シン・マッチ売りの少女
「心に火が灯るようなそんな夢はありますか」
ある国のある街に魔女と呼ばれている女の子が居ました。魔女の名前はハル。ハルは街の外れで商売をしていました。今日のお客様は小さな男の子。ハルが男の子に言いました。
「あなたの夢は何ですか?」
男の子は答えます
「もう一度ママに会いたい」
ハルは一本のマッチに火を付けました。すると、炎が大きく揺らめき、その中に人の姿が現れました。男の子は息を飲みます。
「ママ!」
火の中に現れた美しい女性は男の子の母親。母親は男の子に声をかけます。
「どうしたの?怖い夢でも見たのね」
炎の中で母親は、男の子を抱きしめて優しくあやしています。
そこで火は消えました。辺りは真っ暗になり、母親の姿も消えました。暗闇の中、男の子の頬が光ります。男の子は泣いていました。
「もう終わり?」
ハルは答えます
「マッチ一本分はこんな物よ、悲しみが増すのならもうここには来ないことね」
男の子はお金を支払うと、扉を乱暴に開け、雨の中を出て行きました。
「あんな小さい子もお客さんかい?」
玄関に人が立っています。ハルと同い年くらいの少年。彼の名前はジン。
「大丈夫かい?ハル」
ハルの目からは大粒の涙がボロボロとこぼれ落ちています。
「無いの…私にはこれしかできない」
マッチの火が灯る間、お客の望む夢を見せる。
ハルが使える魔法です。
「疲れた心と身体には甘いものが一番だ」
ジンはそう言ってハルの前に沢山のケーキを並べました。ハルの涙は止まりました。
ジンは雨の日にやってきます。そしてハルの小さな夢を叶えます。なぜハルの夢が分かるかと言うと…
「マッチ一本分、ハルの夢を見せて」
ハルはマッチに火を灯します。
「…普通は、自分の夢を望むものよ」
「お生憎様、僕は夢は見るもんじゃなくて、叶えるもんだと思っている。それに、魔女様の夢が見れるんだ。そっちの方が面白いよ。」
ハルは思いました。
『ジンが私の夢を叶えるたび心に火が灯るよう』
炎が大きく揺らめき、その中でハンモックで眠るハルの姿が浮かび上がります。
その炎を見ながらハルは思います。
『ダメだ、この次は、ジンが私の夢になってしまう』
そこで火は消えました。外の雨はすっかり止んでいました。
「それじゃあハルまた来るよ」
薄暗い部屋に窓から光が差し込みます。窓の外を見ながらハルはつぶやきます。
「明日、天気になあれ」
それから数日間、晴天が続きました。その間、お客は途切れません。皆思い思いの夢を望みます。時には目を塞ぎたくなるような夢を見ながら、すり減る日々が過ぎていきます。
久しぶりの雨の日。ジンはハルのお店まで走ります。両手に大きな荷物を抱えて。
「ハル!」
お店の中に入り、ジンはハルに呼びかけますが、返事は有りません。いつものイスに腰かけハルはジンを見ます。
「どうしたの、怖い顔して。また嫌なお客だった?」
ハルは答えます。気持ちとは逆の言葉が次々、口から溢れてしまいます。
「もう、ここには来ないでほしい」
『嫌、行かないで』
「自分の夢が覗かれるのずっと不快だったの」
『違う、嬉しかった』
「…ごめん、無神経なことしてて」
『違う』
ジンは手に持っていた荷物をハルに渡します。
「これ作ったんだ。最後に受け取ってくれると嬉しいんだけど、今までありがとう。元気で」
ジンは出ていきました。ハルは受け取った荷物の袋を開けます。中にはハンモックが入っていました。ジンはハルの夢をまた一つ叶えてくれました。
「これでいいんだ。夢から覚めただけ」
ハルは泣きながら呟きました。
一年前、ジンはハルのお店の隣家の屋根を修繕していました。ジンは大工です。
「ジン、あれ見ろよ」
親方が隣の家の窓を指差します。窓から中の様子が見えます。ハルがお客にマッチの炎で夢を見せていました。
「楽して儲けて羨ましいもんだな、魔女様は」
親方が言います。
『楽してって顔じゃないけどな』
ジンは思います。なぜならハルはとても険しい顔をしていたから。
その日からジンは仕事をしながらハルの姿を横目に伺うようになりました。笑って泣いて怒って、お客が帰った後にクルクルと変わる表情に次第に惹きつけられていきました。
そのうちに会って話したい気持ちが抑えきれず、休日にお店を訪ねるようになりました。
ただ、自分の夢を見せるわけにはいきません。だから、ジンはハルの夢を見たいと告げました。ささやかなハルの夢を叶えてあげたい。ジンの気持ちは大きくなるばかりです。
お店からの帰り道ジンはこの一年のことを振り返っていました。すると、遠くからこちらへかけて来る足音が聞こえます。周りの人がざわめきます。
「ねえ、あれって、魔女」
振り向くとハルでした。
「ジン待って」
「ハル?」
「酷いことを言ってごめん。今の私の夢がその…」
ハルの顔は真っ赤です。ハルは恥ずかしさから下を向いてしまいました。ジンは気付きます。
「ハル分かったよ。ハルの夢、僕とおんなじだから」
ジンは優しくハルの前髪に触れます。
「ハル顔あげて、笑ってよ」
庭に二つのハンモック。二人が並んで昼寝をする姿が街の人達の目にも微笑ましく映るようになるのは、そのしばらくあとのことです。