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7月25日

 7月25日、真人はじっと外を見つめている。今日から自由研究を始めよう。今日から時々、東京の都心に行って、いろいろと調べてみよう。そうすれば、きっと何かがわかるかもしれない。そして、自由研究のために何かを知る事ができるかもしれない。


「おはよう」


 真人は振り向いた。そこには夏江がいる。


「おはよう」


 夏江は不思議に思っている。どうして真人は外を見ているんだろう。外に何があるんだろうか? いつもの住宅地が広がっているだけなのに。


「今日、ちょっと東京に行ってこようかな?」


 河童は驚いた。東京? どんな所だろう。河童は興味津々だ。


 夏江は思った。東京に行って、何を見つけてくるんだろう。それを自由研究のネタにしようと思っているんだろうか?


「どうして?」

「自由研究で調べたい事があってね」


 いよいよ自由研究のネタ集めを本格的にしていくようだ。でも、東京に行って、何があるんだろうか? そもそも、東京ってどこだろう。


 夏江はすごいなと思った。この子ならきっと、いい自由研究を作るだろう。


「そう。いいじゃない。行ってきなよ」

「はい!」


 真人は時計を見た。そろそろ向かおう。とりあえず今日は、代々木辺りを歩いて、何かを見つけてこようかな? この辺りで、気になる場所があったので、探索してみたいな。


「じゃあ、行こうか?」

「うん」


 真人は振り向き、出発の準備を始めた。貴重品を入れて、リュックを背負った。


 真人は1階の玄関に向かった。だが、その理由は友達を遊ぶためではない。東京に向かうためだ。


「行ってきまーす」

「行ってらっしゃい」


 真人は家を出発した。向かう先は田園都市線の駅だ。田園都市線は渋谷と中央林間を結ぶ東急の路線で、東横線に次ぐ東急の幹線のような感じだ。大井町線から乗り入れる電車を除き、常に10両の電車が行き来していて、朝のラッシュは都内屈指と言われている。渋谷駅からは東京メトロ半蔵門線に乗り入れ、押上駅から先は東武鉄道の南栗橋駅まで乗り入れている。その為、半蔵門線の電車や東武の電車も乗り入れてくる。


「どこへ行くの?」

「東京。まぁ、江戸だな」


 ようやく河童はわかった。江戸は東京になってしまったのだな。300年の間に、いろいろと変わったんだろうか?


「へぇ」


 しばらく歩いていると、高架駅が見えてきた。これが自宅の最寄り駅、ひばりが原駅だ。とても立派な駅で、周りにはビルが立ち並んでいる。とても賑やかな場所だ。300年前にここには田園風景が広がっていたとは思えないぐらいに変わってしまった。


 2人は改札を抜け、ひばりが原駅のホームにやって来た。ホームにはホーム柵があり、電車が到着するまで開かないようになっている。10年ぐらい前から安全対策でこの駅にもホーム柵が取り付けられた。山手線の新大久保駅で起こった転落事故がきっかけだという。


 しばらく待っていると、メロディが鳴り、電車が通過していく。この駅は普通のみの停車駅で、急行は通過する。河童は電車に興味津々だ。300年前に電車なんてないのだから。


「これは?」

「電車」


 河童は驚いている。300年の間に、こんなのができたのか。こんなに速く走るものって、見た事がない。


「ふーん。これに乗るの?」

「うん。これで東京に向かうんだ」

「そうなんだ」


 河童は辺りを見渡した。建物はほとんど木造だったのに、木ではないものばかりだ。こっちのほうが丈夫なんだろうか? ここにも時代の変化が感じられる。これから東京は、どうなっていくんだろう。全く想像がつかない。


 しばらくすると、電車がやって来た。その電車は、半蔵門線の押上まで直通する電車だ。紫色の半蔵門線の電車だ。2人は半蔵門線の電車に乗った。


 2人が乗ると、ドアが閉まった。それとともに、ホーム柵も閉まる。これから旅が始まる。そして、自由研究に向けた資料集めも始まる。


 河童は車窓から見る住宅街をじっと見ている。こんな高さから見る東京って、初めて見る光景だ。こんな光景が見られる時代になるとは。


「こんなに変わってしまったんだね」

「うん」


 河童は残念そうな表情をしている。風景が変わるのがこんなに残念なんだろうか?


「残念?」

「いや、驚いてるだけ」

「ふーん」


 驚いているだけのようだ。真人はほっとした。


 田園都市線は二子玉川の先で大井町線と別れ、地下区間に入る。この路線に並行して、かつて玉川線、通称玉電と言われる路面電車が走っていた。だが、交通渋滞などが原因で、ここに並行して新玉川線が建設され、開業とともに玉電は廃止になった。


「ここから地下に入るの?」

「うん」


 河童は地下を見た事がない。こんな所にも建設するって、人間の技術ってこんなに進化したんだな。


「信じられない。こんな所も開発するなんて」

「でしょ?」

「うん」


 ふと、河童は思った。今日はどこに行くんだろう。


「どこに行くの?」

「ちょっとインターネットで調べたんだけど、河骨川のあった場所」


 河骨川は渋谷にあった小さな川だ。だが、1964年に姿を消したという。今でもその遺構が残っているそうなので、実際に行ってみたいな。


「河骨川? 知ってるけど、どうなってるのかな?」


 河童は聞いた事がある。河骨という花が咲いていることから名づけられた。だが、『あった』と言っているので、まさか今はないんだろうか?


「知りたい?」

「うん」


 2人は渋谷の次、表参道駅で降りた。ここから千代田線に乗り換えて、代々木公園駅に向かう。ここが河骨側の記念碑がある場所だ。


 2人は千代田線のホームにやって来た。千代田線は代々木上原駅と綾瀬駅を結んでいて、綾瀬駅からは北綾瀬駅までの支線が分岐している。代々木上原駅で小田急線と、綾瀬駅でJR線と相互乗り入れをしている。また、小田急の特急電車、ロマンスカーが乗り入れてくる事もある。だが、真人はそんなのには興味がない。少し乗るだけだからだ。


 少し待っていると、緑色の電車がやって来た。千代田線の電車だ。千代田線も10両編成だ。中にはそこそこの人が乗っている。


 およそ5分後、2人は代々木公園駅にやって来た。河骨川の跡はこの辺りだ。そこまで徒歩だ。噂によると、それは小田急の線路のそばにあるという。


 しばらく歩いていると、住宅街の中に河骨川の跡を示す石碑がある。河骨川は『春の小川』のモデルになったと言われているが、生活排水が流れ込み、悪臭が漂うようになり、東京五輪の開催された1964年に下水道になってしまったという。


「着いた」


 真人はその前に立った。その石碑は、目立たない所にある。人通りはたまにあるが、その看板に目を向ける人は真人以外誰もいない。それほど、河骨川の存在は忘れ去られたんだろうか?


「ここ? 何もないんだけど」

「ここにあったんだって。ここに石碑が」


 河童は目の前にある石碑を見た。確かにここに河骨川があったという事を示している。もう河骨川はないという事実を知ると、河童は下を向いた。よく遊んだ河骨川も、300年後にはもうなくなっているのか。


「そんな・・・」

「1964年にふたをして下水道になったんだって」


 この事実は、フジテレビ系列で放送されていた『トリビアの泉』でも取り上げられていたらしい。真人は見た事がないが、インターネットでそれを知った。


「そうなんだ。川が失われたんだね」

「もう春の小川は見れなくなった。時代の流れなんだね」


 幼稚園で初めてうたった春の小川。だけど、もうその小川はなくなってしまった。そう思うと、時代の流れを感じる。だけど、それは受け止めなければならないんだろうか? そして、変わりゆく東京を見ていかなければならないんだろうか?


「寂しいけれど、受け止めなければならないんだね」

「うん」


 2人は石碑をじっと見ている。これが時代の流れなんだ。それを受け止めなければならないんだ。だけど、河童はそれがまだ受け入れられないようだ。

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