11
目を覚ますとすっかり朝になっていた。
旅の人たちは荷物をまとめて、そろそろ出立しようとしていた。
ど、どうして誰も、起こしてくれなかったんだ?!
僕は飛び起きると、大急ぎでルクスとアルテミシアの姿を探した。
二人は族長とにこやかに話しをしていた。
すぐ傍にオルニスの姿もあった。
「やあ、起きたか、お寝坊さん。」
オルニスは僕の顔を見るとにこやかに手を上げた。
「ご、ごめん。うっかり寝過ごして…」
これから支度をして間に合うだろうか。
って、僕はまだ、一緒に行くかどうか、ルクスと相談もしてなくて…
「まったくだ。
見送りもしてくれないのかと思った。」
オルニスはそう言って僕の肩を叩いた。
「あやうく、お前のこと、友だち甲斐のないやつだと思うところだった。」
「そんなこと…
え?
見送り?
ってことは…」
いつの間にか、僕らは一緒には行かないと決まっていたみたいだった。
「そらそーだ。
俺たちは、この世界を救う英雄なんだからな。」
ルクスは堂々とそう宣言した。
「世界を救う?
英雄?
え?うそ…
あり得ないよ…」
「いや、お前、いきなり、あり得ないとか、断言するなよ。」
思わずつぶやいた僕を、ルクスはあっはっはと笑い飛ばした。
「大丈夫だ。
いざとなったら、アマンへ行く道はちゃんと教えてもらった。
お前らのことだけは、何があっても、俺が守る。
だけど、もうしばらく、ぎりぎりまで、足掻いてみたいんだ。」
ルクスは僕の目をじっと見つめて言った。
「この本が、俺たちのところに来たってのは、もしかしたら、運命なんじゃないかって思うんだ。
俺たちがここに残ることになったのも。
偶然に偶然が重なっただけ、かもしんないけど。
偶然がそんなふうに起こる確率は、そう高くはないだろ?
だったら、やっぱり、やれることは、やっておきたい。」
それから、ちょっとだけ優しい目になって続けた。
「だけど、嫌なら、お前はこの人たちと一緒に行ってもいい。
俺は、できるなら、三人一緒なのがいい、けど。」
「…アルテミシアは?
アルテミシアも残るの?」
僕はアルテミシアの顔を見上げて言った。
アルテミシアはにこっとして悪戯っぽく言った。
「ルクスを一人にすると、何をしでかすか分からないからね?」
「分かった。」
アルテミシアもルクスも残るのに、僕だけ行くという選択肢はなかった。
「選ばれし者らよ…」
族長さんは僕らに手を差し伸べて、祝福をしてくれた。
僕らは三人とも緊張した顔をして、厳かに祝福を受けた。
一人前の大人になって、故郷の郷を出ることになったときに、受ける祝福。
本当なら、生まれ故郷の郷の族長さんにやってもらうのが筋なんだけど。
それでも、今、こんなふうに祝福をしてもらって、なんだか、一人前になれた気がした。
「くそっ。
でも、やっぱ、なんか、寂しい…」
祝福が終わると、いきなり、ぐいっと引き寄せられて、オルニスは僕に抱きついた。
ちょっと泣いているみたいだった。
「お前とは、いい友だちになれると思ったのに…」
「僕もだよ、オルニス。」
僕はそっとオルニスの背中に手を置いた。
「だけど、僕らはもうちゃんと友だちだ。
だから、またこっちに戻ってきたときには、会いに来てよ?」
おう、と応えたオルニスの声は震えていた。
オルニスは、ずずっと盛大に鼻をすすってから、明るく言った。
「僕は先にあっちへ行って待ってるよ。
お前らがもしあっちに来ることになったら、僕の家に泊めてやる。
お前らのために、部屋、ひとつ、あけておくから。」
「それは、助かるなあ。」
泊まるところがあるとなったら安心だもんね。
名残は惜しかったけれど、いつまでもそうしているわけにもいかない。
オルニスも族長さんも、彼らの旅へと出立していった。
見送る僕らは、とても寂しかったけれど、それも仕方なかった。
彼らの去った後、郷は一段とがらんとして、ひっそりとしているように感じた。
それはもう、郷のみんなのいた場所とも、僕ら三人で暮らしていた場所とも、違う場所になってしまったみたいだった。
だけど、ぼんやりしている暇はなかった。
「謎を解く鍵は平原にある。」
ルクスはそう言うなり、旅支度を始めた。
「平原に行くの?」
僕はアルテミシアに尋ねてみた。
アルテミシアは、うん、と頷いた。
「とにかく、あの本をちゃんと読むためには、平原の民の言葉を知らないとね。
だから、平原に行くんだって。」
「お前は、どうする?」
ルクスはこっちをむいて、一応、そう尋ねる。
「も、もちろん、一緒に行くよ!」
僕は思わず叫んでいた。
置いて行かれるなんて真っ平だ。
だけど、平原に行くのは正直、怖かった。
平原の民の言葉を知るためには、平原の民とも話したりしなくちゃならないんだろうけど。
両親から聞いた平原の民の話しを思い出して、今から尻込みしたくなった。
「よし。
じゃあ、これを着ろ。」
ルクスはそう言うと、三枚の大きな布を取り出した。
それは頭からすっぽり覆う頭巾のついた、大きな大きなマントだった。
「平原の民と交易するときには、このマントを着て行ってたんだと。
少なくとも、これを着て行けば、いきなりあちらも俺たちに攻撃してきたりはしないだろう。
さっき、あの人たちから、もらっといたんだ。」
そ、それは…助かる?のかな?
けど、こんなマントくらいで、本当に信用、されるの?
それでも、何もないよりは、ましか。
すっぽりとマントで全身を覆って、僕らは、旅の人たちの行った方とは反対の方にむかって、ゆっくりと一歩を踏み出した。