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なかなか寝付かれないって思ってたんだけど、気が付いたらもう朝で、僕はあの草むらとは全然違う場所にいた。
どうやらいつの間にか眠ってしまっていて、その間に、ピサンリは馬車を走らせて移動していたようだ。
起きて行くと焚火があって、ぐつぐつとスープが煮えていた。
「おはよう。
よう眠れたかの?」
鍋をかき混ぜながらいつもの挨拶をするピサンリに、僕はもしかしたら昨夜のことは悪い夢だったんじゃないかと思った。
「昨夜はまともな食事をとれんかったからのう。
今朝はたっぷり食べるのじゃぞ?」
けど、にこにことそう言うピサンリを見て、あれはやっぱり夢じゃなかったんだ、って思った。
「君の好きな苺をとってきたよ?」
僕の後ろから現れたアルテミシアは、そう言って籠を差し上げてみせた。
籠のなかにはみずみずしい苺がいっぱい入っていた。
辺りを見回すと、川沿いに少し木の生えている場所だった。
川幅から見るに、あの草むらのあった川の辺りよりは、少し上流に来たみたいだ。
「ほう。
見事な苺じゃ。」
ピサンリは籠の中を見て目を丸くした。
「むこうに野苺の群生している場所があったんだ。
足りなければまたとって来よう。」
アルテミシアは嬉しそうだった。
ルクスはどうしたんだろうって思ってたら、馬の蹄の音がした。
「追手はかかってないみたいだ。
やつらも、森の民の噂は、半信半疑だったのかもしれんな。」
ルクスはそう言いながら馬から降りて、労うように馬の鼻先を撫でている。
「自らにはなんの得もないのに、他人のためにそこまでするようなやつなど、おるわけがない。
人という者は、自分が正解じゃと思うておる考えからは、なかなか脱け出せんものよ。」
ピサンリは、くくくと笑って、さあさあ、朝餉じゃ、とスープをお椀に注ぎ始めた。
「たっぷり召し上がれ。
ピサンリ特製、栄養満点スープじゃ。」
お豆と穀物と野草のたっぷり入ったこのスープは、僕の大好物だ。
僕はお椀とスプーンを受け取って、ほくほくと席に着いた。
「そのことなんだけど。」
スープを食べながら珍しくアルテミシアが口を開いた。
「あれはやっぱり、畑が足りなかったんだな。
もっと、荒地全部、畑にできりゃ、問題ないんだと思うんだ。
そうすりゃ、全員に行き渡る。」
「…いや…、…まあ…、それは、そうかもしれないが…」
ルクスはちょっと戸惑うようにアルテミシアを見た。
そのルクスをアルテミシアは真っ直ぐに見つめ返して言った。
「エエルの石がもっとたくさん必要だ。
先にそれをなんとかしよう。
そうして、荒地全部畑になるくらい集まったら、一斉に畑にすればいい。」
「…一斉にって…
んなこと、俺たちだけじゃ、流石に…
荒地全体に石を撒くだけでも、大事だぞ…?」
「そこは、君がなんとかするだろ?」
アルテミシアに断言されて、ルクスは、けほっ、とスープを喉にひっかけた。
けど、恨めしそうな目を上げて、まあな、と苦笑した。
「よし。決まった。
ただ、それまでは、この件は棚上げだ。
あたしたち以外のやつに話すのもよそう。」
「だな。」
お前もいいな、って、ルクスは僕に念を押した。
僕は、何度も、うんうん、って頷いた。
たとえ当てるつもりはないとしても、やっぱり、矢を射かけられるのは、もうまっぴらだ。
「道々、水場の浄化は続けよう。
あれをしないと、エエルの石も手に入らないしな。」
だけど、アルテミシアは、あんまり、まっぴらだ、とは思ってないみたいだった。
むしろ、前よりもっとやる気にあふれている感じ。
やり方は変えるけど、やることはやめない、らしい。
「そういや、手持ちの石、全部、使っちまった。
紋章を描く分を、少し残しておきゃあ、よかったな。」
ルクスはちょっとしまったって顔してた。
「そこは、君の出番だ。」
いきなり視線が集まって、僕もさっきのルクスみたいに、けほっとスープにむせた。
「是非とも、あっちこっちの水場、浄化しまくって、エエルの石をたくさん作ってほしい。」
アルテミシアにきらきらした目で言われたら、無理だなんて言えるもんか。
「ほ、ほい。」
焦って奇妙な返事になっちゃったけど、アルテミシアは嬉しそうに頷いてくれた。
夜になってから、川の水の浄化をした。
そこはあの町へ水を供給している川の上流だった。
水はさらさら流れていたし、水の量も申し分なかったけど。
やっぱり、白枯虫はたくさんいた。
「川を遡って、水源の森を確かめるか。」
森との間に広い荒地のあるところは、川は枯れてしまっていることが多い。
川があるってことは、多分、間に荒地はそんなにはないはずだ。
僕らは川に沿って遡り、水源を確かめた。
そして、そこは予想通り、白く枯れていた。
森の浄化は二回目だったけど、なんとかうまくいった。
翌朝。
浄化した跡には、エエルの石がたくさん落ちていた。
僕らはみんなしてエエルの石を拾い集めた。
すぐに、この間、集めたくらいの石を集めることができた。
「石を拾い集めるにも、人手が必要だなあ。」
石を拾いながら、アルテミシアが言った。
「荒地全部を畑に変えには、石だけじゃなく、もっといろいろなことが必要だ。」
ルクスも難しい顔をして考え込んでいた。
森の浄化を終えた僕らは、先へ進むことにした。
けれど、少し方針を変えて、もう途中の町へは立ち寄らずに、ピサンリの故郷に直行することにした。
そこからピサンリの故郷は、もうすぐそこだった。




