101
朝になって起きてきたみんなに、僕は昨夜見たことを話した。
「その光ってのは、白枯虫なんじゃないのか?」
ルクスの言葉にみんな、うんうん、と頷いた。
「後から来た黒い緞帳は、祓い虫、じゃな?」
ピサンリの付け足した言葉にも、みんな、うんうん、と頷いた。
「わたしは、白枯虫のようなものを見たことはなかったのですが。
流石、本物の森の民のお力は違う。」
おっちゃんに妙にきらきらした目をむけられて、僕は思わず下をむいた。
「…僕は、なんにも。」
「しかし、そんなにいっぺんに、白枯虫が出たりして、森に問題はなかったのか?」
ぼそっとアルテミシアが言った言葉に、全員、あおざめた。
「確かに。」
「なんかあったら大変だ。」
「見に行くとするか。」
まだ朝食もとってなかったし、なんなら朝の身支度もできてなかったんだけど。
みんなあわてて白く枯れた森に走った。
ピサンリって、足、早かったんだ。
小柄なのを活かして狭い隙間も通り抜けるし、脅威の跳躍力で障害物も飛び越える。
枝にぶら下がって、枝から枝へと飛び移り、それはまるで、森に棲む獣みたいだ。
ルクスもいつも通りすごい。
ひょいひょいと枝を伝って下枝の上に上ると、そこには、他の人には見えないルクスの道がある。
すらりと長い脚で、離れた枝にも飛び移り、あっという間に先へいく。
みるみるうちに、僕ら、ふたりに置いて行かれていた。
アルテミシアは、本気出したら、多分、ルクスと同じように進めるんだろうけど。
今日は僕に合わせて、地上を歩いてくれていた。
おっちゃんは、多分、森に慣れてない普通の平原の民よりは、進むのも早いんだろう。
僕も、森の民だけど、おっちゃんとどっこいどっこい、くらいのスピードだった。
鬱蒼とした森は、あの道ですぱっと途切れてしまうんだけど。
森を抜けた途端に、目の前に広がった光景に、僕らは目を疑った。
左右にどこまでも続く大きな道。
そのむこう側には広く、見渡す限りの白く枯れた森。
のはずだったんだけど。
その白く枯れた森、はどこにもなかった。
もしかして、先に着いたルクスとピサンリが、赤い火を使ったのかな?
いや、そんなわけない、って頭では分かってるんだけど。
それ以外に、そこがそんなふうになってることに説明がつかなかったから。
本当に。あの白く枯れた森は、どこへ行っちゃったんだろう、ってくらい、どこにもなかった。
一夜にして、森の木に足が生えて、一斉に、どこかへ歩いて行った、なんて、あり得ないって分かってるけど。
そのくらい、そこには、なんにも、なかった。
ただ、何も生えていない荒れた土地があるだけ。
道も、道ですらなくなって、荒れた土地の一部になっていた。
僕らは根っこが生えたみたいに、森と荒地との境界に立って、ただ、呆然と立ち尽くしていた。
「おおい!」
そう呼ぶ声がして、右のほうからピサンリの走ってくるのが見えた。
「あっち、とりあえず、行けるだけ行ってみたが、白く枯れた森は、どこにもなかったぞ!」
ピサンリはぜいぜいと息を切らせながら言った。
「おーい!」
反対側からルクスの走ってくるのも見えた。
「こっちも。なんにもない。
一夜にして、あの白く枯れた森は消えちまったみたいだ。」
ルクスもとても驚いているみたいだった。
「昨日、俺たち自身も、あの森は見ているからな。
そうでなかったら、ここにあの大きな白く枯れた森があったなんて、言われても信じないところだ。」
「昨日、見ておいてよかったな。」
アルテミシアはうんうんと頷いていた。
「…白く、枯れた、森が、なくなった?
あれだけ広い森が?」
おっちゃんは目の前の光景を、信じられないようだった。
何度も何度も、目をこすったり、自分のほっぺたをつねったりしていた。
確かに、僕だって、おっちゃんと同じ気持ちだった。
あんなに広かった白く枯れた森が、一晩で跡形もなくなるなんて。
「まさか、ルクスとピサンリ、先に行って、赤い火、使ったなんて…」
「いくらなんでも、こんなに短時間で、あれ全部、燃えるわけないだろ?」
「前の冬、一冬がかりで焼いた森も、ここよりは小さかった。
あの大きさの森を焼いたとしても、一年以上かかるわい。」
ふたりは揃って否定した。
「君のやったこと、それが浄化になったんじゃないか?」
アルテミシアは僕をじっと見て言った。
「それしかないだろうな。」
ルクスも僕をじっと見た。
みんなの視線が集まって、僕は滅茶苦茶焦った。
「え?
いや、でも、僕…」
そんなつもりなんてまったくなかったし…
「そうじゃ!これを見てくれ。」
ピサンリはそう言って、ポケットからなにか光るものをごろごろと取り出した。
「おう!それ、俺も拾った。」
そう言って、ルクスも何か掴んで差し出した。
「エエルの石?」
ふたりの掌にのっているものを見て、僕は呟いた。
それは、秘術の紋章を描くときに使う石にそっくりだった。
「まだ確かめておらんが、そうではないかとわしも思う。」
ピサンリは頷いた。
「ピサンリのじいさまに作り方を習おうと思ってたけど。
こんなところにごろごろ落ちているとはな。」
ルクスはなんだか嬉しそうだった。
「どこにあったんだ?」
アルテミシアに尋ねられたふたりは、元は白く枯れた森があった、何もない荒地を見渡した。
「そこいらじゅう。どこにでも。」
「おそらくは、白く枯れた森のあったところじゃ。」
「あの森の木が、この石に姿を変えた、のかなあ?」
ルクスは石ころをお日様にかざして観察しながら、首を傾げた。
「そうとしか思えんほど、そこいらじゅうに、ごろごろしておった。」
ピサンリはアルテミシアを見上げて頷いた。
僕はちょっと、ぞくっとした。
こんなにたくさん、エエルの石が手に入るなんて。
よかった、ん、だよね…?
「いったい何がどうなって、そうなんたんだ?」
訝し気に見つめたアルテミシアに、さあな、とルクスは明るく笑った。
「しかし、これで助かったのは間違いない。
あとは、ここの連中が赤い火の紋章さえ習得してくれれば、いつでも俺たち、出発できるぞ。」
そうだった。それで僕ら足止めくらってたんだから。
「ともあれ、ここでいつまでも話していても仕方ない。
帰って朝食にするかのう。」
背伸びをして、ピサンリはくるりと振り返ると歩き出そうとした。
「ほれほれ。皆の衆。
腹が減っては戦はできぬ。
相談は食べながらでもできるわい。
とっとと帰るぞ?」
ピサンリに言われて、僕らも慌てて歩き出した。
帰りはピサンリもルクスも、枝から枝に渡ったりしないで一緒に歩いて帰った。
道々、ルクスは何回も僕に、何をやった?と尋ねた。
だけど、僕は、笛を吹いた、としか答えられない。
そうしたら、ルクスは、そうか、と納得したようなしないような顔になる。
けど、またしばらくして、やっぱり、お前、何かやったんだろう、何をやったんだ?って聞くんだ。
とうとうアルテミシアに、いい加減にしろ、ルクス、と叱られるまで、ルクスは延々、同じ質問を繰り返していた。