8月4日
8月4日、今日も真人は目覚めた。いつもの朝だが、河童がいるだけでかなり新鮮に見える。この世にはいないものだからだ。
「おはよう」
「おはよう」
河童は笑みを浮かべている。真人といる事がとても嬉しいと思っているようだ。
「今日はどこに行くの?」
今日はどこに行くんだろう。全く思いつかない。自由研究のためとはいえ、河童はとても興味津々だ。
「多摩って所」
それを聞いて、河童は反応した。どんな所なのか、友達から聞いた事がある。とてものどかな場所だ。だけど、今はどんな所になっているんだろう。
「聞いた事ある! のどかな所だ!」
「今はニュータウンになってるんだよな」
それを聞いて、河童はがっかりした。かつて、田園風景が広がっていたというここと同じように、多摩もこうなってしまったんだ。遊べる場所は、あそこもなくなってしまったのか。
「そうなんだ」
と、真人はある映画を思い出した。スタジオジブリのアニメ映画『平成狸合戦ぽんぽこ』だ。多摩の開発を進める人間に、狸が化ける力を駆使して対抗する。結局、多摩はニュータウンになってしまったけど、とても面白い映画だったと記憶している。真人は映画館で見た事はないが、金曜ロードショーで何回か見た事がある。
「僕、映画で見た事があるんだけどな」
「映画?」
河童は首をかしげた。この時代に、映画なんてないのだ。映画は20世紀になって発展し始めたものだ。河童のやって来た頃にはまだない。
「平成狸合戦ぽんぽこ」
「そんな映画あるんだ」
河童は感心していた。こんな物語があったんだな。それは本当にあった事だろうか? 作り話だろうか?
「それによると、多摩は昔、のどかな場所だったのに、ニュータウンができて様変わりしたんだって」
「ふーん・・・」
真人も知っていた。だが、もっとその事を知りたい。その為に、いろいろと調べたいな。
「それを見てると、ニュータウンの開発って、本当によかったんだろうかと思って」
河童は思っている。真人の住んでいる住宅地のように、宅地開発って、本当にいい事なんだろうか? 自然をなくしていいんだろうかと思えてくる。
「うーん・・・。そう思うと、僕も考えてしまうよ」
真人は考え込んでしまった。宅地開発はいい事だと思っているんだが、河童と出会って、本当にいい事なんだろうかと思えてくる。
「そうだよね。でも、豊かさを求めるとこうなってしまうのかな?」
豊かさのためには、犠牲にしなければならないものがあるんだろうか? それは避けられないんだろうか?
「そうかもしれない。だけど、あの頃の風景が消えてしまうのは、残念でしょうがないよ」
「そう思う?」
「うん。僕もだよ」
真人は1階に向かった。まずは朝食を食べて、歯を磨いてから、多摩ニュータウンに向かおう。
2人は京王帝都電鉄の京王線に乗っていた。いつも田園都市線に乗っている真人には、京王の電車は新鮮に思える。今日も暑い日が続いている。そして、今日も晴れの予報だ。少し歩くだけでも汗が滝のように出る。
2人は車窓を見ていた。田園風景の中に、住宅地が点在している。かつてはみんな、田園風景だったんだろうか? 昔はどんな風景が広がっていたんだろうか? 全く想像できない。
地下駅の調布から相模原線に入った。しばらく進んでいくと、地上に出た。地上には建物が広がっている。昔の面影が全くない。一体どこなのかわからない。河童は車窓を見て、茫然としていた。人間はこんなに風景を変えたのかと思うと、人間の技術力ってすごいなと思えてくる。
しばらく走っていると、高いマンションがいくつも見えてきた。多摩ニュータウンだ。
「見えてきた!」
「ここ? 信じられないよ」
信じられない様子だ。真人の住んでいる住宅街とは違って、高いビルが立ち並んでいる。そこには、いくつもの扉がある。
「信じられないけど、これが今の多摩ニュータウンなんだよ」
「そうなんだ」
2人は多摩センター駅にやって来た。こんな立派な場所になったのか。
「着いた!」
河童は辺りを見渡した。やっぱり昔の面影が全く残っていない。本当にここは田園風景だったのかと聞いても、誰も信じてくれないだろう。それは真実なのに。
「昔の面影が全く残っていないね」
「ここにいる人々は、みんなここがのどかな田園風景だったのを知らないのかな?」
「きっとそうだろう」
ふと、真人は思った。この先、多摩ニュータウンはどうなっていくんだろう。あの頃住み始めた人々は、徐々に高齢化が進んでいる。彼らの子供たちの多くは家を出て行って、独立した。この多摩ニュータウンは将来、どうなってしまうんだろうか? 衰退していくんだろうか? また若い人が集まってくるんだろうか?
「この先、この辺りはどうなっていくのかな?」
「わからないけど、もっと発展していくと思うな」
河童はこの辺りの未来を創造した。もっと発展して、自然は徐々になくなっていくんだろうか? そう思うと、ちょっと寂しくなった。
「あの頃の風景は、もう戻らないんだね」
「うん。でも、僕はそれでいいと思うんだ。でも、豊かになれば、日本はよくなっていくのかな?」
真人は疑問に思っていた。日本は豊かになっていく。果たしてそれでいいんだろうか? もっと何か、大切な事があるんじゃないだろうか? どうしてそれに気付かないんだろうか?
「そうかもしれない」
「でも、人々は自然を大切にする心も持ってるんだよ」
だが、真人は知っている。人間は、自然を大事にしようと思う気持ちも持っている。むやみに自然をなくしてはならない、守らなければならないという想いは、今でもある。だから、そんなにむやみに開発はしないだろう。
「そうなんだ」
「決して、自然を破壊してばっかりじゃないんだ」
河童は感心していた。人間は、破壊してばかりだけではないんだな。人間は悪い事ばかりしているんじゃないんだな。ちょっと見直した。
「そうなんだ。それを聞いてほっとしたな」
「そうかい。よかった」
この辺りには高いマンションが多くある。江戸時代では想像もしなかった光景がそこにはある。日本はこんなに変わったんだな。自分も変わらないといけないな。
「こんなに人が住んでるんだね」
それを聞いて、真人は思った。昔はもっと少なかったのかなと。その頃の多摩を見たいな。どんな風景が広がっていたんだろう。
「うん。昔はもっと人が少なかったの?」
「うん」
真人は思った。人間は豊かさのために風景を変えていく。それは果たして、素晴らしい事なんだろうか? 自然を破壊してまでしなければならないんだろうか? 将来、日本はどんな風景になってしまうんだろう。全く想像できないが、昔の風景をいつまでも残してほしい気持ちはある。だが、変わらなければならないものもある。残すべきところは残し、変わるべきところは変わっていく。それがあるべき風景なんだろうか?




