「黒い羽の贈り物」
❅「冬の童話祭2023」参加作品です。
ひゅう~。
(ぼくは今、お空を飛んでいます。カラスさんに咥えられて……)
ぼくは呟いた。
お空からの景色を不安な気持ちで眺めながら……。
一羽の大きなカラスが、お空を急いで飛んでいました。
向かうは丘に立つ一本の大きな樹。
その嘴には小さなくまのぬいぐるみをしっかりと咥えていました。
少しだけ濡れそぼったそのぬいぐるみをカラスは運んでいました。
事の始まりは、一時間前。
ぼくは今日、はなちゃんのお母さんに洗濯物としてベランダの竿に吊るされていた。
(ああ、まだ目が回ってる~)
先程の洗濯機の中でのことを思い出して、僕はくらくらしていた。
本当にぐるんぐるんと回っていた。
はなちゃんはまだ小さいから、ぼくを抱えてご飯を食べていたのでお味噌汁を零してしまったのだ。
ピンク色の僕は、たちまちお味噌汁で汚れてしまった。
当然、はなちゃんのお母さんは洗濯機にぼくをネットに入れて放り込んだ。
(ぬいぐるみを洗うなら、手洗いが良いと思う)
そんな事をつらつらと思いながら、ぼくは風に揺れていた。
そして気付いた。
近くの電信柱からジーっと大きなカラスがこっちを見ていることに。
カラスは大きな羽を広げると。
バチン!
とぼくを洗濯ばさみから取り去った。
驚く間もなく、ぼくはそのカラスの口元に咥えられてお空を飛んでいた。
ひゅう~。
思い出していたぼくは風の冷たさにぴやっとなった。
まだ乾ききっていなかったぼく。
冬のお空の空気は本当に冷たかった。
「カラスさん、一体ぼくはどこへ行くの?」
「カアア~」
鳥さんの言葉が分からない。
お返事を聞いても全く分からなくて困ったぼくはしょうがなく、お空から見える街を眺めていた。
お空から見える景色は面白かった。
人が小さく見えるし、車だっておもちゃみたいだ。
ぼくは段々楽しくなってきた。
丘の大きな樹が見えてきたとき、その枝の一つに大きな巣があるのが分かった。
カラスさんのお家なんだろう。
ポイっとぼくはその巣に落とされた。
「カア~」
「カア~」
巣にはカラスの雛が二羽居た。
「……お母さんだったんだね」
カラスさんが雛に寄り添うのを見てぼくはそう言った。
ぼくをカラスのお母さんが雛の方へと寄せた。
雛は訳が分からなそうに、ぼくを興味津々に黒々とした小さな丸い目で見ている。
「おもちゃのつもりかな」
ぼくは、ぽすぽすと雛の頭を撫でた。
「カア!」
「カア!」
雛が嬉しそうに鳴いた。
カラスのお母さんも何だか嬉しそうだ。
きっと、雛が寂しくないようにぼくを連れてきたんだ。
出来れば、このまま居たい。
けれど。
「カラスのお母さん」
ぼくはそう呼んだ。
「ぼくははなちゃんのぬいぐるみ。だからずっとここには居られない」
ぼくはよいしょと立ち上がって、頭を下げた。
「ぼくを元の場所の返して欲しいんだ。お願い」
「…………カア」
小さな返事だった。
でもぼくにはもう理解できた。
「いいんだね! ありがとう!」
本当のお母さんの様に、ぼくはカラスのお母さんに抱き付いた。
そうして、ぼくははなちゃんお家のベランダに帰ってきた。
カラスのお母さんには大きく手を振ったのだった。
その場で二周回って飛んで、カラスのお母さんは巣へと帰って行った。
「おかあさーん。くまさんお洗濯したんだよね?」
その晩、はなちゃんがお母さんにそう尋ねた。
「そうよ? どうしたの?」
はなちゃんのお母さんは不思議そうにはなちゃんを見た。
はなちゃんは同じように不思議そうな顔をして、くまのぬいぐるみを掲げた。
ピンクのくまのぬいぐるみは、洗ったはずなのに少しだけ汚れていたのでした。
「あとね、これ」
はなちゃんはお母さんにある物も見せ見ました。
それは、黒くて柔らかな羽なのでした。
優しい、カラスのお母さんからの、くまのぬいぐるみへのプレゼントだとは誰も知る由もありません。
〖おしまい〗
お読みくださり、本当にありがとうございました。