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もう一つの楽園  作者: 村野夜市


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驚いてベットから転げ落ちそうになった僕を、慌ててルクスが支えてくれた。

それにしても、このベットって、小さい。

でも、目の前のこの、子ども?にならちょうどいいかもしれない。


そこではっと気づいた。

もしかして、ここはこの子ども?の家かな?

僕は、この子ども?に助けてもらったのか。


「あの。えっと。

 もしかして、その、助けてもらって、有難うございます。」


人見知りに憶測が入り混じって、妙な言い方になってしまった。

けれど、その子ども?はまったく気にしていないように、かっかっかと口を開けて笑った。


「なあに。かまわんよ。

 困ったときはお互い様と言うじゃろう?

 それより、どうじゃ、起きてご飯は食べられるかね?」


うーん…

やっぱりこの話し方、違和感があるなあ…


と思ってから、え?ご飯?と気づいて、そうしたら、ぐーっとお腹が鳴った。


「あははは。お腹が返事しとるのう。」


う。

どうも不躾なお腹で…


その子ども?の後ろから、お鍋を抱えたアルテミシアが入ってきた。

お鍋からはいい匂いが漂ってきて、思わず、くんくんと鼻を鳴らしてしまう。


「少し脱水を起こしておったからのう。

 まずは消化のよいお粥を食べて。

 もう少し回復したら、畑の野菜を使って、シチューを作ってあげよう。」


シチュー?今、シチューって言った?


「シチュー!食べたい!」


思わずそう言ったら、あとの三人に一斉に笑われた。


「食欲があるようなら大丈夫じゃ。」


う。

どうも、不躾な僕で…


「起きられるか?

 ここで食べるか?」


ルクスは心配そうに言ってくれたけど。


「大丈夫。起きられる。」


僕は自分でベットから下りて、食卓に歩いて行った。


食卓には、たくさんの食べ物がところ狭しと並べてあった。

葉っぱのサラダに、きらきら宝石のようなベリー。

見かけない食材がたくさんだけど、これ全部、すごく美味しそう。

とにかく、とんでもないご馳走だった。


「…うわー、なんて美味しそう…」


思わずつまみ食いしたくなって、指を出そうとしたら叱られた。


「こらこら。

 君はまだ、こっち。」


アルテミシアは苦笑して、お鍋の中身をお椀によそってくれる。

ほかほかの湯気が立って、いい匂いだ。

ぐずぐずに煮てあって元は何かわからないけれど、これは、木の実か何かの粉かな?


ちょっと味をみようと指を突っ込もうとしたら、ああ、こらこら、と言われて、スプーンを手渡された。


「熱いから。

 指突っ込んだら火傷するぞ?」


そっか。


早く食べてみたくてうずうずするけど、まずは皆に配り終わるのを待つ。

そのくらいの礼儀は知っていたけど。

僕のお腹は礼儀なんかに構っていたくないらしくて、ずっとぐうぐう鳴り通しだった。


「さあ、召し上がれ。」


う!待ってました。


僕はもう、礼儀も忘れて、がつがつとお椀の中身をかき込んだ。

ちょっと熱かったけど、気にしない。

美味しい。美味しい。美味しい。頭のなかは、もうそれでいっぱい。

これ、なんなのか分からないけど、とにかく、美味しい。

塩味がきいてて、ほんのり甘くて。

もっともっと食べたい。


こんなふうに食べ物にがっついたのって、生まれて初めてだった。

森の民は、あんまりがつがつと物を食べることはしない。

そんなのはなんだか無作法で格好悪い。

だけど、そのときの僕は、そんなことはまったく忘れていた。


あっという間にお椀は空になってしまう。

空っぽのお椀をテーブルに置いたら、なんだか悲しくなった。

目の前にはたっぷりご馳走が並んでるけど。

僕は食べちゃ、だめなんだよね…?


すると、子ども?は僕のお椀に、たーっぷりおかわりを注いでくれた。


「え?いいの?」


「もちろん。

 ああ、でも、急にたくさん食べるとからだがびっくりするから。

 今は二杯までにしておくのじゃぞ?」


「分かった。有難う。」


僕は嬉しくてお礼を言うと、今度は大事に味わって食べることにした。

オカユ?はあたたかくて、舌ですり潰せるくらいに柔らかい。

ほんのりと口の中が幸せでいっぱいになって、ふわふわと力がわいてくる。


「これは、なんだろう?

 とても、美味しいね?」


「穀物を水を差しながらゆっくり煮てあるのじゃよ。」


「コクモツ?」


「まあ、草の実、じゃなあ。」


へえ。草の実、かあ。

けど、こんなに美味しい草の実は初めてだ。


「こっちのベリーも食べてみるかい?

 少しくらいなら大丈夫だろう?」


アルテミシアはそう言って、宝石みたいな赤いベリーを取ってくれた。


「弱ったからだに生の物は禁物じゃろうが。

 ベリーくらいなら大丈夫かのう。」


子ども?はそう言って、取り分けたベリーに白い粉をかけた。


「それは?」


「まあ、食べてみなされ。」


勧められるままに食べてみる。

ベリーはちょっとすっぱくて、白い粉はとても甘くて、その調和がまたとてつもなく素晴らしかった。


「うん。美味しい。」


ここには美味しいものしかないんだろうか。

僕はもう嬉しくなって、そうしたら、泣きたくなって、涙がほろほろと零れだした。


「おや?どうして泣きなさる?

 どこか痛いのか?」


子ども?は心配そうに僕を見る。

僕はぶんぶんと首を振った。


「ううん。ご飯が美味しくて、泣けてきたんだ。」


そうかそうか、と子ども?はにこにこする。


「ずっと、無理させたなあ。」


ルクスはそう言って、アルテミシアは僕の背中をゆっくり撫でてくれた。


「お若いのに、知らぬ土地を旅するのは、それはそれは大変だったじゃろうて。

 回復するまでは、ここでゆっくりからだを休めていってくだされ。」


子ども?はそんなふうに言ってくれた。


「…ご親切に、どうも…

 でも、どうしてそんなに親切にしてくれるんですか?」


目の前のこの子ども?は、多分、平原の民だ、と思う。

平原の民は、明るくておおらかな人たちだって聞いたけど。

ときには同族同士争って、殺し合いまでする恐ろしい人たちだ。


「それは、子どもが行き倒れになっていたら、助けるのが普通じゃろうて。

 それに、森の民には、何かとお世話になりましたからのう。」


「子ども?

 僕ら、あなたほど、子どもじゃないと思うけど…」


そう言ったら、また三人一斉に笑われた。


「あははは。

 森の民から見たら、わしは子どもみたいに小さいかもしれんが。

 れっきとした大人。

 お前さんよりは、ずーっと長く生きておるよ?」


平原の民はそう言って僕を見た。






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