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夕方、戻ってきたピサンリは、広場には何もなかったって言った。
「そうか。
僕もね、ちらっとは見たんだ。
けど、焼き物の割れた破片以外は何もないように見えたんだよね。」
でも、あのときは、破片がいっぱいだったからさ。
もしかしたら、その下に、小さな何か、が落ちてないかなって、後から気になったんだ。
ピサンリは軽く首を傾げた。
「破片のう…
わしが行ったときには、その破片もなかった。」
「え?そうなの?」
じゃあ、誰かが掃除したのかな。
「もしかしたら、掃除するときに、一緒に捨ててしまったとか…」
「いや。わしもそう思うての。
近隣の者に聞いてみたのじゃが、なあんも、そんなキラキラする石のようなものは、落ちておらんかった、と。
そう言われたのじゃよ。」
そっか。
黒枯虫はどうやらエエルの石?とか、そういうものにはならないらしい。
「それよりものう、あの場所がこんなに綺麗になったのは、半月ぶりじゃと。
みんな喜んでおった。」
「半月ぶり?」
「ここしばらく、夜になるとどこからともなく人が押し寄せて、一晩中、大騒ぎをしていたそうじゃ。
その者らの帰った後には、割れた食器やゴミが溢れておったのじゃと。
最初は近隣の者が片付けをしておったのじゃが、毎晩のようにやられるのでのう。
そのうちに、皆、疲れてしもうて、もうそのまま放置してあったらしい。
しかし、今朝は何故か、そのゴミが、全部消えてしもうておった、と。
そう言うのじゃ。」
「…へえ~…」
確か、僕が今朝、帰ったときには、破片やゴミはまだあったと思う。
じゃあ、あの後、誰かがそれを掃除したのかな。
「近所の人が掃除したんじゃなかったの?」
「しとらん。」
「じゃあ、汚した人たちが戻ってきて、掃除したとか?」
「誰も。
戻ってきた者はおらん。」
うん?
じゃあ、どういうこと?
首を傾げた僕とそっくり同じにピサンリも首を傾げた。
「朝日が上るとの。
まるで、夜の間に降った雪が溶けるように。
雨に濡れた地面が乾くように。
いつの間にか、ゴミが全部、消えとったのじゃと。」
「へえ~」
というしかなかった。
「でもさ、だったらやっぱり、ゴミと一緒に捨てられてしまった、って、可能性もなくはないよね?」
「いや、そのゴミじゃが、誰も捨てておらん、のじゃよ。
なにせ、雪のように消えてなくなったのじゃから。」
ゴミが消えてなくなった?
「……そんなことって、あり得る?」
「あったのじゃからしょうがない。」
………まあ、そうか。
「…やっぱり、僕ももう一度、見に行こうかな。」
なんだか、話しを聞いただけじゃ、いろいろ納得いかない。
やっぱり、自分の目で見て確かめたかった。
だけど、即座に力一杯首を横に振られた。
「ダメじゃ。
足もまだ治っておらんじゃろう?」
ピサンリはちょっと怖い顔をした。
僕は、へへっと肩をすくめた。
「アルテミシアの薬も効いてるし。
ヘルバも治癒の秘術を使ってくれたから。
もう、全然、平気だよ!」
「まあた、そんなことを言うて…」
渋い顔をするピサンリの前に、僕は作りたての木靴を突き出した。
「それに、ほら!
こんないいものだってある!」
「なんじゃ、準備のいいことじゃのう。
最初から、そのつもりじゃったのなら、わしが止めようと、行くのじゃろう?」
ピサンリは盛大なため息を吐いた。
「みんなの分も作っといたよ?」
僕はちょっと気まずくなって、全員分の靴を差し出した。
「みんなで、一緒に行く、なら、いい?」
「森の民が四人もぞろぞろ歩くと目立つじゃろうに。」
それは、分かってるんだけどさ。
「透明になる秘術とか、ないかな?」
「そんなものは、ないじゃろ。」
だよね?
あったら昨夜、もう使ってただろうし。
「仕方ねえなあ。」
いつからそこにいたのか、ルクスがいきなり話しに割って入ってきた。
ルクスは、僕の頭をぐりぐりと撫で回して言った。
「いいよ。俺が一緒に行ってやる。」
「わたくしは、今日はお休みにさせていただきたいです。
なにせ、年寄りには、二晩も連続して徹夜するなど、体力的にも、無理な話しですから。」
ヘルバも現れて、頭をふりふりそう言った。
「あ。
でも、この靴はいただいておきましょう。
木靴なんて、懐かしいですね?」
そう言って、靴は一足、持って行った。
アルテミシアはむこうでなんだか忙しそうにしながら、首だけこっちにむけて言った。
「あたしも。やめておく。
薬を大量に使ってしまったから、その補充をしたいんだ。
なんなら、明日、君たちが怪我して帰ってきたときのために、いろいろ準備しておこう。」
そんな、行く前から、怪我して帰ってくる前提、とか、準備されてるのも、嬉しくないんだけど。
「わしはついて行くぞ。
どこへ行くにもついて行くと、言ったからのう。」
ピサンリはがしっと僕の腕を掴んだ。
そういうわけで、今日は、ルクスとピサンリと僕、三人で、新々街へと行くことになった。




