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もう一つの楽園  作者: 村野夜市


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それから、僕らはこれからどうするかを相談した。


「よくよく考えれば、俺たち、もう町から出てるわけだし。

 このまま行方不明にされたところで、なにか困るわけでもない。

 だったら、このまま先へ進んだら、いいんじゃないか?」


ルクスにそう言われて、みんな、あ、と口をぽっかり開いた。


「確かに。それはそうだな。」


「畑の穢れも、なんとかなりそうだし。

 おっちゃんも、ここ、自分の家なんだっけ。」


それにしたって、今の今まで、誰もそれに気づかなかったなんて。

僕らお互いに顔を見合わせて、大笑いした。


「しかし、世話になった家主に黙っていなくなるのは、なんだか申し訳ないな。」


アルテミシアはちょっと眉をひそめた。


「それに、馬と馬車は…

 置いて行くのは、少し心残りか…」


ルクスはあの馬とは仲良しだし、馬車は村の人たちみんなで心を込めて作ってくれたものだ。

確かに、置いて行く、となると、ちょっと残念な気にもなった。


「いや、しかし、取りに戻るのは、またいろいろとややこしそうだ。

 仕方ない。あれは置いて行くか。」


「馬と馬車か。

 それなら、わしが行って、ちょっくら取って来よう。」


ピサンリは軽くそんなことを言い出した。


「いや、だめだピサンリ。

 そんなことをしてまた足止めをくらったらどうする。」


ルクスは心配そうに引き留めた。


「賢者様たちは、ここで待っていてくだされ。

 なになに、わしなら、大丈夫じゃよ。」


ピサンリはにこにこと返した。

だけど、ルクスは、だめだ、ともう一度首を振った。


「結局、宿代も払ってないし。

 町長との約束も果たしていない。

 あれはその代わりにしてもらえばいい。」


すると、ピサンリは、ふぉっふぉっふぉっと奇妙な笑いかたをした。


「宿代なら、とっくのとうに、畑仕事の給金で支払っておいた。

 それに、町長との約束のことじゃが。」


ピサンリは洞窟の隅にまとめてあるエエルの石をひとつ拾うと僕らに見せた。


「これをもらっていってもいいかのう?

 わしらの世話になっとった、あの家主なのじゃが、あれからも紋章は自力で練習を重ねておっての。

 ただ、早く描けないことだけが、ネックじゃったが、この石ならば、描き切れるじゃろうよ。」


ルクスは目を丸くした。


「赤い火をマスターしたってことか?」


「さて。

 これを持たせて描かせてみるとしよう。」


ピサンリはぽいとエエルの石を高く放り投げてから受け取った。

それから僕のほうを見て笑ってみせた。


「なになに。

 おそらく畑が虫に襲撃されることは、この先、もうないじゃろう。

 虫たちを焼くことも、あるまいよ。

 ただ、赤い火を使えるやつがおる、ということが、皆の安心になるのなら、それもありじゃ。」


そっか。

溜め池の水は畑に流される前に浄化されれば、虫はもう畑は襲わないんだ。


「あの馬も馬車も、この先の旅には必要なものじゃ。

 賢者様方の旅を恙無くご案内するのが従者の務め。

 わしを行かせてくだされ。」


ピサンリはすっと姿勢を正すと、丁寧にお辞儀をしてみせた。


「なんか、ピサンリ、いろいろ有難う。」


僕は思わず感激してお礼を言ってしまった。

ピサンリはちょっと眩しそうな顔をして笑い返した。


「なになに。賢者様には賢者様にしかできん大切なお役目がおありじゃもの。

 その間に、雑事を片付けておくのは、従者の務めじゃ。」


「僕、ピサンリのこと、従者だなんて思ってないよ。」


「お前はさ、俺たちの苦手なこと、さくさくっと片付けてくれる、ものすごく頼りになる仲間だ。」


ルクスもそう言ってピサンリの肩を叩いた。


ピサンリは嬉しそうに頷いてから、ちょっと悲しそうな顔になった。


「町の連中は、まだ賢者様方のことを誤解しておるやつも多い。

 本当は、そんなやつらに、本当のことを説明して回りたいのじゃが。

 悪う思うとるやつの話しなど、端から耳に入らんというやつも多いからのう。

 誤解を解くというのは、なかなかに、難しいことじゃ。」


「そんなの。

 後になってから、ああそうだったのか、って分かってくれるやつも多いさ。」


あっさりとアルテミシアはそう断言した。


「それに、今はあの町の連中によく思われることより、先へ進むことのほうが必要だろう?」


それはそうだ。

僕ら、みんな、頷いた。


「みなさんのこと、ちゃあんと分かっとる人も、ちゃあんとおるのじゃけどの。

 もっとも、余計なもめ事は起こさんことも、先へ進むには必要なことじゃ。」


だよね。

僕ら、もう一度、頷いた。


「これを持って行ってくれ。

 あの家主に渡してほしい。

 世話になった礼だ。」


アルテミシアはいつの間に作ったのか大量の薬草をピサンリに渡して言った。


「ほう。これは、家主も喜びましょうや。

 なにせ、あの町は、薬も値の張るものじゃからのう。」


ピサンリは山積みの薬草を嬉しそうに受け取った。

それからみんなの顔を見回して明るく言った。


「なになに、行きは例の通路を使わせてもらえるじゃろうし、帰りは馬車で走ってくる。

 ひと月もあれば、戻ってこられましょうや。」


「道は分かるの?」


僕はちょっと心配したけど。


「わしを、誰だと思うておるのじゃ?」


ピサンリはちょっと目をむいてみせた。


「星も月もお日様も、みぃんなわしの味方じゃ。

 安心して、任してくだされ。」


「そうだったね。」


僕はちょっと反省した。


「わしら、あの町に借りは一切ない。

 堂々と、出立いたしましょう。」


ピサンリはそう言って胸をはった。


僕ら全員、お腹から声を出して、おう!と答えた。




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