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白く枯れた森はなくなってしまったけど。

畑で呼べば、祓い虫はいるんじゃないかなあ。


ということになって、今日はそれを確かめることにした。

って、言っても、こんなに大勢ぞろぞろと畑にいたら目立つし。

虫を呼んでるところなんて、見られたらやっぱりいろいろと面倒そうだ。


それなら、と、今日は、それぞれ別行動することにした。


ルクスとアルテミシアは、洞窟に残って、エエルの石のことを調べたり、新しい紋章を考えたりするそうだ。

ピサンリは、馬と馬車の様子を見に、いったん、町へ帰ると言った。


結局、おっちゃんと僕が畑に行って、祓い虫を呼ぶことになった。


「お前たちふたりで大丈夫かなあ。

 やっぱり、俺、ついて行こうか?」


ルクスはぎりぎりまでそう言ってたけど。


「君が行って、町の連中と出くわすといろいろとまずい。

 後のことを考えると、別行動しておいたほうがいい。」


アルテミシアにぴしゃりと言われてしまった。


洞窟に残るってのは、多分、アルテミシアにそうしろって言われたからだろうな。


「心配いりませんよ。

 わたしは何度も畑には行っていますし。

 見つかったこともありません。」


おっちゃんは胸を張ってそう言ったけど、ルクスはじろっと睨んで返した。


「よく言うよ。

 処刑されかかってたくせに。」


うっ、とおっちゃんは言葉につまる。

僕も、今のはルクスの言う通りだと思う。


僕らにはもうひとり、心強い仲間がいた。

僕は、胸でブローチになってるブブの鼻先を、ちょん、と指で触った。

ブブは、何を考えているのか、まったく分からないんだけど。

祓い虫に仲間を呼ぶ能力とか、あるのかも分からないけど。

でも、ここに本物の祓い虫が一匹いてくれることが、今は妙に頼もしかった。


おっちゃんのあの通路を使ったら、畑までは、簡単に行くことができた。

ちなみに、普通に歩いて行ったらどのくらいかかるのか尋ねたら、およそひと月、って言われた。

それも、歩き慣れた旅人が、ほとんど休憩もとらずに、雨の日も風の日も歩き続けて、らしい。

普通の人なら、その何倍もかかる、というか、そもそも、歩き通そうなんて思えない、旅なんだそうだ。

途中、水場も少ないし、食料の補給も難しい。

もちろん、ちゃんとした道なんかないから、お日様とか月とか星とか、そういうのを頼りに、方角を見極めて歩かないといけない。

目印もなにもないところを、ただ、まっすぐに進む、ってのは、とても難しい。

下手すりゃ、いつの間にか反対の方角にむかってたって、多分、僕なんかは気づかない。

そんなに遠いところだったんだ。

そりゃあ、森に隠れたら、町の人たちにも見つからないわけだ。


ピサンリの村と僕らの森ともとても遠いと思ったけど。

あれより、ここは、もっともっと離れていた。


昔、あの森に棲んでいた森の民は、平原の民とは一切、交流をしなかった。

森と平原の民の町との間にあるのは、不毛の荒地ばかり。

そこへ棲もうっていう平原の民もいなかった。

その距離が、およそ、ひと月、の距離だ。


それを縮めてくれるおっちゃんの通路は本当に便利だ。

これは、おっちゃんがまだ森の民と一緒に暮らしていたころに、森の民に習った秘術なんだそうだ。

おっちゃんたちの暮らしていた森は、とてもとても広かったから、あっちこっちへすぐに行けるようにあの通路がたくさん作ってあったんだって。

僕らの森では、そういう通路は使ってなかったから、そういう秘術があることも知らなかった。

同じ森の民と言っても、違うもんだなあと思った。


畑は相変わらず人気がなかった。

とてつもなくいいお天気で、久しぶりの平原は、ものすごく暑かった。


ピサンリは畑のところで僕らと別れて、ひとり、町へと歩いて行った。


そうして残ったふたりで、虫を呼ぶことにした。

辺りに誰もいないのを確認してから、おっちゃんは、とことことこと太鼓をたたき始めた。

僕が笛を吹いてもよかったんだけど、僕の笛の効果って、イマイチ、ちゃんと分からないし、思いもよらない結果を招くことも、わりと多い。

ここは、虫を呼ぶ、ことに特化したおっちゃんの太鼓のほうが、断然よかった。

僕は、誰か来たら困るから、見張りをすることにした。


しばらく、とことこ、とおっちゃんは太鼓を叩き続けたけど、祓い虫は姿を現さなかった。

お日様にじりじりと照らされて、おっちゃんは汗びっしょりだった。


「虫、出ないね?」


「出ませんね。」


「もしかして、ここの畑の穢れって、なくなったのかな?」


「どうでしょう?」


おっちゃんは首を傾げるばかり。


僕は笛を吹いて白枯虫を呼べないかなってちょっと思ったけど。

あのときは、本当に、たまたま、白枯虫が出てきたけど、今度も出てきてくれるかどうかは自信がない。

それに、笛の音は遠くまで響くし、こんなところで吹いたら、見つけてくださいって言ってるようなもんだ。


場所を変えて、何回かおっちゃんが太鼓で祓い虫を呼ぶのを試してみたけど、やっぱりだめだった。


さて、困った。


いや、祓い虫が出ないってことは、白枯虫もいないってことだから、これでよかったのか?

この畑はもう、穢れてはいない、ってことなんだよね?


「畑が穢れてるって、どうやって分かるの?」


「虫が、出るかどうか?」


微妙に首を傾げて、語尾疑問形な辺り、おっちゃんも頼りになんないなあって思う。


「じゃ、虫が出ないってことは、ここはもう、穢れてない、んだよね?」


「………」


そこで黙られると困るんだけど。


でも、おっちゃんにも分からないんだよね。


結局、一日中、あっちこっち、太鼓をたたいて回ったけど、虫は一匹も出てこなかった。


畑仕事をしている人たちと出くわさないかと気にしながらだったから、結構、僕も疲れた。

幸い、一度も誰とも会わずに済んだけど。

もう今日は帰って作戦を練り直そう。

そう言おうとしたときだった。


ぶ、ぶ、ぶ、ぶ、ぶ、と突然、胸のブブが飛び立った。

もうずっと、うんともすんとも言わなかったのに。

いったい、どうしたんだ?

僕は慌ててブブを追いかけた。

勝手にどこかへ行ったら、迷子になっちゃうよ?


よくよく考えたら、ブブは、僕の胸が気に入って自分でそこにいるだけで。

友だちだって思ってるのも、僕だけかもしれなくて。

だから、迷子もなにも、ブブは自分の好きなところへ行くってだけなんだけど。

僕にとってはもう、ブブも、いなくなったら困る仲間のひとりだったから。


辺りはいつの間にかもう夕方だった。

夏の一日は長くて、夕暮れの時間も長い。

畑をかき分けるように涼しい風が吹いてきて、辺りはざわざわと揺れた。


こんなにずっとここにいたのに、今日は誰とも会わなかったな。

畑で働いている人はたくさんいるはずなのに、みんなどこにいるんだろう。


あんなに急いだのに、僕はいつの間にか、ブブを見失ってしまっていた。

そうして、おっちゃんとも、どこかではぐれてしまっていた。


人気のない畑の真ん中で立ち尽くして、僕はただ、辺りを見回していた。







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