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いないと思ったら、ルクスとアルテミシアは、あの本を抱えて、旅の人たちと何やら楽しそうに談笑していた。
大勢の人たちがそのテーブルの周りに集まっている。
いや、だから、その本って、すっごく大事な物らしいよ?
そんな無造作に、食事の並んだテーブルで開いたりして…
ソースとかついたら、どうするんだろ。
「アルテミシア?」
ルクスは、何やら本を指さして、旅の人たちと話しに夢中になっている。
僕は人垣の間に潜り込むと、アルテミシアの袖を後ろからそっと引っ張った。
「うん?どうした?
新しい友だちができてよかったなあ。」
それって、オルニスのこと?
「うちの郷にはあたしたちしか子どもはいなかったもんね。
旅の人の郷は子どもがたくさんいていいよね?」
アルテミシアは子どもにするみたいに僕の頭をよしよしした。
確かにそうだ。
この郷にはオルニスの他にも、まだ僕らより小っちゃい子どもも大勢いた。
「楽しそうに遊んでると思ったんだけど。」
確かに、オルニスはなかなか離してくれなかったけど。
子どもたちじゃなくて、大勢の一人前の大人に囲まれて、なにやら白熱した話しをしているルクスの姿が、ちょっと眩しく見えた。
「なんかさ、ルクスが、どうしても、この人たちに話しを聞きたいって言ってさ。」
アルテミシアは説明するみたいに言ってくれた。
「族長さんは読めなくても、直接、平原に交易に行ってた人たちなら、読めるかも、って。
実際、さっきからみんなで、少しずつ、本に書いてあることを読んでるんだ。」
本を?読んでる?
「何のために?」
「さあねえ。
ただ、知りたいだけなんじゃないの?」
…そっか。
「…世界は、平原の民が、救ってくれるんでしょう?」
「それは、どうかな?」
「だって、前は救ってくれたんでしょう?」
「らしいね。」
「じゃあ、今度もきっと…」
「まあ、そうかもねえ。」
アルテミシアはルクスのしている話しが気になるみたいで、目はずっとそっちを見たまま、適当な相槌をうつ。
僕はちょっと憮然となった。
「ねえ、アルテミシア、それより、相談があるんだ。」
「相談?なに?」
やっと、アルテミシアはこっちを見てくれた。
「実はさ、族長さんが、一緒に行かないか、って言ってくれてて…」
「アマンへ?」
あっさりその名を言ったアルテミシアに、僕はちょっと目を丸くした。
「アルテミシア、その名前、知ってたの?」
「…まあね。
そうだね。この人たちと一緒に行けば、郷のみんなにもまた会えるかもなあ。」
アルテミシアは遠いところを眺める目になった。
「アルテミシアはお父さんやお母さん、おじいちゃん、おばあちゃんとも、また会えるね。」
僕はちょっと力を込めて言った。
アルテミシアの家族は、郷の仲間たちと一緒に行ってしまったのだから。
アルテミシアはちょっと笑って、また僕の髪を撫でた。
「だけどさ、君は、家族とは会えない。行ってしまったら。」
「…僕は…僕の家族は…
もうずっと前に、僕を置いて行ったんだから。」
僕はアルテミシアから目をそらせて、下をむいた。
「…だね。」
アルテミシアはちょっと寂しそうな目になって、僕をじっと見た。
「あたしは、この三人が一緒にいられれば、それでいいかな。
アマンでも。ここでも。
三人でいられるなら、あたしは、どっちでもいいな。」
「…そっか。」
ルクスは?
ルクスはどうなんだろう?
僕は話しに夢中になっているルクスの横顔をじっと見つめた。
ルクスは、一緒に行きたいって、思うかな。
それとも、ここに残ろうって、思うのかな。
だけど、なかなか話しかける隙はなさそうだった。
「君は、どう?
旅の人たちと一緒に行きたい?」
アルテミシアはゆっくりと僕に尋ねた。
だけど、僕は首を、縦にも横にもふれなかった。
「…分からない…
族長さんは、僕らは、種、だ、って言うんだ。」
「種?」
族長さんから聞いた話を僕がしたら、アルテミシアは、ふぅん、って頷いた。
「そっか。
あたしたちって、種なのか。」
「やっぱり、残りたい?」
尋ねる僕を、アルテミシアはすっごく優しい目をして見た。
「いや、やっぱり、あたしは、どっちでもいい。
あたしは、自分が種になりたい、とも思ってないし。
ただ、君と、ルクスと、一緒にいられれば、いい。
大事なのはそれだけ、だなあ。」
「…そっか。」
やっぱりルクスとも相談するしかないな、と思った。
だけど、ルクスは、そのまま夜が明けるまで、延々と話しを続けていた。
割り込む隙なんて、ありゃしない。
僕は、ルクスに話しかける機会をずっと伺っていたんだけど。
いつの間にか、アルテミシアにもたれて、眠ってしまっていた。