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もう一つの楽園  作者: 村野夜市


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あのとき、ヘルバが僕にくれた小瓶のことも、尋ねてみた。


「ああ、あれは…」


とヘルバはちょっと悪戯っぽく笑ってから種明かしをしてくれた。


「泉の水に、あなたの髪と爪を入れただけですよ。」


「本当に、それだけ?」


確かに、僕の目にも、そう見えたのは見えたんだけど。


「エエルを呼ぶ秘薬かなにかなんじゃないかって、思ったんだけど。」


秘薬?と繰り返して、ヘルバはまた笑った。


「いいえ。

 それ以外に特別なことはなにもしていません。」


それから僕の顔をじっと見て言った。


「あなたの話しを聞いてね?

 あなたの気配をさせれば、エエルはそれに応えてくれると思ったのです。

 あなたはエエルに愛されていますから。」


「???

 エエルに愛されているのって、ルクスだよね?」


だから、ルクスの起こす秘術は、毎回すごく効果絶大になるんだよね?

ヘルバはゆっくりと頷いた。


「ええ、もちろん、彼は、とても愛されています。

 そして、あなたも、彼と同じくらい、愛されています。」


…そうなんだ?


「彼の周りに集まるエエルと、あなたの周りに集まるエエルとは、性質に少し違いがあるようです。

 彼とあなたの人柄に違いがあるように。」


「エエルの性質?

 それって、温かい風と冷たい風、みたいなこと?」


「ええ。そうですよ。」


ヘルバは、にっこり頷いた。

僕はまるで教場の先生に頭を撫でてもらったときみたいに嬉しくなった。


「でも、僕もエエルに好かれてるんだとしたら、嬉しいかも。」


それは正直な気持ちだった。


「好かれてますよ?

 だってほら、あなたのその胸の…」


ヘルバは僕の胸のブブを指差した。


「ブブもエエルの化身でしょう?」


「エエルの化身?」


なにそれ?


ヘルバは僕の顔を見て、ちょっと笑った。

なんだか最近よく、僕はヘルバに笑われている気がする。

まあ、笑ってくれるんだったら、なんでもいいんだけど。


複雑な顔になってしまってたのかもしれない。

ヘルバは、ちょっとすまなさそうな表情をしてから、言った。


「ブブはエエルを材料にして作られたものだと思いますよ。」


へえ。そうなんだ。

確かに、普通の虫じゃないとは思ってたけど。


「そういえば、使い魔、って言ってたっけ。

 それって、秘術で作ったから、なのかな?」


「そのようなものを作り出す秘術もあるのですね。

 初めて知りました。

 いやあ、長く生きても、まだまだこの世界には、知らないことがたくさんあるものです。」


ヘルバはブブにむかってそっと指を差し出した。

ブブは大人しくヘルバの指先に移って、ぎゅっとしがみついた。


ヘルバはその指を自分の顔の前に持って行って、しげしげとブブを観察した。


「本当に。

 一見、ただの虫に見えるのに。」


「ブブはね、いろんなこと、できるんだよ。」


僕はこれまでのブブのことを話した。

光って道案内してくれたこととか。

助けを呼びに行ってくれたこととか。

ヘルバはいちいち感心して聞いてくれた。


「素晴らしい。

 本当に頼もしいお仲間なのですね。」


「ブブは祓い虫たちの中でも、レイカク?が高いんだ、って。

 ちょっと特別なんだって、おっちゃんも言ってたよ。」


「おっちゃん?」


ヘルバに聞き返されて、僕は虫使いのおっちゃんの話しも一からした。

長い長い話になっちゃったし、僕はヘルバみたいに話しが上手じゃないから、話しもあっちへ飛んだりこっちへ飛んだりして、ややこしくなっちゃったんだけど、ヘルバはそれも全部聞いてくれた。


話が終わると、ヘルバは、なるほど、とうなずいてから、僕のほうを見た。


「ブブの例を見ても、あなたにエエルに愛される資質があるのは間違いありません。

 エエルたちには心があって、好ましいものに近づいたり、苦手なものからは逃げたりするんです。

 そうして、自分たちの気に入った相手には、望みを叶えたり、力を貸したりしてくれます。

 秘術というのは、そもそも、そうやって引き起こされているんです。」


へえ~…


「あなたはまだ、エエルに自分の望みを伝える技に未熟なのでしょう。

 しかし、その技を磨けば、とても優秀な秘術使いになれるはずですよ。」


秘術使いかあ…

ヘルバの昔話にはそういう人たちも出てきたけど。

今は、そんな人は現実には存在しない。

エエルが少なくなって、秘術というものも、ほとんどなくなったからだと思う。


「…べつに僕は、そんなのにはならなくてもいいけど…」


だって、エエルの無駄遣いはしたくないし。

そうしたら、ヘルバは、くすくす笑い出した。


「あなたという存在にエエルたちは気づいてしまいましたから。

 これからは、少しずつ集まってくることでしょう。

 確かに、この世界のエエルは、とても少なくなっていますけれど。

 いなくなったわけではありません。

 そうして、あなたの周りのエエルたちは、あなたの望みを叶えようとして、勝手に動き出すはずです。

 けれど、エエルたちは、意外におっちょこちょいですから、ほうっておくと、思ってもみないことをし始めるのですよ。

 だからね?

 エエルにきちんと自分の意志を伝えるのは、大事で必要なことなのです。」


ゆっくりと教えてくれるヘルバの言葉は、僕のなかに、ひとつひとつ、刻まれていく。


「たとえば、広場に集まっていたエエルたちは、あなたの望みを汲み取って、掃除をしてくれました。

 彼らには物質をエエルに戻す能力もありますから。

 消えてなくなってしまったように見えたのは、そのせいです。

 けれども、もしも、エエルたちがあなたの気持ちを読み違えて、広場を汚す人たちを罰しようとしたら?

 破片たちが一斉に舞い上がり、人々に襲い掛かっていたとしたら?」


「そんなことになったら大変だよ。

 僕、そんなことは、望まない。」


「ええ。もちろん、それはあなたの望みとはかけ離れていたはずです。

 今回は、エエルたちも、過たずに、あなたの心を読んでくれました。

 だから、あなたにとっては、望ましい働きをしてくれたのです。

 それは、おそらく、最初に、あなたの血液を…」


長く話して疲れたのか、ヘルバは少し言葉を切って息を吐いた。

だけど、僕はもっと教えてほしくて、枕元の水差しから水を注いでヘルバに渡すと、続きをせがんだ。


ヘルバは少し休んでから話しを再開した。


「血液は、あなたの分身となって、あなたの心を彼らに伝えました。

 だから、彼らは、あなたの望みをかなえた。

 髪と爪を入れた水も、同じ働きをしました。

 血液ほど、強い分身ではなくとも、もう二度、彼らは、あなたのために働いていたので、三度目も、同じことを繰り返してくれました。

 そうすれば、あなたが喜んでくれる、と彼らはもう分かっていたから。」


そうだったんだ。


「エエルというものは、好ましいと思う対象を喜ばせることを、進んでやろうとします。

 あなたが喜べば、エエルも嬉しい。

 だから、あなたの心を知ろうとします。

 そうして、ときどき、間違えます。

 だから、エエルに愛される人は、エエルに心を伝える方法を、きちんと学ぶべきなのです。」


確かに。

秘術使いになれるかどうかはともかくとして。

僕は、僕の周りにいるエエルには、ちゃんと気持ちを伝えるべきだって思った。


「それって、どうやってやるの?

 毎回、髪と爪を切って、水につけたのを使うの?」


尋ねた僕の勢いにヘルバはちょっと驚いたような目をして、それから、ふふふ、と笑い出した。


「髪も爪も、そのたびに切っていたのでは、なくなってしまいますよ?

 伸びるにも時間がかかりますし、伸びるのを待たなければ心を伝えられなければ、エエルたちの暴走に間に合わないかもしれません。」


「じゃあ、用事のないときに切ったのを、たくさん漬けて、貯めておく、ってのは?」


僕はいい案だと思ったんだけど。

ヘルバはさっきよりもっと目を丸くして、それから、あはははは、と笑い出した。


「今回のあれは、とっさに思い付いてしまいまして。

 わたくしも、いけないことをいたしました。」


「???

 それじゃ、ダメなの?」


ヘルバは僕のほうを優しく見つめた。


「歌や唱文。

 踊りや身振りで伝える人もいます。

 紋章も、その技の一種と言えますね。

 わたくしはもっぱら、唱文を使っています。」


歌かあ…

歌なら、アルテミシアだし。

唱文とか、覚えられる気がしない。

踊りなんて、できそうもないし。

紋章も…挫折したよね…


「…どれも、僕には無理っぽいよ?」


やっぱり髪と爪をあるときに水に漬けとくほうが確実なんじゃない?


言ったら笑われると思って、あえて言わなかったのに、それでもヘルバは笑い出した。


ヘルバって、僕の心、読めるのかな。








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