128
市場から少し離れた狭い道で、僕らは、ぜいぜいと荒い息を吐いていた。
なんだか闇雲に走ってきたけど、ヘルバは道、分かってるのかな。
「あーっ、しまった!」
突然、ヘルバは素っ頓狂な声を上げた。
「お買い物。なにひとつ、できてません!」
でしたね?
僕ら、何しに、来たんでしたっけ?
さっきのきらきらはすごい綺麗だったし。
あれを見られただけでも、もうけもの、だけど。
このまま帰ったんじゃ、僕ら、ただの役立たずだ。
だけど、今、あの市場に戻るわけには、やっぱりいかないよな、って思った。
「あーっ、しまった!」
さっきのヘルバと同じことを、今度は僕が叫んでいた。
「ピサンリにもらったお買い物メモ、なくしちゃった…」
これは、痛恨の極み。
たとえ戻って買い物しようにも、何を買ったらいいのか、もう分からない。
「…仕方ありませんね?」
ヘルバは僕を見て苦笑した。
「帰りましょうか。」
…そうするしか、ない、ですかね?
なんだか、ヘルバのこと、すっかり役立たずみたいに思ってた僕だけど。
これじゃあ、僕だって、ヘルバのことは、言えないや。
「見つかると、あれをやれ、って言われるから、隠れてたの?」
僕がそう尋ねると、ヘルバは、うーん、とちょっと首を傾げて笑った。
「それだけじゃあ、ありません、けど…
まあ、それも、あります、かねえ…」
なんだかよく分からない答えだ。
すると、突然、ヘルバは、いきなり力が抜けたみたいに、ふう、と言って、そこへしゃがみこんでしまった。
「あれをやると、本当に、疲れるんですよ。」
情けない顔をして僕のほうを見上げる。
僕はヘルバの手を引っ張って立たせようかとも思ったけど、まあ、いいか、と思い直して、ヘルバの隣に、自分もしゃがみこんだ。
すると、ヘルバはにこっとして、ポケットから何か取って、僕のほうへ差し出した。
見ると、ヘルバの掌にのっていたのは、小さな焼き菓子だった。
「どうぞ?」
いきなりでびっくりして、じっと焼き菓子を見つめていた僕に、ヘルバは早く取れと言うように手を振った。
「昨日、ピサンリが焼いてくれたのを、後で食べようと思ってとっといたんです。」
ヘルバは説明するみたいに言った。
「大丈夫。そこいらの店先のものを、勝手に失敬したわけじゃありませんから。」
いや、そんなこと、心配してませんけどね?
だいたい、僕ら必死に走ってたのに、そんな余裕なんてなかったし。
僕がいつまでも取らないと、ヘルバは焦れたみたいに、お菓子を半分に割って、ひとつを自分の口に放り込んだ。
「うん。ピサンリの作るものは、エールの次に美味しいですねえ。」
飲み物とお菓子なんて比べられないと思うけど。
ヘルバは、エールを飲んでるときみたいに、嬉しそうな顔をして、お菓子を食べていた。
「はい、どうぞ?」
残った半分を、もう一度、僕のほうへ差し出す。
僕は恐る恐る、お菓子に手を伸ばした。
「あの。ピサンリのお菓子なんて、貴重なもの。大事にとっといたんですよね?
有難うございます。」
思わずお礼を言ってから、口に入れた。
さくっとして、ほろっとして、それから、ふんわり甘い。
鼻に抜けるなんともいえない幸せの匂いに、うっとりする。
うん。安定の美味しさだ。
「ふふふ。誰かと半分こするなんて、久しぶりです。
不思議と、こうすると、美味しいものが、さらに美味しくなるんですよねえ。」
ヘルバはぱんぱんと手についた粉を払いながら、先に立った。
それから僕の手を引っ張って立たせてくれた。
「さてと。帰りましょうか。」
やっぱり、そうするしか、ないですよね?
とぼとぼと帰ってきた僕らは、木の家の前にうずたかく積み上げてあったものを見て驚いた。
それは、僕がピサンリに頼まれて買いに行ったものだった。
いや、それだけじゃなくて、他にもいろいろ、いろいろとあった。
荷物の上には、僕の落としたお買い物メモが置いてあって、隅っこに、平原の民の文字で、有難う、と書いてあった。
どうやらあの場にいた人たちが、僕の落としたメモを見つけて、品物を届けてくれたらしかった。
「おつかいは、果たせたみたいですねえ?」
ヘルバは僕を見てにこっとする。
「お代とか、どうしよう?」
僕はそっちが心配になった。
「まあ、せっかくのご厚意ですから、もらっといていいと思いますよ?」
ヘルバはけろっとして言った。
ちょうどそこへ、扉が開いて、ピサンリが出てきた。
「もう、帰ってきたのか?
おや?
これはまた、頼んでないものも、たくさん買うてきたようじゃのう?」
僕は慌てて、顛末を説明した。
市場でたくさんの人に取り囲まれたところから、ヘルバの素敵な秘術まで。
話しを聞いたピサンリは、そうかそうかと頷いた。
「じいさまのあれは、なかなか綺麗じゃからのう。
しかし、疲れると言うて、滅多にやらんかったと思うたが。」
「あんまりやりたくはないのですけれどね?
ああも、取り囲まれてしまったら、やらないわけにも…」
そうか。それで、こそこそ隠れようとしてたんだ。
「それは、市場へ行けなどと言うて、すまなかった。」
「いえ、あれはまあ、可能な限り、やった方がいい、のにも違いはないので…」
ヘルバはちょっと気まずそうに視線を逸らせて、それから、ため息と一緒に、そこへまたしゃがみ込んだ。
「それにしても、疲れましたよ。
今日はもう、エールを飲む以外には、何もしたくありません。」
だだを捏ねるみたいに言うヘルバに、ピサンリはにっこり笑って返した。
「それは残念じゃ。
せっかく、じいさまの好物をたぁんとこしらえようと思うておったのじゃが。
仕方あるまい。
皆でたいらげるとしようか。」
「えっ?好物?」
ヘルバはちらっとピサンリを見上げる。
ピサンリは、指を折りながら、いくつかメニューを並べた。
それを聞いたヘルバは、みるみる間に目の色を変えた。
「残念だね、ヘルバ。
心配しないで?僕ら、お腹いっぱいいただくよ?」
わざと僕が追い打ちをかけると、途端に、すっくと立ちあがった。
「そんなの。もちろん、いただきますとも。
せっかく、可愛い名付け子が、わたくしのために作ると言ってくれているのに。
さあさあ、いつまでもこんなところにいないで、さっさと行きましょう。」
にこにことそう言い放つと、すたすた先に行ってしまった。




