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すっかり出来上がってしまったルクスとアルテミシアは、ヘルバの家に置いてくことにした。
野営ではいつも雑魚寝だし、屋根と壁があるだけ上等だ。
その上、ヘルバは、毛布とクッションまでどこからか持ってきてくれた。
念のため、匂いは嗅いでみたけど、問題はなさそうだった。
陽気なルクスは誰とでもすぐに仲良くなるから、お酒で盛り上がることも、よくあるんだけど。
こんなふうに酔いつぶれるのは珍しい。
ましてや、いつも冷静さを崩さないアルテミシアが、酔ったところを見たのは初めてだった。
ふたりとも、こんなになるなんて、これって、もしかしたら、ヘルバの力かなって思った。
ヘルバって、今一つ、頼りにならそうだし、だらしないなって思うところもあるんだけど。
なんというか、傍にいると、不思議な安心感?みたいなものがあるんだ。
それって、どこか、森の古い木、にも似てるかもしれない。
森の民は、森の木とは切っても切れない関係にある。
どこかに、自分の生まれたのと同じときに芽を出した木があって、その木と自分との運命は繋がってる、ってのは、僕らの間じゃ、小さいときから何回も聞かされるおとぎ話。
どれがその運命の木かは、自分でも分からないんだけど。
小さいころは、森中を歩き回って、どれが自分の木なのか探してみたりもしたっけ。
多分、それは僕だけじゃなくて、郷の大人たちだって。みんな。
だけど、運命の木は、棲んでいる森にあるとは限らないらしい。
広い広いこの世界のどこか、には必ずある、って言うんだけど。
この世界には、森はたくさんあるし。
それに、森じゃないところにだって、木は生えている。
そのなかのどれか、って言われたって、そりゃあ、見つからないよね、って。
そこそこ大きくなったら、みんな思うわけだ。
そうして、運命の木探しはやめるんだよ。
だとしても、この世界のどこかに必ずあるっていう運命の木。
命のある間に、必ず、一度はその木の傍を通るんだ、って、おとぎ話じゃ言うんだ。
そうして、いつか、自分の命の消えるときがきたら。
その木も共に朽ちて倒れるらしい。
そんな運命の木と結ばれているから、僕らの魂は決して、ひとりぼっちにはならない。
生まれる前の世界から、運命の木の魂と一緒にやってきて、そうして、死ぬときにも、運命の木と一緒に行く。
そうしてまた、生まれ変わるときにも、運命の木と一緒なんだ。
そんなに強く結びついているのに、どこにいるのか分からないなんて、意地悪だなって、小さいころは思ってたんだけど。
ちょっと大きくなってからは、たとえ離れていても、絶対に僕らは孤独にはならないんだな、、って思うようになって。
そう思うと、なんだかいつも、胸の中に、ぽっと小さくて優しい色の光が、灯るような感じがしたんだ。
あ、っと。
話しが逸れちゃった。
そうだ。ヘルバだ。
そんなふうに、木と深く結びついているからか、森の民は年を取ると、どんどん木に似ていくんだって言うんだけど。
それは僕も郷のお年寄りを見ていてよく思った。
そうして、ヘルバも、やっぱり、森の古い木みたいだな、って思ったんだ。
深い深い森の奥の奥。
誰も来ないような場所にあって。
水源の小さな泉なんかが、足元に湧いているような。
そんな場所にある、不思議な木。
立派なんだけど、近寄り難くはなくて、茸や苔なんかもたっぷり生えていて。
木漏れ日がちらちら差して、鳥や動物たちもたくさん寄ってくるような。
どこか、森に行くことがあったら、探してみようか。
ヘルバにそっくりな木を。
案外、どこにでもありそうな気もするし。
なかなか見つからない気もするけど。
ピサンリとふたりで後片付けをしながら、僕はそれを話してみた。
そしたら、ピサンリは、ほう、それは楽しそうじゃ、って言ってくれたけど。
呑気に森の中、歩き回ってた、昔みたいなこと、もう、できないんだろうな、って分かってる。
僕ら、多分、それどころじゃなくて。
森だって、どんどん、白く枯れていくんだから。
このまま、あちこちを回って、浄化のサイクルを作っていく。
その程度じゃ、白枯虫を完全に止めることなんて、無理かもしれない。
いや、多分、無理だ、って僕も思ってる。
だけど、何もしないよりは、少しはまし、なんじゃないかな。
まし、だといいな…
世界の崩壊を止める。
大昔の英雄は、どうやってそれを成し遂げたんだろう。
だけど、成し遂げたからこそ、今、僕らのいるこの世界はあるわけで。
だから、それは、決して、不可能なわけじゃない。
ヘルバは、前の滅びのことは、あまりよく覚えていないって言ってたけど。
もしかしたら、ヘルバも気づいてないところに、何か、ヒントみたいなものがあるかもしれない。
今日は、お酒も入ってしまって、いろいろと有耶無耶になっちゃったけど。
明日の朝になったら、もう一度、ヘルバとも話してみよう。
いや、その話しもだけど。
単純に、僕は、ヘルバともっと話したいなって思った。
郷にいたころ、郷のお年寄りとは、あんまり話したこと、なかった。
べつに、意地悪だとか、気難しいとか、そういうわけじゃなかったんだけどさ。
むしろ、いっつもにこにこしてひなたぼっこしてるとか、そういうお年寄りが多かったんだけど。
なんとなく、近寄り難い、って感じてしまってて。
ルクスなら、そんなお年寄りにも、平気で話しかけるし、お菓子なんかもらったり、一緒にお茶したりしてた。
もう、本当、うらやましいくらい、仲良しだったんだよ。
だから、次の族長はルクスに違いないって。
ルクスがなってくれたらいいな、って。
みんな、思ってたんだ。
ヘルバともすぐに仲良くなってしまったみたいだし。
なんか、本当、ルクスって、いつも、すごい。
汚れものを一通りワゴンにのせて、ピサンリと一緒にピサンリの家に戻ることにした。
この家の厨房を使うのは絶対に嫌だ、ってピサンリが言い張ったからだ。
「明日は朝から大掃除じゃ。
一度、綺麗にせんことには、この家のものなんぞ、使えるわけがない。」
ピサンリは、やれやれ、って大きなため息を吐いてたけど。
なんだか、その目はちょっと、楽しそうだったよ。
いつの間にか、ヘルバの姿は見えなくなっていた。
いや、本当は、ピサンリと僕の片付けを手伝おうとしてくれてたんだけどさ。
とにかく、落とす、零す、ひっくり返す。
とうとう、もう何もするな!ってピサンリに叱られて。
きゅう、としょんぼり、椅子に座ってたかと思ってたら、いつの間にか、どこかへ行ってしまったみたい。
そんなに叱らなくても、ってピサンリに言ったら。
優しく言ったら、またすぐに同じことを繰り返すから、やめさせたければ、きつく言うしかないんだ、って言ってた。
なるほどねえ。
ヘルバのことなら、ピサンリはすごくよく分かってるんだね。
ピサンリとふたりがかりで、ごとごとと重たいワゴンを押しながら外に出たら、木にもたれてぼんやり月を眺めているヘルバがそこにいた。
ちんまりと膝を抱えて座ってる姿は、小さい子どもみたいで、この人、やっぱり、お年寄りには見えないな、って改めて思った。
僕らを見つけると、ヘルバは、ちょっとしょんぼりと、お疲れ様、と呟いた。
ピサンリが、あんなに強く叱るからだよ?
僕は、なんだかヘルバが気の毒になって、思わずそっちへ近づいていた。
すると、ヘルバは、いきなり何を思ったのか、そこへ膝をついて座り直した。
背中を真っ直ぐにして、手を胸に当て、僕のほうを見上げて、はっきりした声で言った。
「わたくしを、あなたの弟子にしていただけませんか?賢者様。」
は、い?
「…賢者様、というのは、僕よりむしろ、あなたのほうでしょう?
教えを乞いたいのは、僕のほうなんですけど?」
思わず見下ろしたまま言い返してしまった。
すると、ヘルバは、ふふふふふ、といきなり笑い出した。
「わたくしは、ずっとここで、あなたをお待ちしていたのですよ。
この世界の滅びを覆す英雄様のご一行と、いつか、出会うことができたのならば、この老骨に鞭打って、多少なりともそのお力になりたいと念じながら。」
こちらから、力を貸してください、って頼まなくても、力を貸してくれるってのは、有難いけど。
「僕ら、英雄かどうかは、まだ分からないし。
だいたい、世界を救う英雄ってのは、平原の民、なんでしょう?」
僕、ずっと、その平原の民を探して旅してるつもりだったんだけど。
すると、ヘルバはわずかに目を丸くして、それから、あはははは、と楽し気に笑った。
そのヘルバは、さっきみたいに叱られてしょんぼりしてたのとも違う、へべれけの酔っ払いとも違う、なんだか、すっかり別の人みたいだった。




