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そうか。子どもじゃなかったのか。
うん。それはまあ、そうかな、と納得もする。
僕は目の前の平原の民をしげしげと眺めた。
背は小さいけれど、口調は思い切りお年寄りだし…
「もしかして、実は、おじいさん?」
そう尋ねたら、また三人一斉に爆笑した。
いや、ちょっと、みんなそんなに笑わなくても…
「おじいさん、とまでは、いかないと思うがのう。
わしのような者は、若者、と言うのではなかったかのう?」
「若者?!」
一番あり得ないと思っていたから、思わずのけ反って聞き返したら、また大爆笑された。
確かに、外見はそんなお年よりには見えない。
というより、まるっきり、子どもに見えるんだけど。
「わしは、昨年、親元から独り立ちをして、今はここで、畑を作って暮らしておる。
わしくらいの年の者を、森の民は、若者、と言うたかと思うたが。
ときどき、森の民の言葉を間違えて覚えておるかもしれんから、間違うておったら教えてくだされ。」
「森の民の言葉?」
そういえば、目の前のこの人は、さっきから、ちょっと奇妙ではあるけれど、僕らに分かる言葉を話している。
だけど、本当は、平原の民は、違う言葉を話すはずだ。
「ピサンリは平原の民だけど、森の民の言葉も話せるんだ。
いきなりそんな人と出会えるなんて、俺たち、ラッキーだよな?」
ルクスは嬉しそうにそう言った。
「あたしたち、ピサンリに助けてもらったんだよ。
君が倒れてしまったとき、困っているあたしたちを見つけて、ここへ連れてきてくれたんだ。」
横からアルテミシアもにこにことそう言った。
「なになに、わしは森の民に憧れて、この果ての地までやってきたのよ。
ここへ来て一年も経たぬのに、いきなり本物の森の民と出会えて、こちらこそ恐悦至極。
狂喜乱舞してしまいそうじゃ。」
ピサンリはおどけて手足を振り回す。
あれは、踊っているつもりなのかな?
「しかし、なかなかに上手じゃと、先生のお墨付きはあったが、実践で使うのは初めて。
ちゃんと通じるじゃろかと、それはそれは心配しておったが、思い切って話しかけてみてよかった。
こうして、みなさんと話しができて、まことに嬉しい。」
ピサンリは感極まったように近づいてくると、僕の手を握ってぶんぶんと振った。
「何でも構わぬ。
わしに話しかけてくださらんか?」
「え?」
僕はちょっと困ったけど、なんとか質問を見つけて言ってみた。
「森の民の言葉は、どこかで習ったの?」
「おう。その話しか。
こう見えてわしは、大きな街の生まれでの。
それはそれは大きな街で、そこには、数は少ないが、森の民もおったのよ。
幼いころから、わしは、森の民のことが、それはそれは大好きで。
たまたま近所に住んどった森の民の家に、しょっちゅう遊びに行っておった。
彼らは、最初は、わしのことも疎ましく思うたようじゃけど。
あんまりしつこいもんで、そのうちに、少しずつ、構うてくれるようになって。
そうして、言葉も教えてくれたんじゃ。」
しじゅうにこにこしながら、ピサンリはそんな話しをした。
確かに、こんなにこにこの子どもが毎日遊びに来てたら、それは構いたくなるよな、って思う。
森の民は、積極的に他所の子に構ったりはしないけれど、子どもは好きな人も多い。
ピサンリは、目をきらきらさせて、じっと僕を見つめた。
「どうかのう?ちゃんとうまく話せておるかのう?」
「…話せては、いるかな?」
もしかして、その習った相手は、ご老人だったのかもしれない。
だけど、わざわざ指摘するのも失礼な気もしてきて、僕は、うん、大丈夫、と頷いてみせた。
ピサンリはまたにぱっと笑ってから、うっとりするように続けた。
「森の民の言葉は、なんとも不思議な響きの言葉じゃ。
耳で聞いても、話していても、背筋がぞくぞくする。
それは、まるで、そうじゃな、言葉というよりも、音楽に近いと思う。」
そうかな?
音楽とはまたちょっと違う気もするけど。
でも、異種族の感じ方ってのは、違っていて面白いなって思った。
「森の民には、言葉以外にも、いろんなことを教えてもろうた。
しかし、話しを聞けば聞くほど、森の民とは不思議な人たちじゃ。
だから、彼らの故郷の森に近いこの村へ来て、ここで暮らすことにしたんじゃ。
ここにいれば、数年に一度、森の民がやってくると聞いたからのう。
だから、毎日、虎視眈々と、森の民が来るのを、待ちわびておったのよ。」
やっぱりちょっと、ときどき奇妙な言い回しになりながらも、ピサンリはにこにこと話し続けていた。




