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それから僕らはおっちゃんの通路を使って、洞窟に帰った。
洞窟に着くなり、僕はいきなりルクスに抱きつかれた。
何事?ってアルテミシアのほうを見たら、アルテミシアがちょっと疲れたように笑って説明してくれた。
「君たちがなかなか帰ってこないから、心配していたんだよ。
ほら、あの町はなかなか物騒なところだしね。」
あ。そっか。
僕らが町の人たちに捕まって酷い目に合ってないかって、ルクスは心配していてくれたんだ。
「朝の話しだと、暗くなる前には帰るって、あたしも思ってたし。」
もちろん、アルテミシアも心配していてくれたんだろう。
僕はふたりに申し訳ないって思った。
僕より背のあるルクスは、僕のこと上からがっちりと捕まえたまま微動だにしない。
ちょっと重かったけど、なんだか幸せでもあった。
「ルクスってばさ。
荒れ野を越えて町へ行く、ってね。
だけど、馬もないし、町の方角も分からない。
行き違いになったらどうする、って言って、引き留めていたんだ。」
それは、アルテミシア、どうも有難う。
ここから町はとてつもなく遠いし、歩いて行くなんて、到底無理だって、おっちゃんも言ってたっけ。
「心配かけてごめんなさい。」
僕はがっちりと僕を捕まえているルクスの腕に触りながら言った。
「僕、畑で迷っちゃってさ。
その…おっちゃんとはぐれちゃって…」
僕は今日の出来事をふたりに話した。
ルクスに捕まったまま話すのはちょっと大変だったけど。
なんとかなった。
ルクスも、畑で白枯虫を見つけて溜め池が光った話しの辺りからは、僕から手を離して、横に座ってくれた。
ピサンリはみんなのためにお茶を淹れてくれた。
僕の話しの終わるころには、みんないったん座って、少し落ち着いていた。
ゆらゆらとした焚火の光に照らされるみんなの顔を、僕はひとりずつゆっくりと見ていった。
こうして洞窟でみんなの顔を見ていると、つくづく安心するなって思う。
そのみんなのなかにはもちろん、ブブも入ってる。
僕は、ブブの鼻先にちょんと指を触れて、そこにいるのを確かめた。
その夜はアルテミシアがご飯を作ってくれていた。
森だと食べるものはいっぱいあっていいんだ、って、アルテミシアは言ってた。
昼間、ルクスとふたりで、食材集めに行ったんだって。
久しぶりの森のご馳走、って感じで、僕は嬉しかった。
美味しい、美味しいって言って食べてたら、アルテミシアはすっごく嬉しそうに笑ってくれた。
ルクスは、こっちも食え、これも食え、って、自分のお皿のを、どんどん僕のお皿に入れるから、僕はちょっとだけ、困ってしまった。
ブブは、森のご馳走も、気に入ってくれたみたいだ。
僕のを分けてあげたら、黙々と食べていた。
「祓い虫ってのは、つくづくすごいものなんだな。」
ルクスはブブを見て感心したように唸った。
ブブは完全に知らん顔してご飯に夢中になってるように見えたけど。
「本当に。
この存在は、いったいなんなんだろうな?」
アルテミシアもじっとブブのことを見ていた。
「わたしは、白枯虫が光るところを、初めて見ました。」
おっちゃんは僕に言った。
「祓い虫たちのことは目に見えていました。
しかし、白枯虫のことは、祓い虫から聞いただけで、直接見たことはありませんでした。」
「今までは白枯虫は光ったりしなかったんだな?」
「なんで、白枯虫は光るようになったんだろう?」
ルクスもアルテミシアも僕のほうに尋ねるように視線をむけてきたけど、僕にも分からないよ。
「そこはそれ、なにがしか、賢者様のお力じゃろうて。」
ピサンリは自信たっぷりに言うけど。
そんなこと言われても、僕も困る。
「力?」
「やっぱ、笛か?」
ルクスとアルテミシアもそんなこと言って顔を見合わせてるけど。
「どうなのかなあ。
そういえば、この笛は、リョウシュの家に代々伝わる家宝だったんだっけ。」
僕はヌシ様の笛を取り出して見てみた。
なんの変哲もない、ただの笛に見えるんだけど。
なにか特別な力なんて…ありそうには見えないんだけど。
「まだ、いろいろと、確認は必要だと思うんですけどね?」
おっちゃんは恐る恐る切り出した。
「思いますに、あの溜め池の水の浄化は、もしかしたら、もう何もしなくても、このまま虫たちに任せてもいいかもしれません。」
「虫が勝手に浄化してくれるってこと?」
まさか、そんなことって、あり得る?
けど、おっちゃんは、はいって嬉しそうに頷いた。
「そういうサイクル?みたいなものができたのじゃないかと。」
「そんな調子のいいこと言ってていいのか?」
僕らのなかじゃ一番楽観的なルクスが、おっちゃんを訝し気に見た。
うん。僕もね、ちょっとね、それはどうかな、って思うよ?
だけど、おっちゃんは、大丈夫大丈夫と笑った。
「もちろん、確認はしますとも。
これからも、観察は続けます。
だけど、虫たちがやってくれるんなら、楽になりますねえ。」
…いいんだけどさ。
「ずっと虫たちと一緒に戦っていた人がそう言うんだ。
間違いはないだろ。」
おっちゃんに同意したのは意外なことに、アルテミシアだった。
「わしも、そう思うのう。
それに、わしは、あの溜め池の浄化を直接この目で見ておった。
おそらくは、賢者様のお力が、あそこの虫たちに、なにかの力を与えたのじゃろう。」
ピサンリは僕を見て頷くんだけど。
それを見て、ルクスも、お前までそう言うなら、って頷いた。
なんか、みんなしてそう言うから、それなら、僕もそう思うか、な。
そのときは、滅茶苦茶、半信半疑だったんだけどさ。
後になって、それは間違ってなかったって分かる。
そうして、それはまた、世界を一歩、進めることになったんだ。




