表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
もう一つの楽園  作者: 村野夜市


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

127/243

127

何を言っても、ヘルバは僕から離れてくれなくて、結局、しがみつかれて歩きにくいままで、僕らは市場まで行った。

僕の選んだ道は、間違ってはいなくて、まあ、けど、街の大きな市場なんてものは、たいてい、一番大きな道の近くにあるもんだよね。

大きな道、大きな道、って選んで歩けば、街の一番賑やかな場所に出るってのは、いつの間にか僕が身につけていた、平原の街の歩き方、かもしれない。


それにしても、この街の市場は大きかった。

市場の広さだけでも、村か小さな町くらいある。

お店も、それこそ、数えきれないくらいあった。


ピサンリに頼まれていたのは、新鮮な食材と、あと、いくつか調味料。

だけど、野菜を売っている店は、見えるところだけでも、いくつもある。


「…どこで、買ったら、いいんだろう?」


僕の知っている感じだと、ひとつの市場に、ある種類のものを売る店はひとつだけ、というのが普通だったから、この状況にはいきなり困った。


「…ああ、それなら…」


僕の後ろからお買い物メモを覗き込んだヘルバは、僕の両肩に手を置いて、くいっとむきを変えさせた。


「こっち、です。」


あ。こうやって案内してくれるのね?それは助かる。


なんだかヘルバは御者で、僕は馬車の馬になったみたいだけど。

そうやって、操られながら、僕は市場を歩き出した。


「〇△◇!〇▲□●△▲!!」


すると、突然、むこうから何か叫びながら、人がこっちに走ってくるのが見えた。

その人は目を見開き、手を振り回しながら、なにか、大きな声で叫んでいる。

慌てて、周りをきょろきょろと見回したけれど、どう見ても、その人は、僕らに何か言いかけているように見えた。


ぎょっとして立ち止まろうとしたら、いきなり背中を強く押された。


「いいから。逃げましょう!」


ええっ?逃げるの?


僕は慌てて走り出す。

だけど、市場は人が多くて、うまく進めない。


そのうちに、叫んでいる人の声に気づいた周りの人たちが、ちらちらとこっちを見るようになった。


え?っと…僕ら、何かしましたっけ?


ただ、こっちを見ている人たちの目は、概ね好意的な感じで、憎しみや怒りは感じられない気がした。

にこにこと笑って手を振っている人たちも大勢いる。

これなら、ちゃんと立ち止まって、話しを聞いたほうがいいんじゃない?


だけど、ヘルバは僕の背中をぐいぐいと押し続けた。


「いいから。

 行きます。」


もうそれは宣言だった。


だけど、そんなヘルバの宣言もむなしく、僕らは、すぐに周りの人たちに腕を取られていた。


「〇△◇?」

「〇△◇!」

「〇△◇!〇△◇!」


みんなこっちを見て口々に何か言ってる。

どうも、みんな同じことを言ってるように聞こえる。

あれは、なんて言ってるのかな?


「センセイ!センセイ!」


突然、ちょっとだけ分かる言葉が聞こえた。

先生?

どうやらそう呼ばれているのはヘルバらしい。

僕らはあっという間に人々に周りを取り囲まれていた。


「センセイ!ミセテ!アレ!ミセテ!」


そう言うのが聞こえて、いきなり目の前に、大きな桶がひとつ、差し出された。

すると、後ろで、小さなため息が聞こえた。


「…あれは、けっこう、疲れるんですよ…

 でも、こうなったら、仕方ありませんか。」


小さな愚痴のようにヘルバは呟いた。


「分かりました。

 じゃあ、ほんのちょっとだけ。」


いきなり僕の前に出ると、背筋をぴんと伸ばして、ヘルバはよく通る声で平原の言葉で何か言った。

その姿は、さっきまでこそこそ隠れようとしていたのとは、違う人のようだった。


それを見ていた人々はいっせいに歓声をあげた。

ヘルバはまんざらでもない様子で手を挙げると、その歓声に応えていた。


いったい、これから何が始まるんだろう?


僕が固唾を飲んで見守っていると、ヘルバはゆっくりと歌いながら、桶の水に手を浸した。


歌が始まると、周りの人たちも、いっせいに押し黙って、ただ、ヘルバのすることだけに注目していた。


こんなに大勢人がいるのに、不思議な沈黙が辺りに満ちる。


ヘルバは、桶の水を軽くかき混ぜながら、歌い続けた。

静かな、森の歌だ。

すると、ゆっくりと、桶の中に、小さな流れができ始めた。

ヘルバの歌に合わせるように、水は小さく波を打つ。

ぱちゃり。ぱちゃり。と、心地よい水音が、まるでヘルバの歌にアクセントをつけるように鳴った。


リン。


どこかで、風に揺られたような鈴の音が響く。

その瞬間だった。


ヘルバは大きく手を振り上げて、桶の水を撒き散らす。

周りの人たちにお構いなく、水飛沫が盛大に飛び散った。


え?

そんなことして、大丈夫なの?


不安に駆られて辺りを見回すと、ヘルバの飛び散らせた水滴は、人々には飛び掛からずに、全部、きらきらした小さな玉になって、宙を舞っていた。


ヘルバは、両手に水をすくいながら、くるくると舞い踊る。

両手から放たれる水飛沫は、透明な宝石のように、そこいらじゅうをきらきらと漂っていた。

だけど、水滴はまるで意志を持つように、人々のことは避けていた。

そっと指を出して水滴に触れようとしたら、ぱつんと弾けて、指先が少しだけ濡れていた。


水滴は、風に乗り、僕らの手の届かない高いところへと舞い上がっていった。

そこにお日様の光が当たって、辺り一面、得も言われぬ光の世界へと変わっていく。


きらきら。きら、きら…


なんて。綺麗なんだ。


周りの人たちも、それから、その外側の人たちも、市場中の人たちが、突然現れた光の世界に、ただただ、ほう、とため息を漏らす。


そっか。みんな、これをやってほしかったんだね?


こんなの、僕だって、ヘルバに、もう一回やって、ってせがみたい!


これは、何かの秘術なのかな?

ヘルバのさっき歌ってた歌は、祝福の歌にも似ていたけれど。

でも、祝福の歌って、それぞれの郷の族長にしか、伝承されないものだよね?


ヘルバは、郷を出た森の民だし。

族長自ら、郷を出る、なんて聞いたこともないし。

だいたい、族長なんてものは、もっと、威厳があって、強くて、賢そうな人のなるものだ。

ヘルバみたいに、頼りない族長なんて、見たことも聞いたこともない。


そんなことを考えていたら、いきなり、ぐい、と腕を引かれた。


「今のうちに。逃げますよ。」


有無を言わさずに強い力で引っ張られて、僕は、そこから連れ去られていた。














評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ