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ルームメイト

「すまん! 下は見てなかった!」


「下ですって!?」


 攻撃的な鈴声が、暗闇を揺らした。

 赤毛にマゼンダの目をした彼女は、たしかにユリウスをよりも頭3、4つ分”下”だった。前だけを見ていたユリウスの視界に映らず、結果的に彼女へ剣を振り下ろしてしまったが、それ以前の疑問もある。


「誰だ? どうしてここにいる? 」


 夜になって広場に用事がある人物などいない。そして、赤を基調としした服とその上の鎧はジークフリートの制服。新人ではないから居残り組ではないし……。更にたった2本の指でユリウスの剣を止めている。


「貴方、私を知らないの!?」


 大層な驚き様だが、やはりユリウスは知らなかった。

 すると彼女はユリウスの剣をピンッと弾いてから数歩後ろに下がり、胸の鎧に手を当てて堂々と言い放つ。


「討伐隊、第1班班長のメリア・スォードとは私のことよ!」


「…………?」


 本当に、ユリウスは知らなかった。あまりにも堂々としているその言い草は、知らないことが逆に恥ずかしくなってしまう程。


「あ、……討伐隊は知ってるわよね? その第1班の班長。つまり一番強いんだけど………」


「なるほど! 討伐隊の中で一番強いんだな?」


「そうっ! そうよ!?」


「でも、そんな人がどうしてこんなところにいるんだ?」


「あ……、それはね……、えっと……、貴方の剣があまりにも酷かったから、指導しに来たのよ!」


「そうか、ありがとう! ではどこを直せばいい?」


「ままままずは素振りね! 気持ちの籠もっていない素振りはただの筋トレ以下なんだから!」


 メリアは明らかに混乱している。

 実は若くして第1班長という役職のメリアは、話のペースを握られたことがあまりにも少ない。よって、主導権を相手に握られてしまうとパニックを起こしてしまうのだった。


 さらにメリアの思惑まで語ってしまうと、部下に仕事を押し付けて暇だったメリアは、城壁から素振りをするユリウスを観察していた。

 ユリウスが剣を落とした時、メリアは”……またね”と思った。なぜなら、ユリウスの表情は諦めに染まっていて、その顔で落とした者が、再び剣を拾うのをメリアは見たことが無かったからだ。

 今まで多くの者が剣を落とし、去っていった。ユリウスもまたその1人かと思って、逃げ出すさまを見ようと眺めていたのだが、しかしユリウスは再び素振りを始めたのだ。

 どれだけ図太い精神を持っていたら、あの状況から立ち直れるのか。メリアは興味が湧いて、ユリウスに話しかけることにしたのである。

 ところが思った以上に立ち直りが早かったユリウスに話の主導権を握られてしまって、今に至る。


「これでどうだ!?」


「マッ、まあ、さっきよりはマシになったわね。その調子で続けなさいじゃあねー」


 数回振らせただけで、メリアは逃げるように去っていった。

 

 ユリウスは不思議に思いながらも、その数回で自分の素振りが劇的に向上したのを感じていた。

 気持ちを込めて、目の前の敵を斬る。そうすることで振った後の感覚が全く違うし、太刀筋も綺麗だった。

 振れば振るだけ、どんどん洗練されていく。

 ユリウスは素振りが楽しくなった。


「ありがとう!」


 すでにメリアの姿は広場になかったが、去っていた方向に感謝の気持ちを伝えて、ユリウスは素振りを再開した。


☆★☆


 夜の砦。ブンブンと素振りの音が聞こえてくるのは1箇所ではない。

 広場から二枚隔てて、3層目の城壁と2層目の城壁との隙間。そこからも素振りの音が聞こえてくる。


 通路以外の城壁の隙間には、自然が根を張っている。通路から少し外れれば、脛まである長い草と頭上を覆う木々によって、暗闇の空間が広がっている。


 その中に、ポッカリと葉が落ちている場所があった。

 正円のそれは、よく見ると鋭利な物で枝が打たれていると分かる。

 

 月光降り注ぐ正円の中心で、1人の少年が剣を振っていた。


 寸分の狂いも無く、切っ先に月を映しながら、ただただ真っ直ぐな剣閃。それは冷徹に、それは残酷に、それは憎しみを込めて、舞い落ちる木の葉を断った。


「……そろそろか」


 時刻は深夜0時。

 その事を知らせる時計は無いが、月を見てヨシタカ・ダイスケは一息を吐く。

 白銀の剣を茶色い鞘に収め、念入りに身体をほぐしてから、再び剣の柄を握る。

 鞘に収めたままの剣を前で構えて、息を吸うこと3秒。


「――風ノ足跡」


 ヨシタカが剣を抜くと、砦中に微風が吹いた。

 鞘から放たれた空気は魔力を帯びて、竜巻のようにグルグルと廻る。

 が、しかし上には伸びない。魔力で固められたドーム状の範囲をグルグルと廻り続ける。

 土を巻き上げた風はやがて刃となり、内側に存在する木の枝、長草、等々をことごとく切り刻みながらその勢いを増して、暗闇すらも切り裂いた。


 やがて十数秒後、ピタリと風が止む。微塵切りになった有機物がパラパラと振る、少し大きくなった正円の中で、ヨシタカはため息を付いた。

 そして剣を鞘に収めて、その場を後にするのだった。


☆★☆


 素振りをしている内に、すっかり深夜になってしまった。数えるのは途中で止めてしまったが、ざっと2万回は振ったであろう。ノルマはとっくに超えていたが、素振りの本質を理解したユリウスは楽しくなってしまっていた。

 その時。微風が頬を撫でる。周囲よりも数度冷たい風が、ユリウスを現実に引き戻した。

 空を見上げると、あれだけ高かった月が城壁に乗っている。それを見て過ぎた時間の長さを知ったユリウスは、慌てて自室へと戻るのだった。


 城壁の内側に入り、他の者を起こさないように石畳の床を静かに歩く。

 目指すは2階。階段を登って20mの自室。

 小さな窓があるだけの壁内。よってその中はほぼ完全な暗闇だったが、ユリウスの頭の中には地図があるので迷うことはなかった。目を瞑ってでもたどり着ける。

 2階に上がり、自室の前までたどり着いたその瞬間。


「イテッ」

「イタッ」


 突如、目の前に人が現れたと思うと、額に鈍い痛みが走った。


「すまん!」

「ごめん」


 人間に当たったのは明白で、とりあえず両者は謝罪を行う。そして相手がまだ立っている事から怪我をしていないと判断して、両者は右に避けた。


「先に行ってくれ」


「いや、貴方こそお先にどうぞ」


 お互いに譲る理由があり、そしてそれは奇しくも同じだった。


「俺はここの部屋なんだ」


「それは僕も……って、え?」


 両者が状況を理解するまで、数秒の沈黙が流れる。

 そして先に動いたのはヨシタカ。


「光(【トーチ】)」


 ヨシタカがそう呟くと、その手の平に光球が出現して周囲をボウッと照らした。

 しかし、その後の行動は思い浮かばない。硬直したヨシタカに向かって、ユリウスは……


「……俺はユリウス。ユリウス・フロンタイズだ! お前はヨシタカ・ダイスケだよな!? まさかルームメイトだったとは!!」


「シッ――静かに。起こしてしまうよ?」


「おお、すまん」


 と、言いながらもユリウスは二カッと笑って、ヨシタカに向かって手を差し伸ばした。


「話は部屋の中でしようか」


「おう!」


 これが、ユリウスとヨシタカの出会いだった。

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