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もう一つの楽園  作者: 村野夜市


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ここのところ夜昼逆転の生活をしていて、ヘルバとはあまり話す機会がなかった。

ヘルバって、基本、朝早く起きて、夜は早く寝ちゃうんだ。

お年寄りだから、って、ピサンリは言ってた。

見た目、全然、お年寄りには見えないんだけど、こういうときだけ、お年寄りだったのかな、って思う。


いつも僕が帰ってくるころに起きてきて、僕が出かけるころには寝てるから、ずっとすれ違いだった。

たまたま、その日、僕は少し遅くなって、それで、起きてきたヘルバと家の前で出くわした。

朝日を浴びて体操をするのは、ヘルバの日課だった。


疲れていた僕は、ヘルバの長椅子に腰掛けて、体操をするヘルバをぼんやり眺めていた。

もうずっと成果らしいものはなくて、なんだか、毎晩、疲れに行ってるだけのような気になっていた。


「ねえ、ヘルバ。

 あのときさ、虫、みたいなの見なかった?」


僕は何気なく尋ねていた。

ルクスとアルテミシアとピサンリには、もう何度も何度も尋ねていたけど。

何度尋ねても、見てないって、言われるのに、また尋ねてしまうのが癖になっていた。

そのいつもの癖が、たまたま出ただけだった。


「あのとき、というのは?」


ヘルバは背中を逸らせてこっちを振り返りながら言った。


「新々街に行ったときのこと、ですか?」


僕が頷くと、虫というより…と、ヘルバは続けた。


「エエルの力を感じました。」


「エエル?」


「ええ。エエル。」


ヘルバは、エエル、とゆっくり区切って言った。


「だけど、あそこにはエエルの石は落ちてなかったよ?」


僕が不満気に言うと、ヘルバは、ゆっくり首を傾げた。


「???それは、消費されてしまったから、ではありませんか?」


「消費?」


「ええ。

 お掃除、されたのでしょう?」


「お掃除?」


「あれは、あなたの秘術ですよね?」


ええっ、と僕はのけ反った。

その僕を見ていたヘルバも、一瞬遅れて、ええっ、とのけ反った。


「秘術?!」


「以外にあり得ないかと。」


「…そんなの、知らない。」


ぶるぶるぶる、と首を振る。

ふむ、とヘルバは何か考え込むようにした。


「無意識ですか?

 確かに、そういう人もいましたかね。」


僕は慌てて両手を顔の前で振った。


「いやいやいや。

 秘術ってのは、族長みたいな人が、うんとうんと修行して、習得するものでしょう?

 僕、なにも修行とかしてないし。

 族長みたいな偉い人じゃないし。」


「秘術は偉くなくても使えますよ?

 生まれつき素質のある人なら、修行も必要ありませんね。」


「そしつ?」


一瞬、なんのことか分からなかった。

首を傾げた僕に、素質です、とヘルバは繰り返した。


「秘術の素質が生まれつきある人は、とても珍しいけれど、ときどきいるのです。

 あなたは多分、そうなのでしょう?」


「???

 ぇぇ…そんなこと、今まで、誰にも言われたことなかったし…急に、言われても…」


戸惑う僕に、ヘルバはああ、そうか、と何か思い出したように言った。


「秘術にはエエルを多く消費してしまうから、前回の騒動以降、むやみに秘術を使わないように、というのが暗黙の了解になってましたっけ。

 今はもう、族長の祝福程度の秘術しか使われていないと聞いたこともありましたね。

 だから、素質のある子どもにも、あえて、そのことは教えないようにしていたのかもしれません。

 けれどね?」


ヘルバはゆっくり僕に近づいてくると、そっと髪を優しく撫でてくれた。


「本来、秘術というものは、勝手に起こってしまうものです。

 あなたの周りに、そういうことはありませんでしたか?」


「秘術が?勝手に?」


秘術、っていうのは、ほら、あの赤い炎、みたいなのでしょう?

それから、ヘルバみたいに、からだを浮かすのとか。


「…そんな、ことは、なかった、かな…」


記憶を掘り返しつつ答えたら、ヘルバは、そうでしたか、と微笑んだ。


「もしかしたら、あなたがまだ気づいていないだけかもしれませんね。」


気づいてない?


「だって、ほら、広場をお掃除したことには、気づいていなかったのでしょう?」


ヘルバは妙に嬉しそうに頷いた。

僕は胡散臭そうにヘルバを見返した。


「お掃除とか、そんな秘術なんて、あるの?」


なんかさあ、秘術ってさあ、もっとさあ、こう、立派な?高尚な?……うーん、厳粛な?荘厳な?いや、そこまではいかないか?でも、もっとこう、すごいもの!ってイメージなんだけど。


お掃除とか、そういう、普通の、こと、やっちゃっていいのかな…


ヘルバは満面の笑顔で返した。


「秘術というものは、人の想像の及ぶ限り、ありとあらゆることがあり得るのです。」


なにそれ…

なんでそんな嬉しそうなんだ。


「あの広場を見て、あなたは何を思いましたか?」


突然、ヘルバは僕にそう質問した。


「え?

 …痛そう、かな…」


いや、足、怪我して、実際、痛かったし。

うん。あの光景といい出来事といい。

とにかく、痛かったんだよ。


「あなたは、その痛みを癒したいとは思いませんでしたか?」


「どうかな。

 でも、痛いのは誰だって嫌で当然でしょう?

 嫌なものは、ないほうがいいのは当たり前だし。

 だけど、特別、癒そう、とかそんな大それたことは、思ってない、かな…」


うまく言えなくて困ってる僕を、ヘルバはじっと見つめた。


「無意識のうちに発動したのかもしれません。

 痛みを癒すことは、基本中の基本。

 子どもに秘術を教えるときには、まず、それを教えるくらいですから。

 秘術に慣れていない子どもも、治癒は本能的にできることが多いんですよ。」


そういえば、ヘルバも、僕の怪我を癒してくれたっけ。


「僕にも治癒の秘術とか使えるってこと?」


「もう使っています。」


そうなの?


「……、僕、自分に、そんなふうに、何か、できる、って、思ったこと、ないんだけど……」


そうですね、とヘルバは軽く首を傾げると、僕の隣に腰掛けた。

僕は少し横へ譲って、長椅子にヘルバと並んで座っていた。









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