表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
もう一つの楽園  作者: 村野夜市


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

119/241

119

無造作に床に積み上げられた書物を、適当に眺めてみる。


最初に目に入ったのは、「今日の晩御飯」。

それから、「大陸全土の歴史」「固有物体における物理法則論」「世界のワイン事典」「歴史的生体学入門」「森林の変遷」「お酒に合う甘いおつまみ」…


どうやら、平原の民の言葉で書かれた書物ばかりだ。

なんとか、平原の民の言葉も、書いたものなら読めるようになったんだけど。

やっぱり読むのは一苦労だし。

今、無理して読みたい、ものはなさそうかな。


それにしても、ここの書物の脈絡のなさは、いったいなんなんだろう。

それがそのまま、ここの主の人柄を現しているようで、ちょっとびびる。

ピサンリは、「じいさま」のことをすごくいい人だって言うんだけど。


なんだか、変わった人?っぽい印象。


ルクスはもう夢中になって書物に没頭している。

アルテミシアは、隅に積み上げてある道具を興味深そうに眺めている。

ピサンリは、…あれ?どこに行ったのかな?姿が見えない。

もしかしたら、階段の上にでも行ったのかな。


とりあえず、相手してくれる人は誰もいなさそうなので、仕方なく、僕はもう一度、書物の山に戻った。


一番上に置いてあった、「今日の晩御飯」。

開いてみると、美味しそうなご飯が色付きの絵でたくさん載っている。


…って、あ、れ?


なんか、これ、匂い、しない?

いや、絵、動いてる?


見開きいっぱいの大きな鍋から、湯気が上っていて、ほんのりと美味しい匂いがする。

あれ?あれ?あれ?


まじまじと見ていると、いきなりぱっと絵が変わって、そこに前掛けをつけた小さな人の姿が現れた。

その人はお鍋をひとつ持っていて、それをずいっとこっちに差し出す。

すると、さっきまで湯気の上っていたお鍋が、何も入ってない、からっぽなお鍋にすり替わった。


え?え?え?


小さな人はお鍋の傍らに現れる。

その手には包丁を握っている。


どこからともなく現れる野菜を、とん、とん、とん、とリズムよく刻んでいく。

刻まれた野菜は、たたたたたっ、とお鍋へと滑り込んでいく。

じゅうじゅうといい音を立てて、お鍋の野菜が炒められ。

じゅうとお水が入ったら。どこからともなく蓋が閉まって。

ぐつぐつ。あっという間にお鍋は煮立っていた。


それから、ふわり。

蓋を取ったお鍋から、湯気が立ち上る。

それはちょうど、僕がこの書物を開いたときに見た場面。

湯気はいい匂いがして、あ、これ、ピサンリがときどき作ってくれるスープだ、って思い出した。


「おやおや?

 なんだ、そんなところにあったんですか。」


突然、後ろからそう言う声がして、ぎょっとして振り返った。

すると、にこにこと微笑みながら、背の高い森の民が、後ろから僕の見ている書物を覗き込んでいた。


「こんにちは。小さなお客様。どちらからおいでですか?」


森の民は僕を見て、わずかに首を傾げながら言った。


も、もしかして、この人は、この家の主?

いやでも、ここって、じいさま、の家だって…

ピサンリはそう言ったよね?


その人は、とても、じいさま、には見えなくて、いや、おじさま、でもない。

せいぜい、にいさま、程度だろうか。

プラチナブロンドの明るい髪は、見ようによっては、白髪に見えなくもないけど。

肌には皺ひとつなく、背筋もしゃんとして、はりのある声も、とてもじゃないけど、じいさま、ではなかった。


あ。そっか。

もしかして、この人は、じいさま、の孫かなんか?

同居人とか。

それとも、僕らみたいに、じいさま、に会いに来たお客さんかな?


一瞬の間に、そんなことを考えた。

その考えをぶち破るように、ピサンリの声が響いた。


「おう。じいさま。邪魔しておるぞ?」


「久しぶりですねえ、ピサンリ。

 この方たちは、あなたのお友だちですか?」


じゃあ、やっぱり、この人がじいさま?


僕はもう一度、背の高い森の民を、まじまじと見た。


「そんなにじっと見つめられたら、照れてしまいます。」


じいさま?は恥じらうように頬を染めると、そっと僕から視線を逸らせて、部屋の中央に歩いて行った。

それから、腕にぶら下げていた籠を重そうにテーブルに置いて、ふう、と息を吐いた。


「なんじゃ、なんじゃ、じいさま?

 何を買うて来たのじゃ?」


ピサンリは祖父に甘える孫のように、じいさま?に駆け寄ると、籠の中を覗き込む。

じいさま?は、小さな子どもにするみたいに、よしよし、とピサンリの頭を撫でた。


「森の民のお客様がおいでだというので、久しぶりに木の実のパイを焼こうかと。」


すると、じいさま、を見上げたピサンリの顔が、少しばかり引きつった。


「木の実のパイを…焼く?」


じいさま?は、ぱしぱしと、ピサンリの背中をはたきながら笑った。


「やだなあ。

 大丈夫。

 今度こそ、黒こげにはしません、って。」


え?ちょ…

もしかして、じいさま?のお料理って、かなり、やばい、の?


じいさま?を見上げるピサンリの顔には笑顔が張り付いていたけど、目は、まったく笑ってなかった。


「いやいやいや。

 じいさま、木の実のパイならわしの得意料理じゃ。

 わしに任せておけ。」


ピサンリは素早く籠を奪い取ると、にこっとじいさま?を見上げた。

けれど、その籠の持ち手を取って、じいさま?は籠ごとすっと上に引き上げた。


「いぃえぇ。

 今日はあなたはお客様なのですから。

 ゆっくり座っててくださいな。」


「い、いやいやいや。

 じいさま。

 久しぶりなのじゃから。

 じいさまに、わしの料理を食べてほしいのじゃよ!」


ピサンリは、高いところに持ち去られかけた籠に、素晴らしい跳躍力で飛びつくと、電光石火の早業で奪い取った。


なんか。

今、僕は、なにを見せられているんだろう。

どっちも、すごい。


というか。

目の前のこのにこやかな背の高い森の民は、じいさま、で間違いなさそうだとして。

話し言葉だけ聞いてたら、どっちがじいさまか、分かんないな。


ピサンリのじいさま、は、勝手に、髭の生えた、森の古木みたいな人、って想像してたから。

想像してたのとかなり違うな、って僕はショックを受けていた。








評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ