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朝食の後、僕らはまたエエルの石を拾いに行った。

だけど、エエルの石は、本当に、いっぱい落ちていて、拾っても拾っても、まだ落ちていて、僕ら全員、持ちきれなくなるぎりぎり手前まで拾ったけど、それでも、まだまだ落ちていた。


最初こそ、あ、あっちだ!あ、こっちにもある!って感じで、見つけるたびに嬉しかったんだけど。

そのうちに、探さなくても見つかるもんだから、なんかみんなして、黙々と、ただ拾い集めるって感じになっていた。


それぞれ背負い袋にいっぱい拾って、流石に、もういいかな、ってなった。

頑張っても頑張っても、拾い切れるような量じゃなかったし。


一日、エエルの石拾いやって、その夜もおっちゃんの洞窟に泊めてもらった。

おっちゃんはもう、嫌な顔もしなかった。


夜になると、ピサンリとルクスは、拾ってきたエエルの石でいろいろな実験をした。

そもそも、エエルの石として、紋章を描けるのかどうかから確かめないといけない。

こんなにたくさん拾ってきたのに、使い物にならなかったらがっかりだな、って一瞬思ったけど。

使ってみたら、それはそれは質のいい、なんなら、ピサンリのじいさまのよりもいいくらいの石だ、って分かって、とりあえずはほっとした。


いい石だ、ってのは、描いた紋章の継続時間が長い、ってことらしい。

この石なら、それほど焦って描かなくても、描いた先から消えてしまう、なんてことがないそうだ。

もっとも、ほうっておけばいずれ消えるは消えるんだけど。

少しは余裕をもって描いても、紋章を完成させられるということのようだった。


それに喜んだのはアルテミシアだ。

ほう、これはいい、と言うなり、紋章を描きだして、あっという間に秘術と秘術を複合させた大秘術をいくつも見せてくれた。


熱くない火で夜空に絵を描くとか。

鳥みたいに飛び回りる火の玉をあっちこっちに飛ばすとか。

山のように大きな人の幻を出すとか。


いやもう、みんなして、あんぐり口が開きっぱなしになるような、びっくり秘術だらけだ。

まあ、こんなの、なにに使うんだろ、って気もしないこともないけど。

それにしても、こんなにいろんな紋章をあっという間に思い付くなんて、アルテミシアって、本当にすごい。

みんなして盛大な拍手をしたら、アルテミシアはちょっと照れたみたいに笑った。


「実は、いくつかは前から紋章は考えていたんだ。

 だけど、どうしても、消えてしまう前に完成させきれなくて。

 貴重な石を、そう無駄遣いもしてられないし。

 しかし、この石なら、描き切ることも可能だ。

 なんだか、まだまだ、新しい紋章を思い付きそうだよ。」


なんか、アルテミシアには珍しいくらい、ほっくほく、だ。

是非是非、また面白い秘術を披露してね?


みんなが寝た後も、ルクスは実験を続けていた。

エエルの石に、水をかけたり、叩いて砕いてみたり。

火にくべてもみたらしい。


何をしても、エエルの石は欠けたり壊れたりしなかったし、その能力が失われることもない。

それを確かめて、ルクスはようやく朝方眠ったようだ。


あんなにたくさんのエエルの石。

雨ざらしに放置しておいても、すぐに消えたりしないか、確かめたかったみたい。


エエルの石が減るのは、秘術を使ったとき。

だけど、それも少しずつ少しずつだ。

あれだけあったら、もう当分は、エエルの石が足りなくて困る、なんてことはないような気がした。


みんなが喜んでいる間、だけど、僕は、少しだけ祓い虫のことが心配だった。


今もブブは僕の胸にじっととまって、ブローチに擬態している。

何を考えているのかなんて、全然分かんないんだけど。


あのとき見たたくさんの白い光と黒い影。あれは白枯虫と祓い虫なんだろうか。

一晩で白く枯れた森はなくなってしまったけど。

もう、白枯虫は、いなくなったのかな。

ということは、祓い虫も、もういなくなったのかな。


確かめなくちゃいけない、と思いつつ、だけど、ちょっと怖くて、それを言い出すこともできなかった。

もしも、本当にいなくなってたら。

それを確かめるなんて、怖い。


おっちゃんはどう思ってるのかな。

聞いてみたいけど、なかなかそれもいいタイミングがつかめなかった。


おっちゃんは、僕よりもずっと長く祓い虫たちと過ごしてきたわけだし。

もし、彼らがいなくなってしまったとしたら、僕よりもっと、ショックだと思う。

虫のこと、同士、って言ってたくらいなんだから。


僕にとっては、ルクスやアルテミシアやピサンリは、同士、だと思う。

その人たち、誰ひとり欠けたって、耐えられない。

同士、ってのはそういうものだと思う。


わざとじゃないけど、おっちゃんの同士がいなくなったのは、僕のせいだ。

そうなるなんて、予想もしてなかったけど、でも、実際にそれを引き起こしてしまったのは僕だもの。

おっちゃんは僕のこと、憎いって思ってるかもしれない。

そう考えると、話しかけるのもなんだか怖かった。


夜明け前。まだ薄暗い時間。

ルクスがようやく寝たころ、僕は逆に目が覚めてしまった。

ずっと、一晩中、ルクスまだ起きてるんだなあ、って思ってたけど。

やっと寝た、って安心したら、今度は自分が目が覚めちゃったんだ。


寝返り、とかして、しばらくは横になってたんだけど。

ごそごそしてたら、せっかく寝たばっかりのルクスを起こしちゃうなとか思いだして。

それで、僕は、こそっと洞窟を抜け出した。


この間も、こんなふうに脱け出して、白い森に行ったんだっけ。

せっかくだし、エエルの石でも拾ってくるかなあ。

昨日もたくさん拾ってきたけど。

これから、もっと必要になるかもだし。

あっても邪魔にはならないだろう。

そんなことを、考えながら歩いていた。


と、ふと、とことことこ、と森のなかに響き渡る太鼓の音が聞こえた気がした。


おっちゃん?


おっちゃんが、祓い虫たちを呼んでいるのかもしれない。


僕はそっと木の陰に隠れながら、太鼓の音を頼りにそっちへ行ってみた。

音を立てないようにそっと覗くと、おっちゃんが、荒地の端に座って、とことこと太鼓をたたいていた。


少し離れていたから、目を凝らして、じっと観察する。

何度も何度も、目をこすりこすり、見直したけど、おっちゃんの周りに、虫はいなさそうだった。


…やっぱり、祓い虫もいなくなっちゃったんだ…


僕はおっちゃんにどう言っていいか分からなくて、そのまま木の後ろに隠れていた。


白枯虫がいなくなったのは、よかったんだ、と思う。

これで、もうここから白枯病が拡がる心配はなくなったんだし。

地下水の穢れ、ってのもなくなったのだとしたら、畑が祓い虫に襲われることもなくなる。


祓い虫は、悪い虫じゃないけど、畑を作っている人たちにとっては、憎い虫だから。


しばらくそのまま見ていたら、太鼓をたたいていたおっちゃんは、少しずつ前のめりになってそのままうずくまるように丸くなってしまった。

お腹でも痛いのかもしれない。

僕は慌てて木の陰から飛び出した。


「おっちゃん!大丈夫?

 お腹、痛いの?」


駆け寄って背中をさすったら、おっちゃんが、うっ、と呻くのが聞こえた。


えっ?ええっ?


「ちょっと待っててね?

 今、アルテミシアを呼んでくるよ。」


僕が駆けだそうとしたら、おっちゃんは、顔を上げて、いいえ、と言った。


「…すみません、心配をかけて。

 大丈夫。からだはなんともありません。」


おっちゃんは小さな声でそう言ったけど、僕は、あっと思った。

おっちゃんは、うずくまって泣いてたんだってことに、そのとき初めて気づいた。


…泣いてるところなんて、見られたくなかった、かな…


僕は少しずつ少しずつ後退りしながら、おっちゃんから離れようとした。

そうしたら、おっちゃんはちょっと笑って、もう一度、すみません、って言った。


「少し、淋しい、とか思ってしまって。

 長い間、もうずっと、ひとりきりでしたから。」


「っだ、だよね?うん。大事な、仲間、だもんね。」


僕は思いっきり同意してみせたけど。

おっちゃんはそれ見て、ちょっと困ったみたいに笑った。


「…この石がね、あの子たちが姿を変えたもの、みたいに思えるんですよ。」


おっちゃんが広げた掌には、エエルの石が一個、のっかっていた。


う。だよね?

それを、さんざん踏んだり叩いたり、水に沈めたり、火にくべたり。

考えたら、なかなか残酷なこと、していたよね。


「…ごめん。僕ら、おっちゃんの気持ちも考えないで…」


「いいえ。

 賢者様のなさることは、必要なこと、ですからね。」


賢者様、って、僕らときどき呼ばれるけど。

全然、賢くなんか、ないんですけど。


「白枯虫は、いないにこしたことはない。

 だから、祓い虫も、いないにこしたことはない。」


ぽつぽつと話すおっちゃんの傍に僕はしゃがみこんで、うんうん、と頷いた。


「そんなことは、分かってるんですよ?」


うんうん。


「それに、あの子たちとは、またどこかで会える気もするんです。

 人たちにとっては、あの子たちは、いないほうがいいもの、なんでしょうけど。」


うんうん。


「この森が浄化されても、白枯虫は、多分、いなくなりません。」


うんうん。


「だって、ここは白枯虫が最初に生まれた場所では、多分ないと思います。

 ここにも、白枯虫は、どこか余所の場所から、ある日突然、やってきたんです。

 世界中に、白枯虫は、拡がっているんです。」


それは、忌々しき事態、なんだけど。

おっちゃんは話しながら、なんだか少し元気になったみたいだ。


「それにまだ、井戸水の問題も残っていますしね。

 こんなところで、淋しがってる場合じゃなかった。」


おっちゃんはそう言うと、自分から立ち上った。


そうだった。まだそれが残ってるんだった。

淋しいってのは、全部終わってからにしよう、って僕も思った。










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