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ヘルバにもらった小瓶を持って、その夜は広場へ出かけた。
「ねえ、これ、何に使うんだと思う?」
ヘルバは結局、使い方は教えてくれなかった。
隣を歩くピサンリに、僕はちゃぷちゃぷと小瓶を振ってみせた。
「やっぱり、この感じだと、飲む?とか?」
「見せてくだされ。」
伸びてきたピサンリの手に、小瓶を渡す。
ピサンリは僕の真似をして小瓶を振ってから首を傾げた。
「はて、のう。
大きさからすると、飲み薬のようでもある…
これは、何が入っておるのじゃ?」
「さあ?」
「開けてみても?」
「開けたら効果なくなる、とかないかな?」
「それなら、そうと、じいさまは言うておくはずじゃ。」
なるほど。
じゃあ、どうぞ、と掌をむけると、ピサンリは恐る恐る、小瓶の栓を抜いた。
中身を覗いたり、鼻に近づけて匂いを嗅いだりしている。
「…匂いは、せんのう…
しかし、なにか、入っておるようじゃ…
金色の…細い…これは、なんじゃろう…
あと、なにか、小さな欠片、みたいな…」
あっ、と僕は気づいた。
「もしかして、それ、僕の髪の毛と爪かも。」
確か、ヘルバに渡すように言われたんだ。
何にするんだろうって思ったんだけど。
う。
そんなもの、飲んだら、からだに悪そうだ。
よかった。飲まなくて。
「よく立派な人にあやかりたいときには、爪の垢を煎じて飲む、と言うがのう?」
「僕が僕の爪の垢、飲んでどうするの。」
「それもそうじゃ。」
これ、絶対、飲むものじゃない。
「飲むのじゃないなら、どこかへかける、かのう?」
かける?
ふうん…
まあ、いいか、といったん小瓶はしまった。
門のところで木靴に履き替えて、広場へと足を踏み入れる。
もうここの混沌はいっそうすごいことになっている。
掃除しようかと思ったこともあったんだけど。
ピサンリと僕が一日かけて必死こいて掃除したところで、広場全体なんて綺麗になるもんじゃないし。
それに、その夜になると、また元の混沌に戻る。
掃除してると昼間休めないし、そしたら夜も起きていられないし。
なにより、このやっても無駄な感じに耐えられなくて。
それでも、二、三回はチャレンジしたんだけどさ。
早々に、諦めの境地に入った。
地元の人たちも、きっと、同じ気持ちだったんだろうな。
「綺麗な場所は汚さないようにしよう、とか、思わないのかな?」
「綺麗な場所だから、自分のしるしをつけたくなるのじゃないか?」
なるほど。
降ったばかりの雪に足跡つけるみたいなもの?
にしたって、ここの惨状は、真っ白の雪に点々とつく足跡、みたいなレベルじゃなかった。
「この混沌に、しるしなんて、つかないのに、まだやるんだね?」
「ここまで来たら、もう遠慮なく、やってしまえ、かのう?」
どっちにしろ、やるんだ。
もし、ここを綺麗にしたのが僕の秘術だったとしても。
こんなことに秘術を使うなんて、それこそ、エエルの無駄遣いな気もする。
だけど、秘術でも使わなければ、到底、ここを綺麗になんて、できないもんね…
僕はちょっとため息を吐いてから、例の小瓶を取り出した。
それにしても、小さい。
中に、何か液体が入っているけど、とてもじゃないけど、この広場全体にまけるような量はない。
足元に、とぽとぽとほんの少しだけまく、程度しかない。
じゃあ、なにかにかける?
それならせめて、一番、汚れてるところとか?
僕はきょろきょろと広場を見渡した。
どうだろ。
あそこ辺り、一番ゴミがたまっているような。
いや、あっちかな。
あの辺も、なかなかすごそうだ。
つまりどっちを見ても、ゴミの山だから、一番、ってところはなかなか見つからなかった。
不思議なことに、ゴミの山の傍には、人の集団が必ずあって、だから、ちょっと近寄り難い。
あんなところにいて、臭いとか、気にならないのかな。
まあ、他人の好みにとやかく言うつもりはないけど。
そこそこゴミの山になっていて、人のいないところ。
そう思って探すと、ふいに、一か所、きらきらと光って見えた。
いや、ゴミだから、光るってのも妙なんだけど。
でも、ふいに視界が開けたみたいに、そこだけ、ふっと目に入ったんだ。
あそこにしよう。
僕は心を決めると、そこへむかって足を踏み出した。
転んだりしないように気をつけて。
いや、転んで怪我したら、例のあの件を確かめるには、好都合かもなんだけど。
やっぱり、怪我、したくないもの。
幸い、そこはそんなに離れてもいなかったから、僕は転ばずにそこまで辿り着くことができた。
ピサンリも一緒についてきている。
ピサンリのほうをちらっと見ると、僕の考えは分かっている、と言うように、頷いてくれた。
よし。
やるぞ。
おもむろに栓を抜いて、小瓶を傾ける。
中の液体は、とぽとぽと零れていく。
そうして、すぐに小瓶はからっぽになった。
こぉんな、ちょっぴりで、何か、効果はあるのかな…
そのときだった。
もくもくと、煙のようなものが、足元からたちのぼってきて、僕はぎょっとした。
いや。
煙じゃない。
これは、黒枯虫?
ヘルバのくれた小瓶は、黒枯虫を発生させる薬だったみたいだった。




