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2.聖女の旅

 リアが連れてこられた場所は、北の塔の最上階だった。窓には鉄格子が嵌っており外に出ることは出来ない。出たとしても真っ逆さまに落ちて命はないだろう。階段がある扉の前には二人の騎士がリアを見張っている。

 逃げる事は出来ない。


 この部屋は埃っぽく日も当たらない。ベッドの上の布団はカビ臭い。どうして自分はこんなところに……自分にとっての我が家である村の孤児院に帰りたい。もう一度みんなに会いたかった。冷たい床に座り込み膝を抱えて涙を流した。



 リアは貧しい村の孤児院で暮らしていた。幼い頃に両親を病で亡くし引き取り手もなく孤児院へと連れてこられた。この孤児院の子供達の殆どが獣人との混血の子供だった。


 この国は人間が支配し、獣人を攫って来ては奴隷として扱った。そして人間と獣人の間に生まれた子供は捨てられるか奴隷にされる。


 孤児院を運営する院長は心優しい50代の元貴族の男性だった。昔、自分の屋敷に売られてきた獣人と恋仲になったが反対した親に引き離された。当時はどうする事もできなかったと家督を継いだ後に私財を使って奴隷にされたり捨てられた獣人を保護していた。


 彼は差別を厭い捨てられた獣人の子やリアのように身寄りのなくなった人間の子供を一緒に育てている。彼は妻帯することもなく、孤児院の子供達が我が子だと慈しんでくれた。子供達は院長を敬愛し父親だと思っている。


 ある日、院長が病で倒れた。彼はすでに私財を使い果たしており、孤児院は家畜を育てて畑を耕し自給自足のギリギリの生活を送っていた。高額な薬を買うこともできず日に日に弱っていく院長を子供達だけでは助けることは出来ず途方に暮れていた。


 そのとき王都から大神官がやってきてリアが聖女の神託を受けたと告げたのだ。聖女としての役割を果たせば院長を医者に診せてその費用も出すと言われた。本当はここを離れたくなかった。孤児院のみんなは家族だ。一人ここを出て行くのは寂しすぎた。


「リア。私は大丈夫だ。きっと辛い旅になる。無理に行かなくていいんだよ」


 院長はリアの気持ちを大切にして行かなくていいと言ってくれた。だから決心した。どのみち高圧的な大神官はリアを無理やり連れて行くに違いない。それならば院長の病気を治してもらうことを条件にしたほうが有意義である。前金として受け取った金貨一袋を院長と孤児院のみんなに託した。


 旅へ行くことを大神官に伝えると一度王都へと連れて行かれた。旅の準備が終わるとリアは第二王子と剣士と神官とおつきの従者、そして護衛たちと出発した。



 リアは聖女として三年間、国中をまわった。それを『聖女の豊穣の旅』という。

 水を失い枯れた大地を潤し、崩れた生態系で増えた害虫を払う。全国にある神殿に祈りを捧げて加護を得れば流行り病が消えていく。聖女とは国が天災で荒廃した時に、それらを救うための力を女神から与えられた選ばれし美しい心を持つ少女のことを言う。


 民に聖女の存在を知らしめる為だと言われ旅中リアは歩いて移動した。祈りは各地の神殿で行うのでかなりの距離を歩かなければならない。王子や剣士は馬に乗り神官は輿に乗って移動している。彼らは貴族であったのでそれを当然と考えていた。平民の孤児であるリアに気を使う者は一人もいない。


 一日中歩きどうしで足には豆ができて潰れている。痛みを訴えても手当てもしてもらえずリアは初日の夜にはここから逃げ出したくなった。

 王子たちは野宿を嫌がったので宿に泊まることになるがリアの部屋は最下位の部屋だった。上の階では王子たちが酒を飲み騒いでいる声が聞こえる。

 リアは悲しく惨めで聖女になどなりたくなかったと思った。


 桶に水を張り自分で足を洗い傷の手当をしていると、窓をコンコンと叩く音がした。

 足を引きずりながら窓辺に寄れば、美しい青い羽をもつカナリアがいた。まるでリアに窓を開けろと言っているかのように、くちばしで再度ガラスをコンコンと突いた。


 この宿で飼っているカナリアだろうか? 首を傾げつつ窓を開ければカナリアは部屋に入るなりリアの肩に止まった。そしてリアの頬に首を擦りつける。リアの辛い気持ちを慰めてくれているようなその仕草に、ぽろぽろと涙がこぼれ出す。


「うっ、うっ……帰りたい……みんなのところに帰りたいよ……」


 カナリアは慰めるようにリアの肩の上で羽を広げパタパタと風をそよがす。


「ありがとう。慰めてくれたのね」


 カナリアの動きが可愛らしくて思わず微笑んだ。そっと手で抱くとカナリアの足に何かが括ってある。

それを取り開けば短い手紙だった。


(イシャ、クスリ、キタ)


 リアは目をぱちくりとして考えた。ああ! これはきっと院長先生にお医者さんを呼んでお薬をもらったことを伝える手紙だ。手紙を胸に抱きしめ喜んだ。今日一日の苦痛が報われたのだ。

 明日からもきっと辛いに違いないが自分が孤児院のみんなの役に立てていると思えば頑張れる。旅が終わるころにはきっと院長先生はよくなる。


「ピィ……」


 カナリアはリアをじっと心配そうに見ている。一人じゃないと思えた。


「ありがとう。お手紙を届けてくれたのね。孤児院のみんなは元気かしら? 戻るなら返事を頼める?」


 カナリアは首を振る。どうやら戻らないらしい。それにしてもリアの話を完璧に理解している。まるで人と話をしている気分になって嬉しくなった。

 カナリアはそのままパタパタ飛んだので帰るのかと窓を開けようとすれば、リアの布団の上に着地してくちばしを布団にトントンと当てる。


 どうやら一緒に眠るということだろうか。心細さが一気になくなりカナリアを抱いて布団に潜り込んだ。


「鳥さんも一緒に旅についてきてくれるの?」


「ピッ」


 どうやら一緒にいてくれるらしい。


「ありがとう。おやすみ」


「ピィ~」


 その温かさにリアはすぐに眠りについた。




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