112
町から町へ移動しながら、僕らはピサンリの故郷を目指した。
それはとっても遠い道のりで、ピサンリはよくこれだけの道をたったひとりきりで旅してきたなって思った。
だけど、それって、森の民に一目でも会いたいから、なんだよね。
そんなにまでして会いたいって思ってもらえるなんて、光栄だと思うんだけど。
そんなにまでして会いたいって思ってもらえるように、僕らもちゃんと立派な森の民でいないといけないって思った。
「それほど、大変な旅でもなかったのじゃよ?
次の町へ行くという馬車があれば、乗せてもらったりしてのう。」
ピサンリはそんなことを軽く言うんだけど。
そもそも、知らない人と仲良くなって馬車に乗せてもらうとか、そこからして、すごい偉業だと思う。
そう言ってみたら、ピサンリは、げらげら笑って、そう大したことではないよ、と軽く言った。
「余所の土地に棲む人は様々。
道中、その話しを聞くのもまた一興。
なかなか楽しかった。
世界は広く、わしの知っておることなど、まだまだこれっぽっちじゃ。」
って、指先でつまむみたいな仕草をしてみせた。
僕らの旅は、あの最初の村で馬車を作ってもらってたから、ピサンリの旅に比べたらだいぶ、楽なはずだ。
ピサンリっていう道案内もいるわけだし。
いや、ピサンリは、道だけじゃなくて、僕らの知らない平原の民の習俗とか、そういうことにもすっごく詳しくて、行く先、行く先、本当に助かっていた。
旅はもちろん、楽しいことばっかりじゃなかった。
大きな街には、煌びやかな表通りと、暗い裏通りがある。
すさんだ目をして、僕の手のお菓子を奪っていった幼子もいた。
頑張って毎日朝から晩まで世話をしても、実らない畑もある。
汗水たらして苦労してても、報われないことはたくさんある。
大地は厳しく、雨も風もお日様も、思い通りになんてなってくれない。
それに、大きな街へ行くと、人と人との間に、争い事も多くなっていった。
本当に人は、どんなことでも、争いの種になるんだ。
僕はそれを見ても、いつもただ途方に暮れて、立ち尽くすことしかできなかった。
そんなとき、怪我をしないようにって僕を守ってくれたのは、ピサンリだった。
僕らは本当に、なんにも知らなかったんだ。
自分たちの棲むこの世界のこと。
旅をしていると、つくづく、そう思ったんだ。
ブブは、いつもは本当に、作り物みたいにじっとしているんだけど。
ときどき、はっと思い出したみたいに飛ぶことがある。
ついて行ってみると、そこには大抵、湖や川があった。
その水は一見とても綺麗で、なんの問題もないように見えるんだけど。
夜中に行って笛を吹くと、びっしりと白枯虫が現れた。
ブブは、穢された水を教えてくれていたんだ。
多分、水源の森が、白く枯れてしまっているんだ。
地上の川で繋がっているときは、森へと遡って浄化できた。
だけど、そんなところは、むしろ滅多になかった。
大抵は、地下にある水脈で繋がっていて、そういう場所の水源を辿るのは、難しいことが多かった。
平原の人の棲む土地と、水源のある森との間には、大抵、広々とした荒地があって、そこを抜けるには何か月もかかるほどに遠いんだ。
そしてそんな荒地は、食料や水も、簡単には手に入らないから、僕らも簡単には渡れなかった。
そんなときは、とりあえず、見つけた場所の水だけ、浄化のサイクルを作る。
そうして先へ進むしかなかった。
なんとか、荒地をもっと早く渡れたら。
水源を辿るのに、もっといい方法があったら。
僕らはよくそういう話しをした。
ルクスは町へ着くたびに、いろんな人に話しを聞きに行ったり、書物を調べたりしていたけれど、それでも、その答えはなかなか見つからないみたいだった。
「そもそも。
荒地がなくなりゃ、いいんだ。」
ある日、突然、そんなことを言い出したのはアルテミシアだった。
僕らはみんな、いきなり何を言うんだ、と目を丸くした。
アルテミシアは旅をしながら描いてきた大きな地図を広げて見せた。
それはルクスとピサンリが、ふたりがかりで作ってきた精巧な地図だった。
「森は、こう、平原の町のある辺りから、大抵、大きな荒地を挟んだ、そのむこう側にあるんだ。
森と町の間には、渡るのに何か月もある荒地が横たわっている。
この荒れた土地が、平原の民の棲む場所のように、畑を作って暮らせる場所になったらいいと思わないか?」
「…荒地に畑を作るのは、並大抵のことではない、はずじゃ…」
ピサンリは戸惑うような目をして、みんなを代表して、アルテミシアに言った。
アルテミシアの言ってることは素晴らしい。
だけど、無理なんじゃないかって、みんな、思った。
でも、アルテミシアは、みんなの戸惑いなんて吹き飛ばすくらい、きらきらした目をして言った。
「ちょっとこれを見てくれ。」
そう言ってアルテミシアの取り出したのは、小さな植木鉢だった。
鉢には苺の苗が植えてあって、赤い果実がいくつかついていた。
他にもまだ青い果実や、白い花もいくつも咲いていた。
「この土は、荒地の土なんだ。」
僕らは全員、へえ、と感心した声を漏らした。
苺は、荒地の土じゃ育たない。
そのくらいは、もう僕にだって分かっていた。
「もったいぶらずに言え。
お前はそれに、いったい何をしたって言うんだ?」
ルクスは真剣な目をアルテミシアにむけた。
アルテミシアはすっごく嬉しそうな顔になって、種明かしをした。
「鉢の底にエエルの石を埋めた。
それだけだ。
あとは、ただ毎日、水をやって、日に当てただけ。」
「それだけで?」
ピサンリはすごく驚いていた。
すると、アルテミシアはますます嬉しそうになった。
「そうだ。それだけだ。」
そんなことだけで、あの荒地は、苺が育つような土地になるというの?
それはすごい驚きだった。
「荒地にずっと、エエルの石を敷き詰めるんだ。
そうしたら、あの広い広い場所は全部畑になるぞ?」
それはすごい。
…だけど…
「そうか。
俺たちには、エエルの石を作り出せるやつがいるじゃないか。」
そう言って、ルクスはいきなり僕の肩をがしっと抱いた。
えっ?と僕はびっくりした。
「僕にはエエルの石を作り出す力なんかないよ?」
「何を言う。
お前がちょこっと笛を吹いたら、虫がエエルの石になるじゃないか。」
もしかして、白枯虫と祓い虫のこと、言ってる?
「あれは、僕がエエルを作ってるんじゃなくて、虫たちの力で…」
「その虫たちの力を、お前は引き出せる。」
「???
いや、でもあれは…」
僕なんかの力じゃない。それは間違いない。
「水の浄化をすればエエルの石ができる。
それを拾って、荒地に撒くんだ。」
アルテミシアは期待のこもった目をして僕を見た。
「い、いやいや、待って?」
それって、僕、責任重大過ぎるよ。
「いくらなんでも、あの広い荒地を埋め尽くすくらいのエエルの石なんて、無理だよ。」
たとえ溜め池いっぱいにエエルの石が溜まったとしても。
溜め池の広さなんて、荒地の広さに比べたら、比べ物にならない。
白く枯れた森全体を浄化できたとしても。
その森の広さだって、荒地に比べたら、比べ物にならないんだ。
「いやいや、千里の道も一歩から。
コツコツと少しずつ積み重ねれば、いずれなんとかなるかもしれん。」
ピサンリまでそんなことを言い出した。
僕はちょっと泣きそうになった。
「だいたい、石を拾い集めるのだって、荒地に撒くのだって、すっごく大変そうだよ?」
「大丈夫。
そこは任せておけ。」
ルクスは堂々と断言する。
えーっ…
だけど、もう、ここは、僕だけ反対はできない感じになっていた。




