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もう一つの楽園  作者: 村野夜市


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僕が目を覚ましたのを聞いて、みんな走って来てくれた。

家の中で走るな、って、いつも僕を叱るアルテミシアまで、ちょっと息を切らせて走ってきた。

僕はなんだか、胸の中がじんとした。


みんなは先を争うようにして、僕に、お腹はすいてないか、とか、気分は悪くないか、とか、何かほしいものはないか、とか聞いてくれた。


お水をたくさん飲んだせいか、お腹はすいていなかった。

気分は悪くないんだけど、なんだか、からだに力が入らなくて、ちょっとふにゃふにゃした感じ。

そんな僕を、みんなして寄ってたかって、もう一度、ベットに寝かせてくれた。


「熱は、ないな。

 どこかからだを悪くしている、というわけでもない。」


アルテミシアは僕のからだを丁寧に調べながら首を傾げた。


「そうだな。

 まるで、一日中、外を駆け回った子どもが、疲れ果てた、って感じか?」


流石に僕ももう、一日中外を駆け回る子どもじゃないけど。

でも、その疲れ果てた、というのには、妙に納得した。

そうだね。うん。今の僕は、そう言うとぴったりくる感じ。


「残念ながら、今の君に使える薬はなさそうだ。

 ご飯をたくさん食べて、よく眠る。

 それが回復の近道だろうな。」


「それなら、わしの出番じゃ!

 任せておきなされ!」


ピサンリはアルテミシアを押し退けるようにして僕の前にくると、自分の胸を叩いて声を張り上げた。


「エエルを召喚ぶには、己の内側にあるエエルを、呼び水のように消費するのです。

 おそらくはそれで、体内のエエル不足を招いてしまったのでしょう。」


ヘルバは僕のからだの具合をそんなふうに説明した。


「今の方にとって秘術はそれほど身近なものではなかったから。

 幼いころから、エエルの流れや量を感じる訓練はあまりしていないのでしょうね。

 しかし、このままではからだにとっていいことはありませんから。

 エエルを操る訓練は、是非とも、やった方がいいと思います。」


「訓練?

 それをやれば、こいつはもう、倒れたりしないのか?」


ルクスはヘルバにむかって尋ねた。

その目は、ちょっと怖いくらい真剣だった。


それから、僕のほうを見て、かすれた声で続けた。


「三日も、目を覚まさずに、眠り続けるなんて…」


そのとき初めて、僕は、三日も眠っていたんだって知った。

それは、みんな、心配するはずだ。


「僕、そんなに寝てたの?」


「ああ。

 ヘルバは心配いらないって、言ってたけどな。

 俺たちは…」


ルクスはその先は言わずにため息だけ吐いた。


「ごめんね?心配かけて。」


「まったくだ。

 夕飯の前に、ちょっと外の風に当たるだけかと思ったら…

 本当に、お前ってやつは、いつもいつも、突拍子もないことをしでかすから…」


ルクスはくどくどと言いかけて、突然、いやいい、と、続きを呑み込んだ。


ルクスに比べたら、僕は臆病だし用心深い。

って、自分では思ってるんだけど。

確かに、いろいろと迷惑と心配をかけてるのは間違いないから。

僕は、ごめん、としょんぼりするしかなかった。


ルクスってば、郷でも有名な、やんちゃで無鉄砲なんだけどさ。

不思議と、僕らは、ルクスのこと、あんまり心配したことないんだよね。

回数なら、多分、圧倒的に僕のほうが多いと思う。

まあ、アルテミシアが、ルクスなら大丈夫だ、っていつも言うからかもしれないけど。


「しかし、こうして無事に目も覚めましたし。

 なにはともあれ、今は休養ですよ。」


ヘルバは気まずく黙り込んだ僕らをとりなすように言ってくれた。


「そろそろ、お夕飯の時間でしょう?

 ピサンリ、お鍋は大丈夫ですか?」


「あ。そうじゃった。」


ピサンリは慌てて厨房へ戻っていく。

お鍋を火にかけたままだったのかもしれない。


「あたしも。

 薬草を外に干したままだった。」


アルテミシアもそう言って急いで下りて行った。


「少し眠れ。

 食事はここに運んでやるから。」


ルクスは大きな掌で、僕の頭を一度だけぎゅっと抑えた。


「だけど、目を覚ましてくれて、本当に、よかった。」


ルクスの大きな掌に阻まれて、その表情はよく見えなかったんだけど。

声にちょっと涙が混じっているような感じもした。

ただ、ルクスはそのまま顔をそむけて、ぷいと行ってしまったから。

確かめることはできなかった。


みんな、行ってしまうと、ヘルバはまた僕の枕元に椅子を寄せてきて座った。


「ヘルバは休まなくても大丈夫なの?」


この寝台は元々ヘルバのものだ。

僕の知っていたヘルバは、もうずっと、ここに横になっていた。


「ええ。わたくしは、大丈夫ですよ。」


ヘルバは、さっきルクスに抑えつけられたところを、そっと撫でてくれた。

ヘルバの手はちょっとひんやりしていて、とても気持ちいい。

ちょっと、泉の水を飲んだときみたいな感じに似ていると思った。


「お食事の支度にはもうしばらくかかるかもしれません。

 少し、お眠りなさいな。」


「…うん…

 僕、三日も寝てたのに、まだ眠れそうだよ…」


ヘルバに髪を撫でられていると、とても気持ちよくて、僕はそのまま眠ってしまいそうだった。


「みなさんには、あまり心配をかけたくなくて、言わなかったのですけれど…」


ヘルバはちょっと申し訳なさそうに言った。


「本当は、エエルの枯渇というものは、下手をすれば、命の危険すら伴うのです。

 あなたは、とても、危うい状況でした。」


「…そうだったんだ…」


「わたくしがどう取り繕おうと、ルクスさんもアルテミシアさんも、あなたの状況を本能的に感じ取っていらっしゃいましたから。

 それはそれは、心配なさったのですよ。」


そか。

道理でさっきのルクスの様子がおかしかった理由が分かった。

後でもっとちゃんと謝ろうと思った。


「あなた方は、間違いなく、強い絆で結ばれた同士。

 だからこそ、そんなことも分かるのでしょうね。」


僕は、分かるのかな?

ルクスやアルテミシアのピンチのときに。


いや。

あのふたりより、圧倒的に、僕のほうがピンチになってるのか、いつも。


ふたりにどうやって謝ろう、本当に、ごめん…

そんなことを考えていたんだけど。

ヘルバの手があんまり心地よくて。

いつの間にか、僕はまた眠りに落ちていた。









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