14
驚いてベットから転げ落ちそうになった僕を、慌ててルクスが支えてくれた。
それにしても、このベットって、小さい。
でも、目の前のこの、子ども?にならちょうどいいかもしれない。
そこではっと気づいた。
もしかして、ここはこの子ども?の家かな?
僕は、この子ども?に助けてもらったのか。
「あの。えっと。
もしかして、その、助けてもらって、有難うございます。」
人見知りに憶測が入り混じって、妙な言い方になってしまった。
けれど、その子ども?はまったく気にしていないように、かっかっかと口を開けて笑った。
「なあに。かまわんよ。
困ったときはお互い様と言うじゃろう?
それより、どうじゃ、起きてご飯は食べられるかね?」
うーん…
やっぱりこの話し方、違和感があるなあ…
と思ってから、え?ご飯?と気づいて、そうしたら、ぐーっとお腹が鳴った。
「あははは。お腹が返事しとるのう。」
う。
どうも不躾なお腹で…
その子ども?の後ろから、お鍋を抱えたアルテミシアが入ってきた。
お鍋からはいい匂いが漂ってきて、思わず、くんくんと鼻を鳴らしてしまう。
「少し脱水を起こしておったからのう。
まずは消化のよいお粥を食べて。
もう少し回復したら、畑の野菜を使って、シチューを作ってあげよう。」
シチュー?今、シチューって言った?
「シチュー!食べたい!」
思わずそう言ったら、あとの三人に一斉に笑われた。
「食欲があるようなら大丈夫じゃ。」
う。
どうも、不躾な僕で…
「起きられるか?
ここで食べるか?」
ルクスは心配そうに言ってくれたけど。
「大丈夫。起きられる。」
僕は自分でベットから下りて、食卓に歩いて行った。
食卓には、たくさんの食べ物がところ狭しと並べてあった。
葉っぱのサラダに、きらきら宝石のようなベリー。
見かけない食材がたくさんだけど、これ全部、すごく美味しそう。
とにかく、とんでもないご馳走だった。
「…うわー、なんて美味しそう…」
思わずつまみ食いしたくなって、指を出そうとしたら叱られた。
「こらこら。
君はまだ、こっち。」
アルテミシアは苦笑して、お鍋の中身をお椀によそってくれる。
ほかほかの湯気が立って、いい匂いだ。
ぐずぐずに煮てあって元は何かわからないけれど、これは、木の実か何かの粉かな?
ちょっと味をみようと指を突っ込もうとしたら、ああ、こらこら、と言われて、スプーンを手渡された。
「熱いから。
指突っ込んだら火傷するぞ?」
そっか。
早く食べてみたくてうずうずするけど、まずは皆に配り終わるのを待つ。
そのくらいの礼儀は知っていたけど。
僕のお腹は礼儀なんかに構っていたくないらしくて、ずっとぐうぐう鳴り通しだった。
「さあ、召し上がれ。」
う!待ってました。
僕はもう、礼儀も忘れて、がつがつとお椀の中身をかき込んだ。
ちょっと熱かったけど、気にしない。
美味しい。美味しい。美味しい。頭のなかは、もうそれでいっぱい。
これ、なんなのか分からないけど、とにかく、美味しい。
塩味がきいてて、ほんのり甘くて。
もっともっと食べたい。
こんなふうに食べ物にがっついたのって、生まれて初めてだった。
森の民は、あんまりがつがつと物を食べることはしない。
そんなのはなんだか無作法で格好悪い。
だけど、そのときの僕は、そんなことはまったく忘れていた。
あっという間にお椀は空になってしまう。
空っぽのお椀をテーブルに置いたら、なんだか悲しくなった。
目の前にはたっぷりご馳走が並んでるけど。
僕は食べちゃ、だめなんだよね…?
すると、子ども?は僕のお椀に、たーっぷりおかわりを注いでくれた。
「え?いいの?」
「もちろん。
ああ、でも、急にたくさん食べるとからだがびっくりするから。
今は二杯までにしておくのじゃぞ?」
「分かった。有難う。」
僕は嬉しくてお礼を言うと、今度は大事に味わって食べることにした。
オカユ?はあたたかくて、舌ですり潰せるくらいに柔らかい。
ほんのりと口の中が幸せでいっぱいになって、ふわふわと力がわいてくる。
「これは、なんだろう?
とても、美味しいね?」
「穀物を水を差しながらゆっくり煮てあるのじゃよ。」
「コクモツ?」
「まあ、草の実、じゃなあ。」
へえ。草の実、かあ。
けど、こんなに美味しい草の実は初めてだ。
「こっちのベリーも食べてみるかい?
少しくらいなら大丈夫だろう?」
アルテミシアはそう言って、宝石みたいな赤いベリーを取ってくれた。
「弱ったからだに生の物は禁物じゃろうが。
ベリーくらいなら大丈夫かのう。」
子ども?はそう言って、取り分けたベリーに白い粉をかけた。
「それは?」
「まあ、食べてみなされ。」
勧められるままに食べてみる。
ベリーはちょっとすっぱくて、白い粉はとても甘くて、その調和がまたとてつもなく素晴らしかった。
「うん。美味しい。」
ここには美味しいものしかないんだろうか。
僕はもう嬉しくなって、そうしたら、泣きたくなって、涙がほろほろと零れだした。
「おや?どうして泣きなさる?
どこか痛いのか?」
子ども?は心配そうに僕を見る。
僕はぶんぶんと首を振った。
「ううん。ご飯が美味しくて、泣けてきたんだ。」
そうかそうか、と子ども?はにこにこする。
「ずっと、無理させたなあ。」
ルクスはそう言って、アルテミシアは僕の背中をゆっくり撫でてくれた。
「お若いのに、知らぬ土地を旅するのは、それはそれは大変だったじゃろうて。
回復するまでは、ここでゆっくりからだを休めていってくだされ。」
子ども?はそんなふうに言ってくれた。
「…ご親切に、どうも…
でも、どうしてそんなに親切にしてくれるんですか?」
目の前のこの子ども?は、多分、平原の民だ、と思う。
平原の民は、明るくておおらかな人たちだって聞いたけど。
ときには同族同士争って、殺し合いまでする恐ろしい人たちだ。
「それは、子どもが行き倒れになっていたら、助けるのが普通じゃろうて。
それに、森の民には、何かとお世話になりましたからのう。」
「子ども?
僕ら、あなたほど、子どもじゃないと思うけど…」
そう言ったら、また三人一斉に笑われた。
「あははは。
森の民から見たら、わしは子どもみたいに小さいかもしれんが。
れっきとした大人。
お前さんよりは、ずーっと長く生きておるよ?」
平原の民はそう言って僕を見た。




