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もう一つの楽園  作者: 村野夜市


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広場ではルクスを中心にして踊りの輪ができていた。

楽隊も音楽を奏で、人々はみんな、それに合わせて踊っている。

なんだかすごく楽しそうだった。


ピサンリと僕は物陰から、それをずっと見ていた。

黒枯虫が出ないかって、目を皿にして、ずっと見張ってた。

だけど、それらしいものは、まったく現れなかった。


木靴を履いていても、ルクスはいつも通り軽々と踊る。

こつこつと石畳を踏む木靴の音は、まるで拍子をとるように、軽快に響いていた。

なんだか、見ていてとても楽しそうだけど。

僕じゃあ、とてもじゃないけど、あんなふうに軽々とは踊れないんだろうな。

僕にとっては木靴はとても重たくて、歩くのすら大変な代物だった。


「っ!」


ふいに、手の甲に痛みを感じて、なんだろうと思って見たら、ちょっとだけ切れて血が流れていた。

どうやら、誰かが飛び跳ねた拍子に蹴とばした破片か何かが、こっちへ飛んできて当たったらしい。


「ああーっ!」


隣でピサンリが叫んで、怪我した僕の手を掴んだ。

僕の怪我に、僕以上に驚いたみたいだった。


僕は、隠れているのに、そんな大きな声を出したりしたら、見つかると思って、そっちに焦った。

思わず勢いよく手を引っ込めたら、ぽたぽたっと数滴、地面に僕の血が落ちた。


すると、どうだろう。

もわもわと、血の落ちた辺りから、黒い霧のようなものが、立ち上り始めた。

僕はぎょっとした。

これって、黒枯虫?


黒枯虫は僕の周りだけじゃなくて、広場全体に少しずつ拡がっていく。

だけど、広場で踊っている人たちは、それには全然、気づかない。

眩しい光は、黒い霧に覆われていくのに。

誰も、それに気づかないんだ。


僕は必死に闇のなかに目を凝らした。

きっと、祓い虫が現れるはず。

あのときだって、ちゃんと現れてくれたもの。


楽しそうに踊る人たちは、次第に霧に隠されて、見えなくなっていく。

それでも、踊っている人たちは、その霧には気づかない。


……もしかして、この霧は、他の人には見えてない?


僕は隣のピサンリを振り返った。


「ねえ、ピサンリ。

 この黒い霧、見えてる?」


ピサンリは首を傾げた。


「はて?

 黒い霧、かのう?」


やっぱり。見えてないんだ。


そのときだった。

僕の胸から突然、ブブが飛び立った。


あっ、と言って、ピサンリはとっさにブブを捕まえようとしたけど、ブブはその指をすり抜けた。


ブブは広場の中心にむかって飛んでいった。

僕はもう、ブブの好きにさせることにした。

ブブはブブの目的があって行動しているに違いない。


黒い霧の中、ぶぶぶぶぶ、というブブの羽音だけが聞こえている。

あれはもしかしたら、仲間を呼ぶ合図なんじゃないかな。


そうして、踊りの渦のなか、祓い虫たちは現れた。

光らない祓い虫たちは、黒い霧を食べて、ぼとぼとと落ちる音をさせていた。


「…ピサンリ。

 祓い虫は、見える?」


僕はもう一度尋ねてみた。

けれど、案の定、ピサンリは首を振った。


「わしには、賢者様の見事な踊りと、その周りで踊り狂う人々の他には、何も見えん。」


そうなんだ。

黒枯虫も、光らない祓い虫も、僕にしか見えていないようだった。


僕は虫の落ちた地面を確かめようとした。

だけど、そこはまだ黒い霧にしっかりと覆われていて、よく見えない。

仕方なく、少し、広場のほうへと踏み出した。

きっとみんな踊りに夢中だから、僕に気づかないだろうって思って。


じゃりじゃりと木靴が破片を踏むのが分かる。

つくづく、木靴を履いてきてよかったって思った。

そうでなければ、今日もまた、足を傷だらけにしていた。


だけど、広場に入っても、地面の近くは霧が濃くて、立ったままじゃ、何も見えなかった。

こんなところでうっかりしゃがんだりしたら、誰かに蹴とばされそうだ。

僕はちょっと迷ったけど、でも、今確かめないと、また確かめる機会を逃すと思って、思い切ってそこへしゃがみこんだ。


しゃがんでも、やっぱり地面は見えなかった。

真っ黒い霧が、のっぺりと地面を覆っているんだ。

仕方ない。

僕はそこへ手を伸ばして手探りで確かめようとした。

破片がたくさん落ちているはずだから、うっかり握らないように気をつけながら。


そのとき、背中をどんと強く押された。

その拍子に、僕は前のめりに転んで地面に手をついていた。

踊っていた誰かにぶつかられたんだと思う。

こんなところでしゃがんでいるほうが悪いんだけど。

思い切り、舌打ちする音が聞こえた。


いたたた、と僕は手を引っ込めた。

ずきずきして、案の定、あっちこっち盛大に切れている。

破片の上に思い切り手をついてしまったらしい。

ぽたぽたとさっきより勢いよく、血が流れ落ちていた。


ピサンリが悲鳴を上げて、僕に駆け寄ってくるのが見えた。

だけど、そのピサンリが到着する前に、僕は真っ黒い霧に覆われて、何も見えなくなってしまった。


あの賑やかな楽隊の音も、ひどく遠く聞こえる。

僕は確かにあの広場にいたはずなのに。

踊る人たちの中にいたはずなのに。

辺りの喧噪も、人の気配も、いつの間にか掻き消えて、ただ真っ黒い霧の中で立ち尽くしていた。


…怖いよ。

…誰か、助けて!


声に出したかどうかも分からないけど。

僕はそう叫んでいた。


だけど、その霧の中には、誰の気配もなかった。

助けてくれそうな人は、誰もいなかった。


…どうしよう…


途方に暮れかけたときだった。


ぶぶぶぶぶ、という音が聞こえた。

すぐ頭の上で。


見上げると、ブブだった。

真っ黒い霧のなかなのに、確かに、ブブの姿が見えた。


ぶぶぶぶぶ…


ものすごい羽音と共に、祓い虫たちの大群が現れた。

祓い虫たちは、僕の周りの霧を食べ尽くす。

みるみる、霧は晴れていった。













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