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ピサンリの奪い取った籠を、さらに奪い取ったのは、アルテミシアだった。
「木の実のパイなら、任せておけ。」
「そうだよ!
アルテミシアの木の実のパイは絶品なんだよ!
ここは是非、本格的な森の民のお料理を、ご馳走したいな!」
僕は、じいさま?のお料理が怖くて、アルテミシアを強く推した。
それに、ここぞとばかりに、ピサンリも乗っかった。
「おう!そうじゃ。
ここは、わしらの出番ではない。
じいさま、是非とも、本格の皆さまにお願いしようぞ!」
両腕を握って説得するピサンリに、じいさま?はちょっと苦笑して、仕方ありませんね、と呟いた。
「しかし、長旅でお疲れではありませんか?お嬢さん。」
お嬢さん?
アルテミシア捕まえて、お嬢さん?
いやまあ、お嬢さん、だけれども。
ヘルバは、アルテミシアの方を、ちょっと眩しそうな目をして見つめる。
アルテミシアは慌てて目を逸らせたけど、耳が真っ赤になっていた。
「あなたが、ここの主の森の民ですか?」
書物に夢中になっていたルクスが、ようやく騒ぎに気づいてやってきた。
じいさま?は、胸に手を当てる、森の民の正式な挨拶をすると、にこやかに答えた。
「ようこそ。森のお友だち。
このわたくしめも、森で生まれ、森を出るときまでは、そのように名乗っておりました。
しかし、森を出て、幾星霜。
いっそ、森にいた時よりも、外にいるほうが、長くなってしまいました。
今となっては、最早、森の民を名乗ることも、烏滸がましい。
ただの、ヘルバ、とお呼びくださいませ。」
ヘルバ?
じいさま、というよりは、その方が、呼びやすいなって思った。
「おう。そうじゃった。そうじゃった。
わしはすっかり、じいさまの名を忘れておったわい。」
ピサンリはけらけら笑ってヘルバの肩をぱしぱし叩いた。
「さて。お客様にお茶もお出しせずに。失礼致しましたねえ。
しかし、お茶を淹れる道具は、はて、どこへしまったか…」
ヘルバはそう言うと、部屋の隅にある道具をがさがさとひっくり返し始めた。
ピサンリは、あわわわわ、と慌ててそれを止めに行った。
「お茶の道具なら、わしが持ってくる。
それより、じいさま、この方たちはじいさまと話しをしに、わざわざ遠くから来られたのじゃから、今は、話しを先に…」
「話しくらい、いくらでもいたしましょうけれど。
お茶もなしには、喉が渇いて、話しもし辛いのでは、ないかと、おも、う、の…!」
!に合わせて、力いっぱいヘルバは何かを引き抜いた。
その途端、がらがらがら、と不安定だった道具の山が崩れ落ちた。
「あわあわあわ。
ほらだから、言わんこっちゃない!」
ピサンリは間一髪で、ヘルバを荷物の山の下敷きになるところから救い出して、ふう、とため息を吐いた。
「おや。違った。」
ヘルバは手に握った道具をぽいと放り出して、またもや、道具の山に挑もうとしている。
その前にピサンリは通せんぼするように割り込んだ。
「じいさま!
いいから、ちょっと落ち着いて、座れ!」
ピサンリは、素晴らしい速さで、椅子を抱えてきて、ヘルバを半分無理やり座らせた。
そのまま椅子ごとヘルバを持ち上げると、今度はテーブルまで運んで行った。
「ピサンリ、力持ち、だねえ?」
僕はすっかり感心して見ていた。
前に僕を抱えて走ってくれたこともあったっけ。
ピサンリって、からだは小さいんだけど、すごく力持ちだ。
「森の民の皆さんは、とりがらみたいに軽いからのう。」
ピサンリは椅子から立ち上がろうとするヘルバの肩を抑えて、ふう、と息を吐いた。
「まったく。
わしがいないとこれじゃから…」
それから、崩れ落ちた道具の惨状を見渡して首を振る。
ヘルバは、うふふ、と笑った。
「問題ありません。わたしには、どこになにがあるのか、ちゃあんと分かっているのですよ?」
「お茶の道具も見つけられないのに、その台詞に信憑性はありませんね。」
思わず、僕はそう言ってしまった。
うっかり、口から出ちゃったんだ。
初対面だってのに、今のは流石に失礼だった。
しまったって、思ったまま、僕は固まっていた。
ヘルバはまん丸い目をして僕をじっと見てから、まったくですねえ、とけらけら笑い出した。
「おかしいですね。
確かに、あったと、思ったのですけれど。
もしかして、この間そこの書物を移動させたときに、どこかへ紛れ込んだのかもしれません。」
どこかに紛れ込むほど小さい物でもないと思うんだけど。
そうかもしれませんねえ、きっと、そうですよ、そうに違いありません、と、力いっぱい頷いておいた。
「いいから、じいさま。
お茶はわしに任せて、その間、少し、皆さま方とお話しをしていてほしいのじゃ。」
ピサンリはちょっと疲れたみたいに言った。
ヘルバは、うふふ、とまたちょっと笑ってから、では、そういたしましょう、とテーブルをむいて座り直した。
「よければ、皆さまも、お座りください。」
ピサンリに肩を抑えられて立てないヘルバは、部屋の中を示すように掌を動かしてみせた。
部屋の中には、あっちこっちに、いろんな種類の椅子が散らばっていた。
僕らは、適当な椅子を自分で引っ張ってきて、みんなしてテーブルの周りに集まった。
「わしは、お茶、の道具を取ってきてから、お茶の支度をいたしますじゃ。」
ピサンリは、ヘルバがまた余計なことを始めないように釘を刺すと、それでもまだ心配なのか、ちらちらと振り返りつつ、外へ出て行った。
「まったく。信用がなくて、困ってしまいますねえ。」
ヘルバはそんなピサンリの後ろ姿を、笑いながら見送ってから、さて、と僕らのほうにむきなおった。
「遠路はるばる、このようなところまで、ようこそお越しくださいました。
せっかく、遠いところをお越しいただいたのですから、わたくしにお答えできることは、すべてお答えしましょう。」
「じゃ、さっそく。」
遠慮なく口を開いたのはルクスだった。
「エエルってのは、なんだ?
それを教えてもらいたい。」
ヘルバは、まあ、と目を丸くして、ちょっと息を呑んでから、困ったような笑顔になった。
「いきなり、核心を突きますね?
それは、わたくしの長年の研究対象、そのものなのですが…
どれだけ研究しても、分からない、としか、お答えできないのです…」
申し訳ありません、とヘルバは頭を下げた。
「今現在、この世界に崩壊の迫っていることは、ご存知ですか?」
頭を下げたままで、ヘルバは、そう問い返した。
その声は、さっきまでとちょっと違って、少し低くなっていた。




