私のためにラノベを書いて
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第一話
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彼女は頭を下げて述べ立てた。
「私のためにラノベを書いてください!」
放課後。校舎裏に呼び出され、告げられた言葉が、それだった。
いやいや、ここは王道から言って「好きです、付き合ってください」的な告白を期待する場面であり、実際、机の引き出しに投じられていた置手紙を呼んだときは狂喜乱舞したものだ。自分にもこんな青春が舞い込む日が来ようとは──そして実際、悪戯の類を警戒しつつ、慎重に指定された校舎裏に来てみれば、狂喜を通り越して驚愕したものだ。
校舎裏にたたずむ一輪の大花。
この学園で知らぬ者ない、絶世の美少女。
逢沢学園生徒会長──二年三組・多加木依子がそこにいたのだ。
立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花……その代表例のごとき黒髪の大和撫子に、魅了される男女は数知れず。
成績優秀、品行方正、才色兼備、武芸百般、あらゆる美辞麗句を並べ立ててもいいほどのパーフェクト女子高生は、僕のごとき存在にとっては高嶺どころの花ではない。
しかし、真っ赤に赤面した生徒会長の口から繰り出された言葉を頭で理解するのに、僕は数秒以上もかかった。
かかってしまって当然と言えた。
「ラ、ラノベ?」
ライトノベル。
いわゆる若年層向けの小説のことであるが、定義は曖昧だ。
若年向けといっても購読層は幅広く、大人でも余裕で楽しめる書籍が数多い。
だが、解せない。
「僕が、君のためにラノベを書く?」
「そう! お願い──できますか?」
いやいやいやいやいや。
「なんでそういう話になるの?」
僕は一介の高校生だ。
そりゃあ、休み時間は一人ぼっちで文学小説などを嗜む、いわゆるオタクであることを自負しているが、それがどうしてラノベを書くことに繋がるのか。
しかも、相手はクラスメイトでも何でもない、二組を挟んだ二年一組に在籍する僕とでは、何の接点もないはず。
これは、新手の悪戯であろうか。
しかし、相手の表情は真剣そのもの。
ほぼ同じ身長──170㎝の高さ同士で見える瞳の色に、虚偽や虚飾といった色は見受けられない。
多加木依子は本気の本気であることを感じ取らざるを得なかった。
しかし、疑問は残る。
「り、理由を聞いても、さしつかえないでしょうか?」
依子は承諾するように小さく頷き、数秒ほど間を置いて──正直に告げてきた。
「実は私、Vtuberの『愛崎コイ』なの」
「……ぶ、Vtuberの『愛崎コイ』っ!?」
僕が驚きの声をあげるのを、依子は「しー!」と言って口をふさがせる。
幸い、放課後の校舎裏に人影はなく、その事実を耳にしたものは他にいなかった。
僕は声をひそめながら訊ねる。
「ホンモノ、なの?」
「一応、ほんもの、です」
『愛崎コイ』──それはVtuber業界に新星のごとく現れた存在であり、チャンネル登録者数は100万ユーザーにのぼる。
当然ながら、僕も若者の端くれとして、オタクの例にもれずVtuberのチェックは欠かすことがない。
彼女がスマホを操作してアカウント情報を開示してくれた……本当に本当の話だったようだ。
「え、だとすると、もしかして」
僕は直近の『コイ・チャンネル!』での話題……最新のトレンド情報を思い出す。
「うん。一か月後、【自作ラノベの朗読会】を開くことになったんだけど」
「コイさん、じゃなくて、依子生徒会長は、ラノベを?」
「書いたことありません」
これはまいったと僕は額を抑えて天を仰いだ。
要するに、多加木依子こと愛崎コイ殿は、僕にゴーストライターになってくれと頼んできたらしい。
「お願いします。こんなことが頼めそうなのは、図書室でよく見かけるあなたぐらいだと思って」
「どうして僕に頼むんです?」
「それは、そのあなたが」
「“ボッチ”だから、ですか?」
「うん」
依子は両手を振った。
「あ、や、ごめんなさい! こっちはお願いする側なのに」
「……別に気にしてませんよ」
僕は理由があって一人でいることを選んだ身だ。
他人との関わり合いの薄く、文芸小説のみを友とするかのような毎日を送る僕を見て、彼女が「使える」人材だとスカウトしに来たと、そういうわけらしい。
「本当にごめんなさい」
依子は心底から謝罪の念を絞り出すような声で呟いた。
「けれど、私やるって決めた企画はどうしてもやりたくて」
「ユーザーの、ファンの皆のために?」
依子は確固たる意志を示すように首肯を落とした。
対する僕は迷った。
迷いながらも妥協案を探る。
僕がゴーストライターをしても別にいいが、それが本当に彼女のためになるのかどうか……答えは断じて“否”であった。
「せっかくのお話ですが──」
17年の人生の中で、断りを告げるのがこんなにも気が引ける相手は、他にいなかった。
依子も諦めたように「そうですよね」と呟く。
「ごめんなさい。急に呼び出して、こんな無茶なお願いをして、本当にごめんなさい」
「なんとか自分で頑張ってみます」と立ち去ろうとする涙目の彼女に、僕は告げる。
「僕はあくまで、依子さんのお手伝いをするだけです」
「それって、どういう?」
「ゴーストライターはさすがに引き受けられませんが、代わりに依子さん、愛崎コイさんのラノベ執筆のお手伝いを務めさせてください──そういう話です」
依子は、僕の言葉を理解すると大輪の花のように微笑んだ。
こうして、僕こと秋無言葉は、生徒会長・多加木依子こと『愛崎コイ』の、影の共同執筆者と相成った。
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第二話
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言葉は図書館で借りられるだけの文芸指南書や執筆の方法を記した教則本の類をもって、依子の自宅──多加木家に向かった。
異性の、女性の部屋に入るのは気にならないと言えば噓になる年頃の言葉であったが、依子が用意してくれたコーヒーとお茶菓子で落ち着きを取り戻す。
「では、さっそくはじめましょう」
「はい、秋無先生」
「……普通に名前でお願いします」
そんなことがありながらも、二人は小さな卓を挟んで向かい合った。
「まずは基礎的なことから」
段落明けや台詞の読点除去、三点リーダーや罫線などの基礎的な部分を、依子はものの見事に吸収把握していく。
さすがは学園の生徒会長様だと言葉は思う。
「次にプロットの組み方ですが」
「ぷろっと?」
「物語を書く上での“設計図”とでも思ってください」
物語作成──執筆作業には大なり小なりプロットを用意する。
自分がどのような人物を描き、彼らを通してどんなことを書き、企画し、そして終わらせるのか。
「そんなものがあるんですね、知りませんでした、言葉くん!」
「──まぁ、教則本に載ってることですから」
言葉はプロットの大体の組み方を教える。
起承転結や序破急などの基本的なスタイル、俗に“シンデレラライン”と評される物語の浮き沈みについて、懇切丁寧に説明する。
「しんでれららいん?」
「主人公が失敗や苦悩を乗り越えて、その先に待っている成功や解放のこと。主人公に課せられた物語の『型』みたいなものです」
「ああ、シンデレラ!」
「お姫様であれ王子様であれ、主人公は現状に不満や葛藤をいだいているものです。それが物語が進むにつれ、最終的にはすべてを超克してハッピーエンドに終わるか、それが出来ずにバッドエンドに終わるのかは、まぁ、作者次第です」
次に言葉は、物語そのものの中で重要となるキャラクターの類型についても語った。
「流浪の王子」や「塔の中の姫君」、「造物主」と「被造物」、「戦士」や「賢者」、「恋人たち」など。
さすがの生徒会長も、その種類の豊富さに頭をかかえ始めた。
「さすらいの王子様や、党の中お姫様はわかりますけど、造物主と被造物?」
「一番有名なのは、『フランケンシュタイン博士』と、彼が造り出した『怪物』でしょうね。僕の好きな小説です」
「え、怪物の名前がフランケンシュタインなんじゃ?」
「それが違うというか、よくある誤解なんですよね」
言葉は当初の目的を忘れたかのごとくフランケンシュタインのあれやこれやを説明してしまった。
依子が止めないものだから、おかげですっかり時間を無駄にしてしまい、そろそろ帰宅しなければならない時刻となった。
日は完全に落ちて、窓の外は漆黒の夜空と月が浮かぶだけ。
「今日はここまでにしましょう──明日までに、依子さんが書きたいと思うラノベを構想して、プロットを組んでおいてください。とりあえず、400字詰め原稿用紙一枚で収まる範囲で」
「うーん、おさまりきるかな?」
自然と敬語が抜けていることにも気づかず、依子はプロット組みに集中している。
言葉も別段そのことには触れない。
「おさまるように書くのが作者の仕事です。それじゃあ、また明日」
「うん。今日は遅くまでありがとう、言葉くん」
思わず顔が熱くなるほどの微笑を向けられ、言葉はそそくさと多加木家を後にした。
夜気の冷たさが、頬を心地よく涼ませる。
「僕が生徒会長に、ラノベを教えることになるなんてな……」
そう思うだけで頬がにやけそうになる。
こんなに楽しいのは、いつぶりだろうか。
両親に□□を見せた時以来ではなかろうか。
「事実は小説よりも奇なり──てか」
秋無言葉は独言ながら、帰路を急いだ。
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翌日の放課後。
二人は多加木家へ向かう道すがら合流し、進捗状況を確認した。
「あはは……それが……」
依子は苦笑しつつ原稿用紙一枚を言葉に手渡す。
提出されたプロットは、よくある恋愛小説のくだりであった。
とある出会いをきっかけに逢瀬を深める二人の男女、シンプルだがよく考えられた内容だと消しゴムの痕や訂正を示す斜線の数でそれとわかる。
だが、
「あれ、最後はどうなるんです、この二人?」
言葉が指摘する通り、起承転結における“結”が抜けていた。
よくある文庫本裏のあらすじ「二人はどうなってしまうのか」みたいな、よくある定型文で行き詰っている。
「なんというか、その、恋人になるにはなりそうなんですけど……そこへ至るまでの過程が何というか」
「ありきたり?」
「…………ええ。なんか、『どこかで見たことあるヤツのパクリだ』みたいに思われそうで」
よくある落とし穴にハマった様子の依子。
言葉は率直に告げる。
「まずは“完成させること”が重要です。完成させないことには、傑作にも駄作にもになりませんよ? 変な照れや躊躇は、執筆にとって何の足しにもなりません」
「……はい」
従容と頷く依子。
「でも中学時代のイジメの描写って、どこまで書いていいんでしょう?」
「それを気にする前に、まずプロットを完成させましょう」
「あの、言葉くん」
「はい?」
「言葉くんも、その、執筆を?」
「……さぁ、どうでしょうね」
言葉は冷然と微笑するだけだった。
彼は頭の片隅で、自分が過去に書いたものを想起しかけ、半秒で思考を切り替えた。
(あれは黒歴史だ。中学生の駄作だろうが──)
自分のイジメ体験を記した手記のようなものだったが、それでも“前”を向きたくて書いた小説があった。
一応、一般に販売もされたが、それ以降は鳴かず飛ばずが続いている。
秋無言葉は、目の前で奮闘する『愛崎コイ』こと依子の指導に意識を集中させた。
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最終回
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一ヶ月が経過した頃には、依子は持ち前の成績の優秀さを生かし、あっという間に短編小説を書きあげるまでに成長を遂げた。
とくにミステリーものには非凡なものを有しており、その界隈の重鎮もネット上で絶賛してみせた。
『コイ・チャンネル!』での評価も上々で、『読みやすい!』『まさかの展開!』『ミステリーが好きになった!』と賞賛の嵐で、チャンネル登録者数はうなぎのぼりである。
「次は長編ですね」
「うん」
これまでは短編で済んでいたことであるが、希望者アンケートで『長編が読みたい』が圧倒的多数となり、依子自身も挑戦することを決めるのに時間をかけなかった。
「ご、ご指導よろしくお願いします。言葉くん」
「もう僕が指導すべきことなんてないと思いますけど──」
実際、言葉は持論として短編小説さえかければ長編小説はその延長とも思っているぐらいだ。
短く書く才能、否、技術を有する者が、持久戦に挑戦するだけのこと。
とくに依子は、言葉の教えた“失敗・失敗・大成功”の法則をよく理解し、物語を創る技術は申し分ないレベルにまで達したと、言葉は考えている。
だが、依子は指導の延長を希望した。
「私が一番書きたいのは、恋愛ものだって──あらためて気づかされましたから」
「まぁ、乗り掛かった舟という言葉もありますし、最後までお付き合いしますよ」
二人は最初にプロットを組んだ恋愛小説を主軸に据えた長編恋愛小説の創作に取り掛かった。
内容はこうだ。
『昔、イジメを受けていた少女は、とある一冊の本と出会い、生きる糧を得る。少女は本の製作者にすっかり心奪われ、彼を訪ねようとするが、どうしてもうまくいかない。諦めかける少女だったが、家族や方々に働きかけ、その行方を捜す……』
少女の行動は、ともすればストーカー行為と揶揄されるものであったが、イジメ時代の壮絶な体験から救ってくれた本の作者に会いたい──会って直接お礼が言いたいという純な感情がひしひしと伝わる文体で見事に中和されていた。
続きはこうだ。
『少女は、本の作者が同年代の少年であることを突き止める。だが、イジメの経験から脱却しきれない少女は、お礼を言う機会を逸したまま、一年間を過ごした』
少女は彼に御礼を言うべく様々な努力を重ねた。自分をイジメの恐怖から救い上げてくれた彼にふさわしい人物になろうと、学校の勉強に専念し、武芸にも通じ、生徒会長に抜擢されるまでに成長を遂げる。
「…………依子さん。これって?」
「だまっていて、ごめんなさい」
物語の中の少女は、そう言って涙ぐんだ。
「私…………どうしても言葉くんに…………春夏先生に、お礼が言いたかった」
春夏 冬。
それが、“秋無言葉のペンネーム”であった。
「中学生の時の私を助けてくれて…………本当にありがとう」
「僕は…………僕は何もしていませんよ」
「ううん、たくさん、勇気づけてくれた。あなたの書いた本のおかげで、私は『生きてみよう』と思えた。『生きる勇気』をもらえた」
「僕は────ッ」
言葉は物語の続きを読む。
『机に向かう少女は、なけなしの勇気を振り絞って、総動員して、命の恩人にひとつ告白をする』
「私、言葉くんが好きです──」
言葉は口元を抑え、耳が熱くなるのを感じた。
そこから先の物語は、まだ紡がれていない。
校舎裏で呼び出された時以上に、カチコチに震えて、耳まで赤面させて震える少女に、少年は呼吸を整え物語の続きを紡ぐ。
『私のためにラノベを書いて』 【了】
なろうって短編は一話形式しかできないから不便