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折り畳みレジャーテーブル(2022年3月16日)

 あいちゃんきよのちゃん、今日は卒業式の予行練習があると言っていたが、二人共ランドセルを背負ったまま、14時前に俺ん家にやって来た。車の中で、顔に帽子を乗せて寝ていた俺は、あいちゃんの運転席窓ガラスを叩く音で目覚めた。直ぐに帽子を被り直したが、間違いなく、禿をばっちり見られた。

「ねぇ猫じい帽子とってみてぇ」とか、禿の件で二人が突っ込んでくることはなく、ほっとした俺だ。あいちゃん、ポニーテールにはしてなくて、前髪をヘアーピンで後ろに束ねていた。かわいい。

 俺は、「あれっ、あいちゃんジャージか?」

 きよのちゃん、「あいちゃんこれで今日学校来たよ」

 きよのちゃんのランドセルはピンクだった。あいちゃんは紫。二人共、ランドセル背負うのも今日で最後だ。明日は卒業式だ。


 きよのちゃん、「うちまだ家に帰ってないけん不審に思われる。4時くらいには帰らんと」

「あいちゃんがランドセル姿っていうんは結構見たが、きよのちゃんは初めてや。ランドセルピンクやったんやな」

「うん。学校ではピンク多いよ」

「俺朝の7時頃必ずファミマでコーヒータイムしよるやん。そんとき登校中の女の子見るんよね。その子のランドセルは紫であいちゃんのと同じやわ」

 あいちゃん、「猫じいは実はランドセルなんか見てませ〜ん」と意味深な言い方をする。

「何!俺は変質者じゃねぇぞ。小学生に他に見るものなんてねぇわ」と口を尖らせる。


「きよのちゃん今日は家には誰が居るん?」と俺。

「誰もいな…あっ居るよ。だから帰らなかったらバレる」

「小学生って告げ口する奴居ろうや?」

「うん居る。そんなときは近くにおじいちゃんの家があるからって誤魔化す」

 あいちゃんときよのちゃん、壊れたグリーンのレジャーチェアの上にランドセルを置いた。

「お前ら明日はとうとう卒業式やな。そいで何日まで休みなん?」

 きよのちゃん、「来月の11日が中学の入学式」

「何じゃぁ!23日も春休みがあるんか。ええなぁ」

 きよのちゃん、「でもないよ。宿題いっぱい出された」と、ランドセルから出して俺に見せる。

「何てぇ!俺の時代には小学校卒業して宿題とか…、そんなもんなかったぞ」

「猫じいのときとは時代が違うの」ときよのちゃん。

「何か、宿題NM中に出すんか?」

 きよのちゃん、「そうみたい」

 二人、「ここに寝そべって宿題やろ」と、コンクリート地に俯せになった。俺はパンと手を叩いて、「良いものがあった。折り畳み式のレジャーテーブルじゃ。その上でやればええ」

 二人、「やったぁ!猫じいありがとう」


「確かに二階で見た覚えが…」

 思い出したのは、俺がまだオフロードレースをやっていた二十数年前に購入したレジャーテーブルだ。折り畳んで長方形の薄い箱の形にして仕舞ってしまえる。

 あの頃、まぁ北九州オフロードバギークラブの佐藤さんが主催していた草レースではあったものの、西日本で名前が売れていた野上さんも参戦していたし、レベルは結構高かった。会場は熊本県玉名市の菊地川河川敷。この頃所有していたデリカスぺースギアと、レース用パジェロを載せた4トン積載車で夜中に現地に着く。午前中は予選のタイムアタック。午後がスクランブル方式の本戦で、1時間耐久レースだ。昼飯時、このレジャーテーブルの上で、カセットコンロで湯を沸かしてカップ麺に注いだり、インスタントラーメンを作ったり、レトルトカレーを暖めたりして食べた。


 二階は寝室に使っているが、物置にもなってしまっている。雑多な物が溢れかえっていつかは断捨離しなくてはと思っていたが。息子の使わなくなった学習机もここに放った。この辺りで確か見た記憶がある。無い!物が多くて机の上が見えない。もしかしたら下に置いたか?兎に角、物を片付けないことには始まらない。敷いたままの布団を半分に折り曲げた。畳と壁の隙間には多量の埃。

 一階に下りて掃除機を持って上がる。嫁も後から取って付けたように上がってくると、そんな俺にダメ出しするかの如く、「何しよるとね!」

「私が毎朝布団ちゃんとしよるとに。終わったら元に戻しとってよ」って、毎度ムカつく奴だ。当然元に戻すに決まっている。さも俺がそのままにしてバックレるみたいな言い方をしやがる。

「元に戻すに決まっとるやないか。何わざわざ上がってきて文句言いやがるんじゃ!ほんとムカつく野郎じゃ」

 机の上の物を取り除いたら、見えた、レジャーテーブルだ。相当埃を被っている。駐車場に出してから拭き上げるか。


 勝手口から出ると、あいちゃん、「猫じいえらく遅かったね」

「ああちょっとだけ探しよった」と、ガソリンスタンドから盗んできた青い洗車クロスで簡単に拭いたあと広げてみたら、ありゃ、椅子の部分の金具が喪失して立たない。金具に相当するものがないか、玄関を開けて工具箱を見てみたが、それらしきものはない。おっと針金か。これなら代用出来るかもと、通して両端をペンチでねじ曲げた。椅子の部分に付いている泥は、間違いなく、二十数年前の菊池川河川敷の土だ。


 駐車場の突端、ハスラーの前に広げた。3月にしては陽射しがある。日陰じゃないと勉強はし難いだろう。太陽は南側、竹と枇杷の木が防いでくれる。

 四人掛けのレジャーテーブル、きよのちゃん、「うちここ」と東側をゲット。あいちゃん、一旦西側に座ったが、「駐車場傾いてる。ほらぁ」とわざとらしくコケてみせる。

「マリア代わってぇ」

「嫌だよぉ〜」

「じゃぁいい。うちマリアの横に座るぅ」と、きよのちゃんの左に落ち着いた。

「おうお前ら仲ええな。わざわざ二人並んで座ってよぉ」


 四則計算、図形の面積、漢字、人体の名称、世界の名称、都道府県の県庁所在地など、小学校で習得すべきカリキュラム全般に渡る問題が網羅されている。

 あいちゃん、世界地図の国名を記入する問題に、「ここインドぉ」

 あいちゃんはインドが好き過ぎて、将来絶対に行くと張り切っている。

 俺は、あいちゃんの憧れを幻滅させるかの如く、「あいちゃん悲しいお知らせや。インドがロシアの見方したぞ。兵器ばロシアから購入しよるごたって敵対できんごたるな」

 きよのちゃん、「えっどうして?ちょっと幻滅!」

 あいちゃん、「う〜ん悲しくないと言えば嘘になるけどインドはインド。頑張って欲しい」


 時折、きよのちゃんの、間違った漢字の答えを指摘してやる。

 俺の、「分数の掛け算足し算、西日本工業大学の学生出来んのやでぇ」に、きよのちゃん、「うそっ!こんな易しい問題が」とびっくりしている。

 ついでにこの問題出来るか?と書いてやる。

「8+3Ⅹ4=?」

 二人、掛け算から先にやることは知っていたが、きよのちゃん、単純に掛け算を間違う。

「答えは20やな」と俺。

「この問題、うちの会社に居った西日本工業大学出の奴にさせたら足し算から先にしたもんなぁ。やっぱ、恥ずかしいわ」



 あいちゃん、「もううちの頭の上にある葉っぱ邪魔。猫じい毟っていい?」

 俺は冗談で諭す、「あいちゃ〜ん、植物にも痛いって感覚あるんやでぇ。心の中では……」

「痛い!痛い!止めてぇ!鬼ぃ!って叫びよる筈や」と俺はどや顔。


 あいちゃんはキス魔だった。宿題の合間に、「マリア(きよのちゃんのこと)大好き!」と、キスし捲る。きよのちゃんは、「もうあいちゃん止めてぇ」とは言いながらも、満更ではない様子。でも、「猫じいタオル貸してぇ」と、あいちゃんにキスされた首筋を拭く。って、俺のジジイ臭が付いたタオルの方があいちゃんのキスより何倍も汚いっていうの。


 きよのちゃん、「この前マミーがここに来て猫Gと話したやろ。後で言ってたけど、猫じいってよっぽど子供が好きなんやろうねぇって」

 その好きという感情の表し方、ちょっとニュアンスが狂うと変質者になってしまうから要注意やなと俺は自分を戒める。

 俺は、「きよのちゃんのマミー、俺のこと『猫じいさん』って呼んどった気がするんやけど」

「えっ!うちは『猫じい』ってしか呼んだことないよ」

「思うに俺が年上やけん、『猫じい』って言うたら呼び捨てにしたような気になったんやねぇか。やけん、『さん』ば付けたんやろう」


 あいちゃん、唐突に、「あっうんこ!マリアの横にうんこが落ちてる」

 俺にはあいちゃんがうんこと言ったものの正体が分かっていた。レジャーテーブルを組み立てるとき、ブルドッグのフィギュアがコンクリート地に落ちたから。それも前足が一本しか付いていない。

 俺が拾って、きよのちゃんに、「ほれうんこ!」と眼前に置いた。きよのちゃん、大して驚かず、「これもしかしてブルドッグ?前足が一本しか付いてない。あと三本引き千切られたの?」

「このテーブル出したんは二十数年ぶりや。そんとき息子まだ小学校行く前やなかったか?このフィギュアで遊びよったんやな」

「それにしても力あるぅ。引き千切るなんて」ときよのちゃん。俺が首を引っ張ったら簡単に抜けた。

「精巧にできとるけん千切られたように見えたんやなぁ」

 あいちゃん、テーブルの足に着いた泥を見て、「ならこれ相当昔の泥やね」

 俺ら暫くこの一本足のブルドッグで遊ぶ。


 もう大丈夫かなと安心していた話題があいちゃんの口から出てしまう。やっぱり、「見たなぁ」状態だった。

「ねぇ猫じい帽子取ってみてぇ」

『うわっちゃ〜、とうとうこの一言、発声されてしまったぁ!』と俺。

 義足であることはあいちゃんと会って二・三日目にカミングアウトしていたが、禿については成り行き任せのつもりだった。さてどう躱すか?

「嫌やね。見せたくないね。禿げとるけん」と、口を尖らす俺。

 あいちゃん、「うちの前でそれは禁句だよ。うちの髪薄いんやから」と、すばっと言ってのけたことには俺は正直感銘を受けた。きよのちゃん、手を伸ばして俺の帽子をちょっと持ち上げて、「猫じいそんなに酷くないよ」って、優しいわ。俺はつるっ禿げなのに。


 あいちゃん、自分の髪が薄いこと、ちゃんと意識していたのか。凄い!身体的な欠陥の話題に平気で触れるとか、少なくとも中学時代の俺には出来なかったことだったから。俺の場合は今現在の禿げのことではなく、義足のことだったが。中学一年時、義足のことに触れられることにめっちゃビビッていた。

 大渡というチビで頭でっかちのいけ好かない級友がいた。俺は、あることで我慢の限界に達し、顔を怒らせてこいつと対峙した。そのときこいつが言い放ったこと、「お前がその気ならこっちにも考えがあるで」

 義足のことか、恐らく、一本足とか囃し立てるんだろうと察した俺は、大渡の前で、小さくならざるを得なかった。あのときこう言える強さがあったら、俺の人生、もしかして大きく変わっていたかも。

「何じゃ大渡、俺の義足のことか?そいがどうしたんじゃ?」と、義足を外して投げつけるくらいの度量があったならと、悔やんでも悔やみきれない。


 きよのちゃんが優しくフォロー、「あいちゃんが言うほど髪薄くないから」

 俺は下手な口添えはしなかった。あいちゃんは、髪の薄さを補ってもお釣がくるほどのかわいらしさだ。思い出した。あれはあいちゃんがかなえちゃんを弄っているときだった。髪を引っ張りながら、「お前もうちと同じ頭にしてやろうか」とか言っていたが。そうかあいちゃん。でも、あいちゃんはかわいい!!

 俺は、「禿げって言うたらプーチンやで。ほいでプーチンの似顔絵禿げに描いてないんよね。プーチンに遠慮しとるっていうか、禿げで描いたら殺されるんかもしれんな」

 きよのちゃん、「プーチンに面と向かってハゲ〜って叫んでやりたいね」

 あいちゃん、「うちマリア失いたくな~い。止めてぇ」


 きよのちゃんがあいちゃんの鼻毛が伸びていることに気付いた。

「あいちゃん笑うと鼻毛が目立つよ」

「うそっ!そんなに伸びてる。マリア抜いてぇ」

「あいちゃん上向いて」と、初めは手で抜こうとしたきよのちゃんだったが、「抜けない。ハサミで切った方が早い」

 俺の、「ハサミ持って来てやろうか?」にきよのちゃん、「うち鼻毛用のハサミ持ってる」とはさすが女子。っていうより女子同士ってこんなにも仲がいいもの?ここまで相手に身を委ねることが出来るもの?と感心するのと同時に、自然な関係に見えて微笑ましい。

 これが男同士だったら、まぁまず鼻毛が出ていることに気付いても無視するだろうし、指摘されたとしても本人、放っておくだろう。もし俺が友達の鼻毛を指摘したとして、抜いてくれとか頼まれたら、その気色悪さに即行で友達関係止めるのではないか。

 俺があいちゃんきよのちゃんと一緒に居て勉強したいのはこういう女子同士の生態だった。もし、俺の小説で彼女らのような友達関係を描かなくてはいけなくなったとして、この辺りは経験しないと分からない。


 きよのちゃん、慎重にあいちゃんの鼻腔の中にハサミを入れて、ジャリっという音がした、「あいちゃん鼻毛深過ぎ。この音聞いたぁ?」

 切った鼻毛を手で掴んで、「猫じい見て。この鼻毛」

 もう一度ハサミを入れるきよのちゃんに、あいちゃん、「痛い!」

「もううちの鼻の肉切ったなぁ」とあいちゃん、口が悪い。

 きよのちゃん、「あいちゃんごめん」と即行で謝る。俺は、「あいちゃん血は出てないか?」

 あいちゃん、「血は出てない。マリアぁ、ハサミは止めて手で抜いてぇ」

「わかったあいちゃん」ときよのちゃん。


 俺ら三人、麗らかな春の陽射しに包まれてピクニック気分だ。俺の家の斜め前の婆さん、畑を弄っている。話し掛けてはこない。

 あいちゃん、「もう飽きた〜」

「宿題だからちゃんとしないとぉ」ときよのちゃん、あいちゃんの保護者みたい。

 あいちゃん、俺の車に作ったお菓子のストックから粒ぐみを持って来て食べる。

 にこっとかわいく笑って、「猫じい欲しい?」

『って、俺が買ってやったんやけど』

「おう食わせろや」

「じゃぁ答えて下さ〜い。さてこの中には何味があるでしょう?」

「リンゴ味」

「ぶぶ〜」

「なら洋梨味」

「ぶぶ〜」

「ヤケクソや!ブルーハワイ」

 あいちゃん、「ブルーハワイって?」

「かき氷。ならブドウ」

「はい正解です。では猫じいに一粒」とあいちゃん。


 16時過ぎ、きよのちゃん、「あいちゃんそろそろ行かんとヤバくない」

 俺は、「何、かなえちゃんとこ行くんか?」

 きよのちゃん、「約束破ったこと謝らせる」と、立ち上がって宿題をランドセルに詰めだした。

「じゃぁね猫じい。もう今日は来ないよ。かなえちゃんシバいてくる」とは、きよのちゃん、穏やかじゃないな。

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