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ピサンリの故郷は、これまで行ったどこよりも立派な街だった。
街を囲む高い壁は、なんと、三重にもなっている。
少しずつ、少しずつ、街が大きくなるにつれて、外へ外へと拡がって、そこへ壁を作ったかららしい。
平原には獣がいて、人を襲う狂暴な獣も多い。
人を襲うまでいかなくても、畑を荒らすものも多い。
そんな獣から、人の暮らしを護るために、この壁はあるんだ。
って思ってたんだけど。
実は、平原には、人と人との争い事も、多いらしい。
そういうときのためにも、この壁はあるんだそうだ。
一つ目の門をくぐると、そこには広くて立派な畑が広がっていた。
おっちゃんと出会ったあの畑のある町の、何倍も何倍も大きな畑だ。
荒地を全部畑にしたんじゃないかって思うくらい広い畑だった。
この辺りは、古くから、平原の民の棲む場所だった。
昔の平原は肥沃な土地が多くて、どこにだって畑を作って暮らしていけたんだそうだ。
平原の民は、好きなところに畑と家を作って、豊かに暮らしていた。
だけど、ばらばらだと、獣に襲われたり、畑を荒らされたりする。
だから、だんだんと、一族でまとまって、そうして壁で囲まれた町を作ったんだ。
豊かな地には、民もどんどん増えたらしい。
街が大きくなると、畑を作る者、道具を作る者、商いをする者、それぞれ得意な分野を生業にして分業するようになる。
そうすると、ますます暮らしやすくなって、互いに助け合って暮らしていく。
その辺りは、僕ら森の民も、そう変わらないかな。
ただ、平原の街は、僕らの郷とは、大きさも人の数も全然違っていた。
とにかく大きくて、人も多い。
だから、生業の種類だって、数えきれないくらいある。
僕らの知らない職業もいっぱいあるらしい。
街の傍には大きな河があった。
というか、河の傍に街が作られたんだ。
河の傍の土は肥えているものだし、水も手に入れやすい。
それに、遠くから街を作る材料を運んでくるにも、河は役に立つ。
だから、河の傍の街は発展しやすい。
河の水はやっぱり白枯虫に穢されていたけど、もっと上流で浄化サイクルは作っておいた。
街を取り囲む壁の外側には小さな川くらいある堀があって、そこに河の水を引き込んであった。
堀からは畑に水を送る用水路がたくさん出ていて、堀はその両方の役目を兼ねていた。
うまく土地の傾斜を利用してあって、特別、なにかをしなくても、水はさらさらと流れていく。
これも、大昔、この街を作った人たちの知恵らしかった。
広い広い畑を通り抜けると、二つ目の門があった。
門毎に門番がいて、通行証を出すように言われる。
僕ら、そんなものは持ってなかったから、どうしようかって思ったけど、ピサンリはちゃんと持っていて、それを見た門番は、いきなり姿勢を正すと、ピサンリに敬礼して、あとは何も言わず、門を通してくれた。
ピサンリは元々この街の出身だ。
僕ら、ピサンリがいて本当に助かったって思った。
二つ目の門をくぐると、その内側には、いきなり賑やかな街があった。
たくさんの家があって、軒先に店を開いている家も多い。
まるで、街全体が市場みたいな街だった。
「この辺りは、割合、新しくこの街へ来た人たちの棲む場所じゃ。
活気もあって賑やかじゃろう?」
本当に。
こうして馬車に乗って眺めているだけでも、いろんな店がある。
見たことのない物も、たくさん、売っていた。
「僕、少し、歩いてみたいな。」
隣のピサンリはちらっと見たら、ピサンリは困ったように笑った。
「そう言うじゃろうと思うたけどなあ。
まずは、家に行って、馬車を置いて来よう。
馬も休ませてやらんとな。」
確かに、それはもっともだから、僕も、無理を言うのはやめた。
僕らは街の大通りを馬車を走らせていた。
馬車も余裕で通れるほどの、道幅の広い道だったけど。
それでも、人の往来はそれ以上に多くて、なかなか馬車も前に進まなかった。
「ピサンリのお家って、どこにあるの?」
「この先。
三つ目の門をくぐった中じゃ。
わしのご先祖は、うんとうんと古くから、この街のできたころから、ここに棲んでおったのよ。」
「へえ。
それは、すごいね?」
「すごいかどうかは分からん。
ただ、もうずっと長く、わしの一族は、この街に棲んでおるのじゃ。」
三つ目の壁の門は、一つ目二つ目とは少し違って、なんだか古くて装飾も凝っていた。
他のところは木で作られていたけれど、ここの門は石造りだ。
木よりも細工も難しいと思うのだけれど、全面に見事な彫刻が施してあった。
「なんか、ここの門は、他のとこより立派だね。」
「この門は、最初にこの街ができたときに作られたもの。
この街と同じくらい古い。」
「この街って、いったいどのくらい前に作られたの?」
「さあのう。
わしも詳しいことは知らんが、前回の世界の滅びのときには、もうこの街はあった。
一説に依ると、前回世界を救った英雄も、この街の出身じゃったとか。
まあ、伝説じゃ。」
へえ。それは、なんかすごい。
「古い街じゃから、古い記録もたくさん残っておっての。
それを研究するために、あちこちから、学者たちも集まっておる。
それゆえに、学術研究もこの街では盛んじゃ。
ここは、そういう街じゃよ。」
「そっか。
なら、僕らの目的にはばっちりだね。」
なんだか僕はわくわくしてきた。
そうだ。
森の民だっていうピサンリのじいさまにも、会ってみなくちゃ。
「ピサンリのじいさまって、ピサンリのお家の近くに棲んでるんだっけ?」
「うちの隣に棲んどるよ。
街の見物の前に行ってみるか?」
街の見物にも心は惹かれたけど、ここはやっぱり、先にピサンリのじいさまだろう。
なんたって、この旅の目的は、その人に会うことなんだから。
「うん。」
力一杯頷くと、ピサンリはちょっと笑った。
「…しかしのう…
じいさま、家にいてくれるといいんじゃが…
あのお人は気紛れで、すーぐ、どこかへ行ってしまう…」
「そうなんだ?」
「帰るという手紙は出しておいたのじゃがのう。
わしらの旅も、思ったより、あっちこっちで足止めをくらって、かなり時間はかかったし、その間、大人しく待っておるお人ではないからのう。」
「そうだよね。」
僕ら、出会った村を出発してから、もう一年以上、経ってしまってる。
なんだか、あの村にいたころが、はるか昔な気がするよ。
それでも、とうとう僕らは目的の場所に着いたんだ。




