4.思い出
それから旅を続け国内をまわり二年以上が経った。あと数か所の神殿へ行けば旅は終わるらしい。
今日の祈りが終わって部屋に戻ろうとしたら通路で豪華なドレスを着た美しい女の人を見かけた。地位のありそうな人だけどリアは正式な挨拶の仕方を知らないのでとりあえず会釈をした。その人はリアを訝しげに見た。
「これが聖女なの? なんてみすぼらしい……。王子様がこのような聖女に帯同しなければならないなんてお気の毒ですわ。わたくしが慰めて差し上げなくては」
不快そうな表情を隠しもせずに一瞥する、とくるりと向きを変え王子たちがいる部屋へ向かって行った。後で神官に教えられたがその女性は隣国の王女様で王子様との縁談の話があるらしい。
リアは不思議に思う。聖女の仕事は大変なことなのにどうしてこれほど誰からも軽んじられるのだろう。そもそも王子も剣士も神官も旅を一緒にしているが何かをしている様子は感じられない。
大義名分では聖女を支え守ってくれるということらしいが、支えるどころか会話をしたことがないし蔑まれていると感じる。剣士が守るというが護衛をいっぱい連れているので剣士の出番はないだろう。神官はリアが出した石を持って行くだけなので誰でも出来そうだが……。
首を振って考えるのを止めた。自分には関係ない。リアは無事に旅を終えみんなの待つ孤児院に帰る事だけを考えていればいい。
部屋に戻ると机の上においしそうな木の実がいっぱい置いてあった。ブルーが誇らしげにリアを迎えた。
「ピィーピ!」
ブルーはリアが祈りを捧げている間にこうやって木の実を持ってきてくれる。それを一緒に食べるのが毎日の楽しみだった。
「ありがとう。ブルー、美味しそうね。一緒に食べましょう」
その中にクサイチゴの赤い実があった。リアの大好物だ。嬉しくて顔を綻ばせた。甘くて美味しいがそれだけではなくて、リアにとっての大切な思い出の実だ。
孤児院にアンリという子がいる。あまりの可愛さに最初は女の子だと思っていた。
真っ黒い大きな瞳に綺麗な青い髪の可愛らしい顔をしたその子は……見かけによらずものすごく口が悪かった。
両親を亡くし初めて孤児院に行った日にその子はリアを睨んでいた。知らない場所で心細いのに知らない子に睨まれてリアはぽろぽろ泣きだした。
「お前泣くなよ。俺が悪いみたいじゃないか」
「だって私を睨むから……」
「睨んだんじゃない! お前手を怪我しているぞ。手当てするから来い」
そう言ってリアの手を掴むと早歩きでと医務室へと連れて行かれた。ここに来るときに転んでしまい怪我をしていた。それに気づいてくれていた。リアを椅子に座らせると手際よく消毒してくれてガーゼを貼ってくれた。
「ありがとう」
「おう、お前リアって言うのか? 俺はアンリだ。そんな顔しなくてもここにいるのは、みんないいやつばかりだ。心配するな」
そう言ってニカッと笑った。すごい美人なのに姿と言動がちぐはぐで気が抜けて笑ってしまった。リアが余りにも不安そうにしていたから元気づけてくれたのだろう。
「お前、笑ってる方がいいよ」
アンリの言葉に彼を見れば顔を真っ赤にしている。つられてリアの顔も真っ赤になった。
アンリは孤児院の中でリーダーのような存在だった。正義感が強く子供同士のけんかの仲裁はアンリの役目だった。頼もしくてぶっきらぼうな優しさを持つ人。すぐに大好きになっていつもアンリのあとをついて回った。
アンリの言う通りここの人達はみんな優しくてリアの事もすぐに受け入れてくれた。まるで本当の家族のように過ごした。穏やかに時間が過ぎ自分も周りも少しずつ大人になっていく。
そんなある日、アンリに呼び出された。
「見せたいものがあるから付いてこい」
命令口調に笑ってしまうがこれは彼の照れ隠しなのだと今は知っているので怖くない。
気付けば彼はリアの手を繋いで森を歩く。木々を抜け視界が開けたら湖が現れた。透明で澄んだ湖面は光を反射してキラキラと輝いている。湖の周りには一面に花菖蒲が咲いている。その美しさに息を呑み見惚れる。
「きれい……」
「リア、手を出せ!」
「?」
両手を差し出すとアンリはその上にハンカチに包まれたクサイチゴの実を置く。目を見開いてアンリを見れば優しい顔をしていた。
「誕生日おめでとう。リア」
「あっ!」
そうだ。忘れていたけど今日はリアの誕生日だった。
孤児院では誕生日はその月に生まれた子達をまとめて月の初めの日に祝うことになっている。だから今月の初めにみんなにお祝いしてもらっていた。
アンリは誕生日当日にわざわざリアを特別に祝ってくれた。そう思ったら嬉しくてたまらなくなった。
「ありがとう! 覚えていてくれて嬉しい」
「おう、それ上手いから食べろよ」
顔だけでなく耳まで赤くしたアンリがそっぽを向きながら言うのが愛おしく感じた。
クサイチゴの実を摘んで口に入れれば甘さが広がり一層幸せを感じた。この日の事は忘れられない誕生日となりリアの宝物となった記憶だ。そして一番の大好物がクサイチゴになった日だった。
あの時の記憶はいつだってリアの心を温かくする。
ブルーを見れば小さなくちばしでせっせとクサイチゴを食べている。ブルーの羽の鮮やかな青はアンリの髪を思わせる。だからいつもアンリが側にいてくれる気がして挫けずこの旅を耐えることができた。リアはブルーの背を優しく何度も撫でた。
あと少しで旅が終わる。そうしたら胸を張ってみんなのもとへ戻れるはずだった。