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郷で仲間たちと暮らしていたころから、僕らはよく三人で森に出かけていた。

少し遠くまで出かけるときには、何日かかけて、行くこともあった。

そういうときには、野宿をしていたし、だから森の中を行くだけなら、旅にも抵抗はまったくなかった。


仲間たちを追いかけて森の中をひと月ほどもさ迷ったときから、もう季節はひとつ過ぎていた。

いつの間にか夏になっていた森の中は、だけど、いつもの夏とは様子が違っていた。


精彩に欠ける、というんだろうか。

なんとなく、元気がない。


この季節、ぐんぐん上を目指して伸びる若芽も。

一面に花をつける下草も。

どこか萎れて、花もいつもより少なかった。


食料も水も、森の中なら容易に手に入る。

だから、僕らは森に行くときにはいつも軽装だった。

今回は平原にも行くことだし、いつもよりはいろいろと道具も持ってきたけど。

それでも、食材なんかは、森で調達しようと思って、あまり持ってきていなかった。


ところが。

木の実も草の実も、極端に少ない。

この季節にはいい食料になる若芽も、とても少ない。

だから、食材を探すだけでも、毎日、結構な時間を費やすことになった。


泉や沢も枯れているところが多かった。

やっぱり、何か、変だ。

それを嫌というほど実感した。


前に仲間を追いかけていたときには、これほどの異変は感じなかった。

確かに、置いて行かれた、ということで頭のなかはいっぱいで、食べることには気が回らない状況だったのもある。

それに長旅に備えて保存食をたくさん持っていたから、食料を探し回ることもあまりなかった。

それでも、ベリーや木の実は、そこそこ見かけたと思う。

それが、たった季節ひとつ分の時間で、ここまで変わるものだろうか。


郷で三人で暮らしていたときは、郷に保存してあった食料を使っていた。

保存食は、持って行けない分は、旅人のために、って、郷の食糧庫に保管してあった。


だから、森に食べ物がないってことを、実感したのは実はこのときが初めてだった。

世界が少しずつ荒廃している。

大人たちはそう言っていたけど。

正直、僕らの暮らしは、前とそう変わってはいなかった。

けれど、このときになってやっと、荒廃を現実のものに感じた。

それは得体の知れないものへの恐怖を初めて感じた瞬間でもあった。


「最初の異変は森の中から起こった。

 泉が枯れ、沢は干上がり、草木は萎れて、実をつけなくなった。

 森に棲む者たちは、異変を感じ取り、はるか遠くの至福の地へと移り住んで行った。」


ルクスは歩きながらぽつぽつと語った。


「あの本の最初の辺りに、そう書いてあるんだ。

 昨夜、教えてもらった。」


昨日、大勢でわいわいと話し合っていたやつだ。


「え?それって、今のこの状況じゃなくて、本に書いてあったの?」


予言じゃなくて、過去にもまったく同じような状況があった、ということなのか。


「あ。

 でも、その後で、平原の民は、世界を救ってくれたんだよね?」


だからさ、結局、心配はいらないんだよね?

そんな希望を込めてルクスを見上げたら、ルクスは、うーん、と唸った。


「平原に荒廃の兆候が現れたのは、森よりもずっと遅かった。

 平原の民がようやく重い腰を上げたとき、森の民はもうほとんど残っていなかった。

 しかし、実際には、それ以前から、平原の民は、薄々、世界の荒廃を感じていた。

 ただ、それを見ないようにしていただけだった。

 今すぐ、何かが変わるわけではない。

 そのうちに、きっと、誰かがなんとかしてくれる。

 自分じゃない、誰かが。

 ただ、今は、首を竦め、からだを屈めて、やり過ごすとしよう。

 多くの者はそう考えた。

 そして、それは、多くの者にとって、最善の手でもあった。

 やがて、英雄は現れ、世界は救われた。

 しかし、もしも、その英雄よりも早く、誰かが、荒廃を直視して、手を打っていたら。

 自ら、英雄になる勇気を持つ者があったら。

 この世界は、もっと多くの物を失わずに済んだかもしれない。」


「それも、本に書いてあったの?」


「そうだ。」


見ないようにしていた、という言葉が、ちょっと耳に痛かった。

それって、僕のことみたいだと思った。

そうして、ルクスが、迷う余地もなく残ると決めたのも、その言葉を読んだからだと思った。


「ルクスは、英雄になるの?」


恐る恐るそう尋ねると、ルクスはちょっと笑った。


「さあなあ。

 お前は、無理だ、って断言しなかったか?」


「…無理なのは、僕だよ。

 ルクスなら、なれる、かもしれない。」


そう答えると、ルクスはますます笑い出した。


「かもしれない?

 なれる、とは言ってくれないのか?」


う。


「…なれ、たら、いいなあ?」


黙って聞いていたアルテミシアまでくすくす笑い出した。


「しょうがないよ。だって、ルクスだもの。」


「なんだよ、お前まで。」


ルクスは不満そうにアルテミシアを見た。


「そこは、きっとなれるから、頑張れ、とか励ますもんだろ?

 本当、お前ら、友だち甲斐のないやつらだ。」


「…そんなこと、励まして、ルクスに無理させるのは、嫌だもの。」


口の中でぶつぶつ呟いたんだけど、ルクスには聞こえてしまっていた。


「無理くらい、するだろうさ。

 英雄になろうって言うんだったらな。」


「…だから、ならなくていい。」


やれやれ~、とルクスは僕の髪の毛を大きな掌でくしゃくしゃにした。


「まあ、いいや。

 どうせ、本気にはしないんだろうな、って分かってるし。」


ちょっと諦めた目をして僕らを眺める。

アルテミシアはまたくすっと笑った。


「あたしたちが何を言おうと、ルクスは自分の思ったようにやるだけでしょう?

 英雄になるのも、ならないのも。

 決めるのはルクス自身。

 あたしたちは、ただそれについていくだけだ。」


僕はアルテミシアに並んで、うんうんと頷いた。

僕らに見つめられたルクスは、けけっと笑った。


「お前ら、それ、ずるいよ。

 自分じゃなんにも決めないで、全部、俺任せかよ?」


「進むにしても、退くにしても、文句言わずにルクスについて行く。

 それがあたしたちの決めたことだよ。」


ふ~ん、と言ってルクスはこっちをじっと見た。

けど、それ以上はもう、何も言わなかった。












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