8月2日
翌朝、真人はいつものように朝食を食べていた。テレビでは、住宅地の映像が流れている。それを見て、真人は思った。住宅地ができる前、ここには何があったんだろう。全く想像できない。だが、そこは自然豊かな場所だったに違いない。その頃はどんな風景だったんだろう。その中には、河童がたくさんいるんだろうか?
「母さん」
「どうしたの?」
夏江は振り向いた。何を聞きたいんだろう。
「どうして人は海を陸に変えていくの?」
それを聞いて、夏江は少し考えてしまった。こんな事を聞かれるとは。正っとはどうしてこんな事を聞いてきたんだろう。自由研究のためだろうか? 自分にはわからない。
「どうしてだろうね」
「わからないの?」
どうやら夏江もわからないようだ。真人は頭を抱えてしまった。その答えがなかなか見つからない。河童にもわからない。どうしたらいいんだろう。
「うん」
真人は下を向いてしまった。どう河童に言えばいいんだろう。
今日も真人と河童は東京に出かけていた。今日向かっているのは、佃だ。古くからの街並みが残る場所だ。最寄りは月島で、そこに行くのには有楽町線を使う。2人は有楽町線に乗っていた。有楽町線は和光市駅と新木場駅を結ぶ路線で、和光市駅では東武東上線と、途中の小竹向原駅では西武池袋線と相互乗り入れしている。
「今日はどこに行くの?」
「佃だよ」
河童は佃と聞いて、何かを思い浮かべた。その地名を知っているようだ。
「佃島の事?」
それを聞いて、真人は驚いた。佃って、島だったの? 今は陸続きのようになっているけど。
「えっ、佃って、佃島だったの?」
「うん。島だったの」
真人は全く知らなかった。埋め立てられて、島ではなくなったのか。昔はどんな風景だったんだろうか?
「俺、知らなかった」
「そうなんだ」
河童は地下鉄のトンネルを見て、感動していた。こんな場所にも地下鉄ができるとは。今の人間の技術って、すごいな。こんなに進歩するとは。
「こんな所にも地下鉄ができてるんだ。すごいな」
「すごいでしょ?」
2人は月島駅で降りた。月島はもんじゃ焼きの聖地で、駅の近くにはもんじゃ焼きの店が多くある。そこで降りて、河童は少し動揺した。佃を目指しているのに、月島だよ。
「あれっ、月島だよ」
「佃へは月島から行くんだよ」
月島だけではなく、佃にもここで行くのか。
「そうなんだ。ところで、月島って、何?」
「江戸時代はなかったの?」
真人は驚いた。月島は昔はなかったのか。佃とをつなげるためにできたんだろうか?
2人は出口を出た。そこにはただの街並みが広がっている。ここにはかつて、海があったんだろうか? 島の風景は全くと言っていいほど残っていない。
「この先だよ」
2人は佃に入った。だが、そこには全く島だった頃の風景がない。古くからの街並みが残っているものの、ただの陸地になってしまった。
「こんな所になったんだ。もう、島の面影、なくなっちゃってるね」
だが、古くからの街並みを見ていると、どこか親近感を覚える。東京にもまだこんな風景があったとは。いつ頃からこんな風景なんだろう。
「でも、ここの風景、ちょっと懐かしさを感じるね」
「本当?」
「うん」
それを聞いて、真人は思った。これが江戸の本来の風景だろうか? 全くわからないけど。
「これが江戸の本来の風景なのかな?」
「そうじゃないね」
「ふーん」
そうじゃないようだ。もっと昔はどんな風景が広がっていたんだろう。全く想像できない。
「こんなに風景が変わっちゃった」
河童は風景を見て、あぜんとしている。目の前に広がっていた海は、小さくなってしまった。埋め立てて狭くなったと思われる。昔の儘がいいに決まってる。なのに、どうして埋め立ててしまうんだろう。
「こんなに陸が広がるとは」
その向こうには高層ビルが立ち並んでいる。遠くに見えた山はあまり見えなくなった。そして、なくなってしまった。
「信じられないの?」
「うん。それに、月島って江戸時代はなかったとか」
真人は気になった。月島はこの時代にはなかったのだ。どうして作ったんだろうか? 人口が増えたからだろうか? 生活を豊かにするためだろうか?
「びっくりしたの?」
「うん。それに、海ってこんなに広かったんだなって。今ではこんなに近くなって、橋を渡れば簡単に行けるようになったんだけど」
かつてはここに行くために、船を使ったと思われる。だが、今では橋を渡れば気軽に行けるようになった。昔に比べて、佃は身近になった。土地は広がった。だが、それはいい事なんだろうか? 風景が変わってしまった。昔が好きだと言う人は、どういう想いで見ているんだろう。
「でも、昔ながらっぽい街並みが残ってて、ほっとした」
「そっか」
と、河童は下を向いた。何を考えているんだろう。真人はその表情が気になった。
「どうして埋め立てるのかなぁ・・・」
「母さんに聞いたんだけど、わからないんだよ」
今朝聞いたが、その理由が全くわからない。真人の母親にもわからないようだ。自分の力で調べたいのに。
「そうなんだ」
河童は泣きそうになった。理由が知りたいのに、答えが見つからない。どうすればいいんだろう。
「どうしたの?」
「何でもないよ」
真人は河童を抱いた。河童は上を向いた。真人に抱かれるとは思わなかった。真人はとても優しいな。この子供なら、友達になれそうだな。




