騒がせてしまい、申し訳ありません。
して、此度は、どのくらいの間、ご滞在いただけましょうか?」
「え?ご滞在?
あ、っと…それはまだ、よく、分からない、というか…」
ルクスが答えると、さっきよりちょっと低い、ォォォォォ、が響いた。
代表のお年よりは手でそれを抑えるような仕草をしてから、またこっちを振り返った。
「我ら、是非とも、皆さまには、長くご滞在いただきたく。
伏してお願いいたしまする。」
そう言うなり、いきなり床にひざまずいておでこを床につけた。
他の人たちも一斉に同じ仕草をする。
「え?あ、いや、ちょっ…」
中にはごつんごつんとおでこを床にぶつける人までいて、僕らは慌ててしまった。
「あ、いや、あの、ちょっと、それは、やめてください。」
僕らがそう言うと、とりあえず、床にごつんはやめてくれたけど、手はついたままで、じっと一斉にこっちを見上げている。
ううううう。なんか、怖い。
「しかし、我らの家は、皆さま方には、多少、ご不便かと存じます。
是非とも、皆さまにはお館のほうへお移りいただいて…」
「え?おやかた?」
何やら僕らの知らない決まり事はいろいろあるらしい。
僕らは素直に代表のお年よりに従って、ついて行くことにした。




