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その夜はみんなでおっちゃんの洞窟に泊めてもらうことになった。

おっちゃんのあの暗闇の通路を使えば、町に帰ることもできるって言われたんだけど。

みんな、今、町に帰ってもいろいろと面倒だし、と言って、あまり帰りたくはなさそうだった。

馬のことは心配そうだったけど。

世話は頼んできたから、とピサンリは言った。


町の人たちには僕が虫使いなんじゃないか、って疑われてる。

虫を呼んで、見つかったら姿を消した、みたいに言ってる人たちもいるらしい。

確かに、あの状況じゃ、それも仕方ないかなって思う。

だけど、ルクスやアルテミシアまで、本当は虫使いの仲間で、虫を退治してみせたのも、油断させるためだ、とか言われてるらしい、って聞いて、なんだか悲しくなった。

もちろん、そういうこと言ってるのって、町の人全員ではないんだけど。


親しくなった人たちは、そんなことはない、って否定してくれてる人もいるみたいだけど。

僕らだって、町の人全員と友だちなわけじゃないし。

特に、僕は、ほとんど家にいて、あんまり外には出てなかったから。

どうにも、怪しいやつだ、ってそもそも思われてたんだね。


おっちゃんは、僕らに帰ってほしそうだったけど。

泊めてくれるよな?ってルクスに言われて、ほ、ほい、って返事、してた。

ごめんね?


そうと決まれば、僕ら手分けして晩御飯の材料を採りに行く。

ここは、故郷の森とは違うけれど、それでも森には違いないから。

森なら、僕ら、食べるものはいくらでも調達できるんだ。


ルクスは早速、大きな鳥を獲ってきた。

アルテミシアは、魚をたくさん。

僕は、食べられる根っこや葉っぱ、木の実をいっぱい。

森苺の群生地を見つけて、ほっくほく、だよ。


それをピサンリが料理してくれる。

最低限の調味料とかスパイスはいっつも腰につけた袋に入れてあるんだって。

おかげで、その夜は、久しぶり、ってくらいのご馳走になった。


町でも、いろんな人に差し入れをしてもらっていたから、それなりに食べるものはあったんだけど。

やっぱり、森のご馳走にはかなわない。

なんだか、僕らだけこんなに美味しいもの食べてるの、申し訳ない気もするけど。


畑にはあんなにたくさん、見事な作物が実っているのに。

町の人たちは、あれは、まったく食べないんだよね。


でも、おっちゃんに言わせると、あの作物は白枯虫にやられているから、食べないほうがいい、らしいんだけど。

けど、それならそれで、それ余所へ持って行って売ってるってのも、いいことじゃないよね?


みんなでわいわいご飯を食べたら、おっちゃんも、少し、僕の後ろから出て来よう、って気になったみたいだ。

あのとびっきりからだによくてとびっきりまずいお茶を食後に淹れてくれた。


夜はみんなそれぞれに好きなところで雑魚寝した。

夏なんだけど、久しぶりの森の夜は、町や村よりもひんやりしていて、少し肌寒いくらいだった。

前はこれが普通だったんだなあ。


夜中に目が覚めて、僕は少し、外を歩いてみたくなった。

今の町に来てから、夜はなんだか怖くて、馬車から離れたことはなかった。

昼間でも、庭の外には滅多に行かないけど。


でも、森だと、夜でも怖くない。

本当は、知らない森は、もう少し警戒すべきなんだけど。

森だ、ってだけで、こんなにわくわくして、歩きたくなってしまうんだ。


みんなよく寝てたから、起こさないように気を付けて静かに外に出る。

胸にくっついたままのブブだけが、僕についてきた。


夜の森には光る虫や光る植物がいっぱいで、昼間とはまた違うとびきりの場所だ。

みんなにも見せてあげたいなあ、ってちょっと思ったけど。

睡眠と、この景色と、みんなにとってはどっちが貴重か、を考えて、起こすのはやめておいた。

森はきっと、明日の夜も、こんなふうに綺麗だろうし。

みんな疲れているみたいだから、今は休んだほうがいいと思ったんだ。


森の歌は聞こえなくなってしまったけど。

こんなふうに森のなかを歩いていると、やっぱり、森って最高の場所だと思う。

静かに目を閉じ、呼吸をゆっくりにして、辺りの気配を全身で探る。

両手を広げて胸を開き、森に溶け込むように、僕の境界線を消していく。


すると、歌じゃないんだけど、囁きのような声が聞こえる。

包み込むように優しくて、それでいて、冒し難いくらい厳かな。

その声に、僕はからだごと持ち上げられて、どこかへ連れて行かれそうになる。


はっと気づくと、いつの間にか、森の端っこ、あの大きな道のところへ来ていた。

このむこうは、白く枯れた森。

ここは、その境界だ。


境界というものが、こんなにもはっきりと目に見える場所って、実は少ないんじゃないかと思う。

そして、境界はくっきりと、こちら側とあちら側を分けていた。


僕はこちら側の端に立って、あちら側をじっと見ていた。

白枯虫、という虫が、目に見えないかな、と思いながら。


白枯虫は、あんなふうに森を白く枯らしてしまう。

祓い虫は、あんなふうに白く枯れた森から生まれて、白枯虫を食べる。


たとえば白枯虫がこの世からいなくなれば、森は枯れることもない。

だけど、そうなったら、祓い虫も、この世からいなくなる。

白枯虫がいなければ、祓い虫は生まれない。

白枯虫にとっては、祓い虫はいないほうがいいんだろうな。

白枯虫が頑張って森を枯らせば枯らすほど、水を伝って世界に拡がるほど、祓い虫もまたあっちこっちでたくさん生まれてくるんだ。


白枯虫も、祓い虫も、いったい、どんな気持ちなんだろ?

虫に気持ちなんて、ないのかもしれないけど。


ここまで来たら、笛を吹いても、洞窟には聞こえないだろう。

僕は、そこへ腰を下ろすと、ヌシ様の笛を引っ張り出した。

なんだか、今ここで吹くのは、これのような気がしたんだ。

ブブはこの笛の音が大好きだし。

ブブのお友だちだって、この笛の音は好きかもしれない。


僕が笛を取り出すと、胸にじっと止っていたブブが、ぶ、ぶ、ぶ、ぶ、ぶ、と飛び上がった。

なんだか、期待でもしているみたいに。

僕はブブの期待にお応えして、静かに吹き始めた。

もっと陽気なほうがブブはお気に入りだけど、今は真夜中だし。

ブブ以外の虫たちは、うるさいのは嫌いかもだし。


虫って夜は眠るのかな?

一晩中鳴いてる虫もいるけど。

虫って、いつ眠るのかな?

ブブは四六時中、寝てるけど。


静かに静かに笛を吹く。

道沿いに風が吹き抜けて、笛の音をさらっていく。

どこまでもどこまでも、笛の音が響いていくのが分かる。


しばらく、吹いていたら、ふと、目の前の白く枯れた森のなかに、光が灯った。

最初は、ぽつん、とひとつだけ。

何かの見間違いか目の錯覚だろう、って見ないフリしてたら、そのうちに、ぽつ、ぽつ、と灯りは増え始めた。


これは、見間違いなんかじゃない。


だけど僕は、あえて知らない顔をして、笛を吹き続けた。


やがて、光は白く枯れた森じゅうに拡がっていった。

光の固まったところは、反射して眩しいくらい。

それは、冬至祭りに灯す灯よりもたくさんあった。


白く枯れた森だけど。

こんなふうに眩しく輝いていると、不思議な別世界みたいだ。


白く枯れた森のこと、僕は生き物のいない冷たい世界だって思ってた。

だけど、そこは祓い虫の住処だった。

枯れて朽ちていくしかない世界にも、生きて動いて食べるものがいた。

もっとも、祓い虫は、生き物じゃない、っておっちゃんは言ったっけ。


森中に満ちた光は、あっちこっちから、ふわり、ふわり、と浮かび上がった。

ふわり。ふわり。

近くの光が浮かび上がると、その隣の光も、慌てたみたいに、飛び上がる。

まるで、置いて行かないで、って言ってるみたいに。


ふわ。ふわ。


気が付くと、白く枯れた森中に、小さな光が飛び交っていた。


綺麗、だ。

これは、文句なしに、綺麗だ。


僕はうっとりしながらも、今きっと笛をやめたら、この光は消えてしまうと思って、笛を吹き続けた。

まだもう少し、この光を見ていたかった。


と、そのときだった。


突然、ぶ、ぶ、ぶ、ぶ、ぶ、という凄まじい音が響いた。

そうして、森のなかから、一斉になにかが飛び立つ気配があった。


それはまるで、無数の光を覆い隠す、真っ黒い緞帳だった。

黒の帯の渡ったところは、まるで宙に線を引いたように、光が消えてしまっていた。


慌てた僕は思わず笛を取り落としてしまった。

そうして呆然と、ただ、呆然と、目の前の光景を見ていた。


光は闇に飲み込まれていく。

抵抗することも、逃げることもなく。

みるみるうちに、黒の緞帳は、光を全部飲み込んだ。

そしてそこは、元の静かな白く枯れた森に戻っていた。


僕は怖くなって、急いで洞窟に引き返した。

それからマントにしっかりくるまって、ぎゅっと目を閉じた。

だけど、まったく眠れなくて、そのうちに、辺りはゆっくりと明るくなっていった。






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