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この世界のエエルには、流れや意思、性質があるらしい。
秘術を使うということは、その場に存在するエエルを読み取り、その力を活かすということなんだそうだ。
原理を説明してもらっても、やっぱりさっぱりなんのことだか、だけど。
紋章はヘルバの編み出した技術だ。
あれは半ば強制的にエエルを集合させて、動かすための式なんだそうだ。
って、こっちも説明してもらっても、やっぱりさっぱりなんのことだかだった。
式だから、法則性があって、アルテミシアはそれをほぼ正確に把握しているらしい。
把握するだけじゃなくて、応用もしている。
応用だけじゃなくて、新しい式も次々と編み出しているんだそうだ。
ルクスは何故かエエルに好かれるらしい。
ルクスの頼みなら、って、エエルたちは、張り切って術を発動してくれる。
エエルって、不思議なもので、生き物じゃないんだけど、気持ち?みたいなものがあるそうだ。
エエルのゴキゲン次第で、秘術の効力も変わるんだって。
だからルクスの秘術は、どかんと一発、大技になる。
だけど、エエルにまで愛されるなんて、ルクスって、やっぱり特別だ。
ふたりとも、ここのところ、ヘルバに教わりながら、紋章術の研究に没頭している。
なんだか、とっても、格好いい。
僕はと言えば、広場の破片が消える謎を追っかけて、毎晩広場へ行くために、昼間はほとんど寝ている。
夜になるとごそごそ起きて広場へ行く。
ピサンリは、昼間はご飯作ったり掃除したり洗濯したり、みんなの世話をしていて。
そんでもって、夜は僕についてきてくれる。
いったいいつ寝てるんだろう?
「わしには、賢者様方のようにじいさまと一緒に研究したりはできんからのう。
せめて、できることでお手伝いするのじゃ。」
そんなふうに言うんだけど。
ピサンリのおかげでみんな毎日美味しいご飯を食べられて、清潔な服を着られて、ふかふかのベットで寝られるんだもの。有難いよ。
だから起きてるときは、なるべくピサンリを手伝っていたけど。
……けっこう、睡魔に負けて、寝てしまうから。
そっちも、僕は、役に立ってる、とは言い難かった。
やっぱり一番の役立たずは僕なんだろうな。
だけど、ルクスたちのやってることって、教わっても分からないし。
居眠りするたんびに、ルクスに、そうか、しょうがないよな、って目で見られるのも、辛いというか、申し訳ないというか。
せめて、邪魔だけはしないようにしよう。
それでも、破片の謎はやっぱり気になって、だから、なんとか解明したいと思っていた。
破片が消えるのは、僕の秘術なんだ、ってヘルバは言ったけど。
なんでそんな秘術が発動したのか、僕にも分からない。
………というかさ。
実は、そんなふうに言われたもんだから、秘術を起こせるもんなら起こしてみよう、って。
その晩、やってみたんだよね?
目立たないように物陰に隠れて、まずは、エエル?ってのを感知しようとした。
……っ
………!
……………?
でもさ、感知って、どうやればいいの?
ヘルバは言うんだ。
心をからっぽにして、辺りのエエルの気配を感じ取るんだ、って。
だけどさ。
せいぜい、何も考えないようにして、耳をすませてみたんだけど。
いや、耳をすませなくったって、轟音の音楽と人々の騒ぎ声が広場には満ち満ちているからさ。
それしか、聞こえないよね。
ときどき聞こえる焼き物を壊す音には、いまだにどきっとするしさ。
いっそ、それ全部遮断したくなるけど、耳を塞いだら、エエルも分からなくなるだろうし。
そんでもって、いろいろ我慢して、延々延々延々延々…
………
不思議なもんだよ。
あんなにうるさいのに。
いつの間にか、僕、寝ちゃってた。
つまりは、エエルを感知、どころじゃなかった。
分かった。よし。
僕ってば、いつの間にか、エエルを感知、できてるんだって?
ヘルバはそう言ったよね?
じゃあ、もういいや。
この際、そこはすっ飛ばして、秘術を発動させてみよう!
って、思ったんだけどさ。
いや、でませんよ?普通に。秘術なんて。
はあっ!とか。
やあっ!とか。
たあっ!とか。
気合入れて、あれこれやってみたんだけどさ。
いやいや。
ふと、我に返って、自分のやってることに気づいたらさ。
もうなんか、………、絶望?って感じだった。
そんなこんなで、今夜のことは、見なかったことにしてよね?ピサンリ。
僕がそう言ったら、ピサンリは、慌てて、うんうんって、何回も頷いてたけど。
あんなのみんなに知られたら、もう、どんな顔して一緒にご飯食べたらいいのか分からないよ。
そうして、今夜もへとへとになって帰ってきた。
だけどさ。
本当は、前から気になってたことを、ひとつだけ、まだ試してなかった。
一回目二回目のときと、それ以降との違い。
僕が怪我をしていたかいなかったか。
だけどさ。
怪我って、わざとするもんじゃないでしょう?
ナイフを持って、自分の手の甲をしげしげと見つめて。
ちょっとだけちょっとだけ、思い切ってやれ、って自分に命令したんだけど。
できなかった。
怖いもの。やっぱり。
痛いのは嫌だし。
だからさ。
思い切ってそれをヘルバに相談してみたんだ。
ヘルバの申し出は断っておきながら、自分は相談するなんて、都合のいいやつだって思ったけどさ。
ヘルバは、そんなことは欠片も言わずに、僕の話しを親身になって聞いてくれた。
そうして、僕に、髪の毛と爪を少し、渡すように言った。
そんなもの、何にするの?
でも、手を切るよりは簡単だったし。
僕は言われるままに、髪の毛を少しと爪を切って渡した。
そうしたら、ヘルバはそれを小瓶に入れて、なにか、作ってるみたいだった。
そうして、夜。
出かけようとする僕に、ヘルバは小瓶を渡して言った。
「どうぞ。これを使ってみてください。」
「使う?
使うって、どうするの?」
「……さて。
それは、自分で考えてくださいね。」
なにそれ。
ヘルバはもうめちゃくちゃ、にっこにこ、してるんだけど。
その笑顔の意味すらよく分からなくて、混乱する。
「なんで、そんな、嬉しそうなの?」
「え?
嬉しそうに見えます?」
めちゃくちゃ、見えます。
むっつり押し黙った僕に、ヘルバは、特上の笑顔で言った。
「いってらっしゃい。」
ええ、はい、まあ、行きますけど。




