みにくいエリーに喝采を
「さっさと失せろ! 二度とそのみにくい面を見せるな!」
観客席から怒鳴り声と共に酒びんが投げつけられ、舞台に立っていたエリーの頭にぶつかりました。
エリーの頭は胴体から外れて舞台の上に落っこちてしまいましたが、観客たちはそれを見てどっと笑いました。
頭を失ったエリーの体は、落っこちた自分の頭部をかかえ上げると、ゆっくりと舞台袖へ歩いていきました。
観客も、他の役者たちも、その様子を笑いながら見ていました。
ある所に、とても技術が進んだ国がありました。
その国の人たちはとても優れたロボットをたくさん生み出し、人間たちにとって嫌な仕事の多くをロボットに行わせていました。
この国の人間たちは汗水たらして働いたり、しんどい思いをして人の世話をしたりする必要もありません。
全てロボットがやってくれるからです。
エリーも人間が嫌がる仕事をするために生み出されたロボットでした。
彼女の仕事は舞台女優です。
女優と言えば、人間たちがこぞってやりたがりそうな仕事ですよね?
ただし、彼女の仕事は、他の人間たちがやりたがらない『みにくい姿の役』『嫌われ役』を専門に演じることでした。
観客たちからひどい言葉を浴びせられたり、物を投げつけられるのはいつもの事です。
いい役をあてがわれている人間の役者たちからいびられたり、体のパーツを外されたりしてからかわれるのも日常茶飯事です。
不思議なことに、人間たちはそういう『いじめられっ子』がいた方がにこやかに過ごせるときもあるようなのです。
エリー自身の意思とは関係なく、エリーは様々な舞台で重宝に使われていました。
エリーは、自分が人々に笑われたり、ひどい目に遭わされたりすることを快く思っていませんでした。
ロボットのくせにそんな事を考えるのか? と思われる方もいるかもしれませんね。
しかし、エリーは役者として開発されたロボットです。
人間の細やかな感情を読み取ったり、表現したりする機能が元々備わっています。
さらに、様々な劇の脚本をインプットしてきたことで、エリー自身の心とでも言うべきものは大変豊かになっていたのです。
人間たちから向けられるあざけりの言葉や視線に、敏感にならざるを得ませんでした。
ある時、エリーは自分を開発した博士にあるお願いをしました。
自分も美しい女優になって、人々の喝采を得たい。
いつまでもあざけられたり、物を投げられたりしてばかりというのには耐えられない。
そう必死に訴えました。
博士はエリーの気持ちに理解を示しながらも、こう諭しました。
そういう仕事は人間のためのもので、ロボットがやる仕事ではない。
君がいないと成り立たない劇もたくさんある。
君は、君にしかできないことをやっているという事実を誇りに思えばいい。
エリーはその言葉をだまって聞くしかありませんでした。
それからもエリーは、人間たちがやりたがらない役を演じ続けました。
人間たちも、ロボットであるエリーを遠慮なくののしりました。
自分の心の中のもやもやしたものを必死に抑えながら、来る日も来る日も自らの仕事を行いました。
そうやって月日が流れたある時の事でした。
ここ最近、エリーに対してののしりの言葉を投げつける観客が減ってきていました。
ある時は、よっぱらいが舞台の上のエリーにごみを投げつけようとしたところ、周りの観客ににらまれて、すごすごと席にもどるなんて事もありました。
共演している役者の態度も、今までのようなものではなくなり、エリーに優しい言葉をかける者も現れるほどでした。
ただし、エリーはそこに微妙なよそよそしさを感じていました。
それからしばらくして、この国で何が起こっているのかについてエリーは知ることとなりました。
博士が言う所によると、ある有名人が中心となって、『この国の価値観はおかしい』と言い始め、若者を中心にその訴えに共感が集まっているのだそうです。
人間たちはロボットに嫌な仕事をやらせて過ごす中で、より豊かに、より強く、より美しくなりたいという事ばかりを追い求めてきました。
しかし、そうした事が多様な価値観を否定し、生きづらい世の中を作っているのではないのか?
みにくいとされているものや、さげすまれているものの中にも良さを見出す事こそが、本当に豊かな社会を作るためには必要なのではないか?
そういった考えが、人間たちの間で人気になっているようでした。
エリーにはいまひとつその考えが理解できませんでしたが、周囲のエリーに対する扱いは日を追うごとに変わっていきました。
今までのような端役や嫌われ者の役を演じる事はもちろんありましたが、それ以外の役も増えていきました。
みにくいけれど、強く美しい心を持つ人物の役。
みにくいけれど、周囲の人間を圧倒する能力を持つ人物の役。
しまいには、エリーが主人公を務める劇の脚本を渡されることもありました。
人々はエリーの演技に惜しみない喝采を送りました。
今までのように、汚い言葉やゴミを投げつけられることもありません。
みにくい演劇ロボットであったエリーが人々の注目を浴び、喝采を浴びるようになったという話は国じゅうで美談として語られることとなりました。
ついにエリーは、この国で最も優れた女優に贈られる賞を、ロボットであるにも関わらず授与される事になったのです。
授賞式を迎えた日、エリーはみにくい身体を美しいドレスに包んで、人々の前に姿を現わしました。
割れんばかりの拍手がエリーを包みます。
博士が予め考えてくれたスピーチを読み上げ、トロフィーを受け取ると、エリーはたくさんのカメラのフラッシュに照らされました。
しかし、エリーにはいまだにこの状況が呑み込めていませんでした。
ほんの少し前まで、みにくいロボットだと言われていた自分が、このような名誉ある賞をもらい、人々の称賛を浴びている。
みんなが何かの魔法か催眠にかけられているのか、あるいはタチの悪いドッキリでもなければ、到底あり得ない事だと考えていました。
エリーが壇上から下がろうとすると、一人の男が現れて、エリーに声をかけました。
満面の笑みをうかべてエリーに強引に握手を求めます。
とまどうエリーに、そばにいた博士がそっと教えてくれました。
この男こそが、『みにくいとされているものや、さげすまれているものの中にも良さを見出す事こそが、本当に豊かな社会を作るためには必要』だと言って回っている有名人なのだ、と。
エリーは、男にていねいにあいさつをしました。
男はそれに軽く応じると、エリーの肩をつかんで引き寄せ、その場にいる人々に持論を大声で語り始めました。
彼女はみにくい姿で生み出され、人々のあざけりを買うような役ばかりを引き受けてきた。
観客や他の役者たちから心ない言葉をかけられたり、物を投げられたり、身体を破壊されたりすることもしょっちゅうであった。
そんな彼女が、美しい女優たちですら手に入れられないような栄誉を手に入れた。
これは歴史的な快挙であり、エリーの勝利であると同時に私たちの勝利でもあるのだ。
私たちはより良い社会を作るための、価値観の転換に成功したのだ。
そんな事を男が話すと、エリーの時と同じかそれ以上の拍手喝采が男に浴びせられました。
この時、エリーは全てに納得がいったような気分になりました。
結局自分は、利用されるだけのロボットに過ぎないのだな、と。
昔はただ人々にあざけられたり、ひどい目にあわせて気分をすっきりさせるための役割。
今はただ人々の旗印になって、「このようなみにくいロボットを称賛できる自分たちは素晴らしい」と思い込ませるための役割。
世の中を変えたと言っているこの男だって同じ。
確かに周囲の扱いは変わったけれど、自分が人間にいいように利用されているという事実は全く変わらない。
そのように考えた時、エリーはなんだかとても空しい気持ちになりました。
エリーには多くの劇やドラマ、映画への出演オファーが舞い込みました。
劇だけではなく、講演会の依頼やテレビ出演の依頼も後を絶ちませんでした。
演劇以外の講演などについては、博士のサポートも受けながらこなしていました。
ただ、忙しい日々を過ごす中でも、エリーが感じている空虚さが満たされることはありませんでした。
ある時、エリーは博士にもう一度お願いをしてみました。
美しい女優になって、人々の喝采を浴びたい、と。
博士はその申し出を受け入れようとはしませんでした。
君はすでに、どんな女優でもそうそう手に入れる事ができないものを持っている。
君は君であることに価値があるし、別の姿になる必要なんかないんだ。
そのように博士はエリーをさとしましたが、その事がエリーをますます悲しませました。
言葉ではエリーを素晴らしいと言っているようでしたが、博士の表情は金と名誉に取りつかれた男のそれだったからです。
世の中は確かに変わりました。
美しいものばかりがほめられるのではなく、そうでないもののなかに美しさや良さを見出すべきだという考えは、もはや社会の正義のようになっていました。
一方で、それに反対する人々も少なからずいました。
どうして美しくないものをむりやりほめて、美しいものを不当におとしめなければいけないのか。
そういう考え方をした人はバカだとか時代遅れだとか言われましたが、それがますますそういった人たちの考えをかたくななものにさせていきました。
エリーは日々を忙しく過ごしていました。
表向きではほめられたり、裏ではあざけられたり、あるいは信仰とでも言うべき称賛を受けたり。
そんな事にもだんだん慣れっこになってしまいました。
この日のエリーは、劇場の控室で時間をつぶしていました。
身体を動かすためのメインバッテリーに不具合が生じたため、交換用のバッテリーや機材を車まで取りに行った博士の帰りを待っていたのです。
一応、予備のバッテリーがあるので多少は身体を動かすことが出来ますが、予備バッテリーはあまり長持ちしないので、消耗を抑えるためにじっと座っていました。
そんな時、控室の扉が開かれました。
博士がもどってきたのだと思ってエリーはそちらを見ましたが、そこにいたのは小柄な少女でした。
周りをうかがうような、おずおずとした様子です。
ロボットであるエリーには、その少女が誰であるのかすぐに分かりました。
まだエリーがみにくいロボット女優として他の役者たちからあざけられていた頃に、同じ舞台に出演していた子役のコリンヌでした。
コリンヌは、エリーのみにくい見た目をからかったりする事はありませんでした。
他の役者たちともやりとりが行えており、自分に与えられた役を真面目に演じていました。
しかし、他の役者とそこまで親しくする様子もなかったのをエリーは記憶していました。
そんな彼女が、なぜ自分の所をたずねてきたのだろうか。
まして、今日の舞台にコリンヌは出演しないはずなのに。
「エリーさん、ですよね。突然押しかけてしまって、本当に申し訳ございません。覚えていますか? 私、コリンヌって言います。昔、共演させて頂いたことがありましたよね?」
コリンヌの言葉に、エリーは小さくうなずきました。
「えっと……本当にごめんなさい。今のあなたは、押しも押されぬ大女優ですもんね。私なんかが話をしようだなんて、おこがましいですよね……?」
「……かまいません。今は時間があります。あなたは私と話がしたいのですか?」
コリンヌは、おそるおそる首をたてに振りました。
「話すだけなら大丈夫です。バッテリーもまだ持ちますので。それで、私に何を話したいのですか?」
「あの……私、実は悩んでいることがあって……」
「悩み、ですか? それは私に聞く事で解決することなのですか?」
エリーはわずかに首を傾け、コリンヌと向き合います。
「私、あなたのような立派な女優になりたいと思っているんです。でも、私には才能がないような気がしてしまって……一体どうすれば、あなたのようになれるんですか?」
コリンヌの問いかけに、エリーはとても困惑しました。
まず、エリーは自分の事を立派な女優だと思っていませんでした。
単に『みにくいものにこそ良さを見出そう』と言っているような連中にはやし立てられているだけで、演技力などが特別優れていると思ったことは無かったからです。
しょせん自分は人間のための道具に過ぎないのです。
人間がけなしたりほめたり、勝手な事を言ったりするための道具。
次に、自分に対して才能がどうこうという話をするのも理解しがたいものでした。
少なくともロボットである自分には『機能』は備わっていても『才能』は備わっていないはずです。
何より不可解なのは、コリンヌが自分のようになりたいと言っていることでした。
器量よしのコリンヌが、まさか自分のようなみにくい外見になりたいとでも言っているのでしょうか。
それとも人々の喝采を浴びるためには、そういう風にしてでも注目されることが大事だと勘違いしてしまっているのでしょうか。
エリーは何とかコリンヌに返事をしようとしました。
博士が用意してくれる答えを使わずに、自分で考えて答えるというのは、中々難しい作業でした。
「ご存じの通り、私は人間たちが嫌がる役を演じるために作られたみにくいロボットです。人間であるあなたは、もっと良い役を演じる事が出来るでしょう。私のようになりたいという言葉の意味についての確認ですが、もしそれが『私のような外見になりたい』とか、『私のように人間たちが嫌がる役を演じたい』という事を意味しているのであれば、あなたがそのような事をする必要はないので考え直してください。もし『私のように有名な賞を得たり人々の喝采を浴びたりしたい』という意味だったとしたら、私にも分からないので回答は出来かねます。これでよろしいでしょうか」
エリーの回答が終わると、コリンヌは唇を強くかみしめました。
何かを悔しがるような、怒っているような、なんとも形容しがたい表情をうかべています。
「あなたは、みにくいロボットなんかではありません! 自分の事をそのように言うのはやめてください!」
先程までの様子とは打って変わって、コリンヌは強い言葉でエリーに食ってかかります。
「私は見ていたんです! あなたの演技を! あれほど強く引き付けられる演技を、人間ではなくロボットが行えるという事に、私は本当に驚いたんです!」
「……私を……見ていた……ですか?」
「観客や他の役者は、あなたを笑い者にするばかりでしたけど、私にはあなたの演技は光って見えたんです。だからこそ、あなたはこうして人々に評価されて、大女優になったんじゃないんですか!?」
涙をうかべながら、それでも真っすぐに自分を見つめてくるコリンヌの瞳に、思わずエリーはうろたえてしまいそうになりました。
今でこそ演技をほめそやされることはめずらしい事では無くなりましたが、昔の自分をそのように見ている人間がいたという事は、驚きでした。
客観的な評価はともかく、少なくともコリンヌはエリーの演技を素晴らしいものだと感じた、という事なのでしょう。
「……こんな事、本当は言ってはいけないと分かってるんです。でも、ロボットが人間以上の演技を実現させたり、人間の女優でもおいそれと得られないような賞を得たりして……」
コリンヌは、両手を力いっぱい握りしめました。
「大人たちは『単純な労働や嫌な仕事はロボットにやらせて、人間はもっと高度な仕事、価値を生み出すような仕事を行うべきだ』って言うじゃないですか。私も演技で人を感動させたり、価値を生み出せたりしたらいいと思って、この世界に入ったんです。でも、そういう『人間にしか出来ないはずの事』すら、あなたのようなロボットの方がずっと上手く出来るなら……私みたいな才能のない人間は、一体どうすればいいんですか!?」
そう言うと、コリンヌは膝から床にくずれ落ちて、めそめそと泣き始めました。
エリーは戸惑いながらも、彼女にどのような言葉をかければよいかを考えました。
自分は彼女にどのように思われているのだろうか?
彼女はなぜ、自分に才能がないと考えているのだろうか?
どうして無名時代の自分の演技をほめたのだろうか?
そういった事を考えながら、答えをつむいでいきます。
エリー自身の事についても考えをめぐらせました。
みにくい外見をからかわれ、人間たちにバカにされていた時の事。
逆に人間たちから喝采をあびるようになったものの、心が晴れないでいる現在の事。
本当に自分は、美しくなって喝采を浴びたいと思っていたのだろうか。
自分がどう見られ、どう評価されるかという事について考えた末、エリーはコリンヌに語りかけました。
「私の事をずっと見てくれていたことについて、感謝申し上げます」
エリーの言葉に、コリンヌは涙をふいて顔を上げました。
「私は、人間たちに常にあざけられて、辛い思いをしてきました。いつか自分も美しくなって喝采を浴びるような存在になりたい。そう思い続けていました。今では本当に人々の喝采を浴びるようになりましたが、私は何も変わらずみにくいままです」
予備バッテリーの残量が、コリンヌとの会話を続けられるだけはあることを確認して、エリーは話を続けました。
「私はずっと悩み続けてきましたし、これからも悩み続けるのだと思います。悩むことに、人間とロボットの違いは無いのではありませんか?」
「あなたが……悩んでいる?」
「コリンヌさんは、自分の演技について悩んでおられます。私は自分の外見や、自分に期待されている役割について悩んで来ました。これは自分が大女優と呼ばれるようになったからとか、そういうのは関係なくずっと考え続けなければならないものなのだと思います」
エリーは、コリンヌに向けて笑顔を見せました。
「あなたが私と同じようになりたいと本当に思うのなら、まずはあなたの悩みを大切にしてください。悩みを通じて人と心を分かち合ったり、人の心に残る演技にたどり着ける。そういう事もあるかもしれませんからね」
コリンヌが控室を後にすると、バッテリーや機材をかかえた博士が入ってきました。
「エリー、今のは誰だ? お前のファンか?」
「いえ、彼女は私のファンではありません」
不思議そうな顔をする博士に、エリーは静かに語りました。
「彼女は私と同じように悩みをかかえた友人……いえ、ライバルと言うべき存在かもしれませんね」
今日も舞台の幕が上がろうとしています。
多くの観客が、エリーを一目見るために劇場につめかけています。
ただ、その観客たちすべてが心の底からエリーを素晴らしいと思っているかは分かりません。
それこそ『エリーを素晴らしいと言える自分は素晴らしい』と思いたいがために来ている可能性も大いにあります。
しかし、エリーはそこにはこだわらない事にしました。
おそらく、自分の外見や期待されている役割とはこの先もずっと付き合っていかなければならない事でしょう。
もし仮に、美しい外見に変えてもらったとしても、その事は変わらないかもしれません。
これからもエリーは、自分の外見について考えさせられたり、悩んだりすることは幾度となくあるでしょう。
そうだとしても、エリーには一つ気付いた事があります。
悩んでいるのは自分だけではない。
悩みの大きさや形は違うかもしれないけれど、ロボットも人間も悩んでいる。
そして、悩んでいる者同士で気持ちを分かち合う事も、きっと出来るはずだと。
いつかまた、あのコリンヌという少女と共演する日が来るかもしれない。
その時は、おたがいの悩みについてもっと話し合う事が出来るだろうか。
そんな事を考えながら、エリーは幕が上がるのを待ちました。